雑談6
2021-07-08 | 雑談
『汝窯』「おくがき」にある「東西の巨匠からの引用」とは
次のようなもの。たとえば「世界」の章はベケットから。
陶 磁
あらゆる芸術のなかでわたくしの知る限りもっと
も危険率が多くて不確実な、したがってもっとも
品格の高いものは「火炎」の神の援けをかりる諸
芸術であろう。 P・ヴァレリー
鳥と魚
空をとぶ魚とは自然の悪夢なのである。
G・バシュラール
鏡
鏡は自分の前におかれたものと同じ色彩に変るも
のだ。 レオナルド・ダ・ヴィンチ
夢
「夢」は一つの第二の人生である。われわれを不
可見の世界から隔てているこれらの象牙か又は角
の扉を、私は戦慄を覚えずには潜れなかった。
G・ネルヴァル
れおなるど
可愛想に、レオナルドよ、なぜおまえはこんなに
苦心するのか。 レオナルド・ダ・ヴィンチ
詩人たち
人間世界は、神々の共有器官である。詩は、われ
われ人間をおなじく神々をも結びあわす。
ノヴァーリス
*詩:ポエジー
新 春
歳開けて倏ち五日
吾が生 行くゆく帰休せんとす
之を念へば中懐を動がし
辰に及んで茲の游を為す 陶淵明
*歳開:としあ 倏:たちま 五日:いつか
念:おも 動:ゆる
辰:とき 茲:こ 游:いう
天 使
斯く神其人を逐出しエデンの国の東にケルピムと
自から旋転る焔の剣を置きて生命の樹の途を保守
りたもう 創世記
*旋転:まわ 剣:つるぎ 保守:まも
顔
結局顔の問題は距離にある。顔は、ある距離を隔
てて見たり見られたりする。又顔は、ある環境の
中で、顔付きを作り誘導する中枢の機械の上に現
われる。 P・ヴァレリー
獣 類
一体彼ら、駱駝を眺めたこともないのか、その見
事な出来ばえを。 コーラン
馬がないのは、何か本質的なものが欠けているこ
とを意味する。芸術は馬とともにあるものなのだ。
ヘンリー・ミラー
幼 孩 *えうがい
幼い子供が揺籠で眠っている、ぼくが薄い垂れ布
を掲げて長いあいだ見いり、手でそっと蠅を追っ
てやる。 W・ホイットマン
哲 人
哲学者──それは絶えず異常な事柄を体験し、見
聞し、猜疑し、希望し、夢想する人間である。彼
は自分自身の思想によって、外からも、上や下か
らも、彼に特有な事件や電撃によっての如く打た
れる。 F・ニーチェ
*彼に:傍点あり
春 寒
十日 春寒 門を出でず
知らざりき 江柳の已に村に揺がんとは 蘇東坡
*已:すで 揺:ゆる
物 語
かかる世の故事ならでは、げに何をか紛るること
なきつれづれをなぐさめまし。 紫式部
*故事:ふるごと
女 性
今を盛りと咲きほこる花の姿も打萎れ、
黄ばんで、枯れる 時節はやがて来るだろう
フランソワ・ヴィヨン
永遠に女性なるもの
我等を引きて往かしむ ゲーテ
桜 花
花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞく
るしかりける 西行
死 者
みどりごがいつしか母の乳房を離れて生い育って
ゆくように
死者たちもしずかに地上のありかたをは な れゆ
く。 R・M・リルケ
仲 春
仲春時雨に遭い
始雷 東隅に発す
衆蟄 各おの潜かに駭き
草木 縦横に舒ぶ 陶淵明
*遭:あ 潜:ひそ 舒:の
世 界
世界よ世界よ世界よ世界よ
そしてその顔はまじめで
雲は夕空に S・ベケット
青 春
汝は、そも、葉なりや、花なりや、幹なりや、
おお、楽の音につれて、揺れる肉体よ、おお、き
らめく眼くばせよ、
我等いかにして、踊りと踊子とのけじめを悟りえ
ようぞ。 W・B・イェイツ
夜 空
高きもの 夜よ、そのときおまえが私を知ったの
はおまえには恥辱ではなかった。おまえの息吹は
私にかかった。遠方の厳粛なものに割り当てられ
たおまえの微笑が、私の中へとはいって来 た の
だ。 R・M・リルケ
花
生命を会得づつものは誰でも花を愛し花の清浄無
垢な愛撫を愛する オーギュスト・ロダン
秋 興
我は覚ゆ秋興の逸なるを、
誰か云ふ秋興悲しと。
山は落日を将ゐ去り、
水は晴空と与に宜し。 李白
聖
畏怖は人間の最上の部分だ
世がどのようにこの感情を評価しようとも
彼の心は深く動いて、巨怪なるものを感じる
ゲーテ
樹 木
南に樛木あり
葛藟これを荒ふ
楽しき君子
福履これをおほひにす 詩経
*葛藟:かつるい 荒:おほ
形 態
デッサンは形ではない。デッサンとは物の形の見
方である。 ドガ
暴 力
権力の極端な形態は、全員が一人に敵対するもの
であり、暴力の極端な形態は一人が全員を敵とす
るものである。後者は道具なしには実行で き な
い。 ハンナ・アーレント
海
地球上唯一の昔ながらにして、最古のもの、
その触れるすべては崩壊。
その置き去るすべては新。 P・ヴァレリー
山川人物
夫れ画は心に従ふものなり。山川人物の秀錯、鳥
獣草木の性情、池榭楼台の矩度、未だ深く其の理
に入り、曲に其の態を尽す能はざれば、終に未だ
一画の洪規を得ざるなり。 石涛
*夫:そ 曲:つぶさ 終:つひ
昆 虫
これほど音楽に感動しているのに、それでもやっ
ぱり彼は一匹の虫にすぎないのか。
F・カフカ
自画像
独り生きるには、獣か神でなくてはな ら ぬ──
とアリストテレスが言う。第三の場合が足 り な
い、人は両者でなくてはならぬ──つまり哲学者
で…… F・ニーチェ
*哲学者:傍点あり
劫 罰
わがいたれる処には一切の光黙し、その鳴ること
たとえば異なる風に攻められ波たちさわぐ海の如
し ダンテ
*黙:もだ
玄 冬
日月 肯へて遅からず
四時 相ひ催迫す
寒風 枯条を払ひ
落葉 長陌を掩ふ 陶淵明
*肯:あ 四時:しいじ
複数かぞえられる「巨匠」を挙げてみる。
国別では、
フランス7名、ドイツ語圏6名、中国4名、
イタリア2名、アメリカ2名、イギリス1名。
日本からは西行、紫式部の2名。
個人では、
ヴァレリー、陶淵明が各3回、
ダ・ヴィンチ、ニーチェ、リルケ、ゲーテが各2回。
女子は、
紫式部とアーレントの2名。
出典のみは、
「創世記」「詩経」「コーラン」。
なお、
「獣類」の章は「コーラン」とシラーの二本立て。
「女性」の章も二本立てでヴィヨンとゲーテ。
どういうことでしょう。
次のようなもの。たとえば「世界」の章はベケットから。
陶 磁
あらゆる芸術のなかでわたくしの知る限りもっと
も危険率が多くて不確実な、したがってもっとも
品格の高いものは「火炎」の神の援けをかりる諸
芸術であろう。 P・ヴァレリー
鳥と魚
空をとぶ魚とは自然の悪夢なのである。
G・バシュラール
鏡
鏡は自分の前におかれたものと同じ色彩に変るも
のだ。 レオナルド・ダ・ヴィンチ
夢
「夢」は一つの第二の人生である。われわれを不
可見の世界から隔てているこれらの象牙か又は角
の扉を、私は戦慄を覚えずには潜れなかった。
G・ネルヴァル
れおなるど
可愛想に、レオナルドよ、なぜおまえはこんなに
苦心するのか。 レオナルド・ダ・ヴィンチ
詩人たち
人間世界は、神々の共有器官である。詩は、われ
われ人間をおなじく神々をも結びあわす。
ノヴァーリス
*詩:ポエジー
新 春
歳開けて倏ち五日
吾が生 行くゆく帰休せんとす
之を念へば中懐を動がし
辰に及んで茲の游を為す 陶淵明
*歳開:としあ 倏:たちま 五日:いつか
念:おも 動:ゆる
辰:とき 茲:こ 游:いう
天 使
斯く神其人を逐出しエデンの国の東にケルピムと
自から旋転る焔の剣を置きて生命の樹の途を保守
りたもう 創世記
*旋転:まわ 剣:つるぎ 保守:まも
顔
結局顔の問題は距離にある。顔は、ある距離を隔
てて見たり見られたりする。又顔は、ある環境の
中で、顔付きを作り誘導する中枢の機械の上に現
われる。 P・ヴァレリー
獣 類
一体彼ら、駱駝を眺めたこともないのか、その見
事な出来ばえを。 コーラン
馬がないのは、何か本質的なものが欠けているこ
とを意味する。芸術は馬とともにあるものなのだ。
ヘンリー・ミラー
幼 孩 *えうがい
幼い子供が揺籠で眠っている、ぼくが薄い垂れ布
を掲げて長いあいだ見いり、手でそっと蠅を追っ
てやる。 W・ホイットマン
哲 人
哲学者──それは絶えず異常な事柄を体験し、見
聞し、猜疑し、希望し、夢想する人間である。彼
は自分自身の思想によって、外からも、上や下か
らも、彼に特有な事件や電撃によっての如く打た
れる。 F・ニーチェ
*彼に:傍点あり
春 寒
十日 春寒 門を出でず
知らざりき 江柳の已に村に揺がんとは 蘇東坡
*已:すで 揺:ゆる
物 語
かかる世の故事ならでは、げに何をか紛るること
なきつれづれをなぐさめまし。 紫式部
*故事:ふるごと
女 性
今を盛りと咲きほこる花の姿も打萎れ、
黄ばんで、枯れる 時節はやがて来るだろう
フランソワ・ヴィヨン
永遠に女性なるもの
我等を引きて往かしむ ゲーテ
桜 花
花みればそのいはれとはなけれども心のうちぞく
るしかりける 西行
死 者
みどりごがいつしか母の乳房を離れて生い育って
ゆくように
死者たちもしずかに地上のありかたをは な れゆ
く。 R・M・リルケ
仲 春
仲春時雨に遭い
始雷 東隅に発す
衆蟄 各おの潜かに駭き
草木 縦横に舒ぶ 陶淵明
*遭:あ 潜:ひそ 舒:の
世 界
世界よ世界よ世界よ世界よ
そしてその顔はまじめで
雲は夕空に S・ベケット
青 春
汝は、そも、葉なりや、花なりや、幹なりや、
おお、楽の音につれて、揺れる肉体よ、おお、き
らめく眼くばせよ、
我等いかにして、踊りと踊子とのけじめを悟りえ
ようぞ。 W・B・イェイツ
夜 空
高きもの 夜よ、そのときおまえが私を知ったの
はおまえには恥辱ではなかった。おまえの息吹は
私にかかった。遠方の厳粛なものに割り当てられ
たおまえの微笑が、私の中へとはいって来 た の
だ。 R・M・リルケ
花
生命を会得づつものは誰でも花を愛し花の清浄無
垢な愛撫を愛する オーギュスト・ロダン
秋 興
我は覚ゆ秋興の逸なるを、
誰か云ふ秋興悲しと。
山は落日を将ゐ去り、
水は晴空と与に宜し。 李白
聖
畏怖は人間の最上の部分だ
世がどのようにこの感情を評価しようとも
彼の心は深く動いて、巨怪なるものを感じる
ゲーテ
樹 木
南に樛木あり
葛藟これを荒ふ
楽しき君子
福履これをおほひにす 詩経
*葛藟:かつるい 荒:おほ
形 態
デッサンは形ではない。デッサンとは物の形の見
方である。 ドガ
暴 力
権力の極端な形態は、全員が一人に敵対するもの
であり、暴力の極端な形態は一人が全員を敵とす
るものである。後者は道具なしには実行で き な
い。 ハンナ・アーレント
海
地球上唯一の昔ながらにして、最古のもの、
その触れるすべては崩壊。
その置き去るすべては新。 P・ヴァレリー
山川人物
夫れ画は心に従ふものなり。山川人物の秀錯、鳥
獣草木の性情、池榭楼台の矩度、未だ深く其の理
に入り、曲に其の態を尽す能はざれば、終に未だ
一画の洪規を得ざるなり。 石涛
*夫:そ 曲:つぶさ 終:つひ
昆 虫
これほど音楽に感動しているのに、それでもやっ
ぱり彼は一匹の虫にすぎないのか。
F・カフカ
自画像
独り生きるには、獣か神でなくてはな ら ぬ──
とアリストテレスが言う。第三の場合が足 り な
い、人は両者でなくてはならぬ──つまり哲学者
で…… F・ニーチェ
*哲学者:傍点あり
劫 罰
わがいたれる処には一切の光黙し、その鳴ること
たとえば異なる風に攻められ波たちさわぐ海の如
し ダンテ
*黙:もだ
玄 冬
日月 肯へて遅からず
四時 相ひ催迫す
寒風 枯条を払ひ
落葉 長陌を掩ふ 陶淵明
*肯:あ 四時:しいじ
複数かぞえられる「巨匠」を挙げてみる。
国別では、
フランス7名、ドイツ語圏6名、中国4名、
イタリア2名、アメリカ2名、イギリス1名。
日本からは西行、紫式部の2名。
個人では、
ヴァレリー、陶淵明が各3回、
ダ・ヴィンチ、ニーチェ、リルケ、ゲーテが各2回。
女子は、
紫式部とアーレントの2名。
出典のみは、
「創世記」「詩経」「コーラン」。
なお、
「獣類」の章は「コーラン」とシラーの二本立て。
「女性」の章も二本立てでヴィヨンとゲーテ。
どういうことでしょう。