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私は個性派の作家、井上光晴の娘としか井上荒野を見ていなかった。
それが大きな間違いである事を本著で知った。
逞しい主張を貫く訳ではない、男女の恋の深みを妖しく表現する訳でもない。
あっと思うようなさりげない筆致で人間模様が描かれる。何処か遠い昔を思わせる島で繰り広げられる、男女の触れ合い。
お国言葉が優しく響く。
「切羽」とは「きりは」と読む、昔炭鉱で穴を掘る進む先端部分が切羽である。切羽は穴が通れば無くなる。
都会と遠く離れた島で生まれた二人、画家の夫に従い、養護教諭の妻は島で暮らす。
海の幸豊かな食事、細やか日常生活の中で睦まじい夫婦の様子が丁寧に書かれる。
上手いなあとため息がつく程、惹きつける。
島の小学校、島の人々、夢の様な長閑さの中、都会から来た男が異質で魅力的な香りを振りまいて現れた。
妻と男は惹かれ合う。
その描写はあまりに抑えた筆致で書かれているので気づかない程に。
切羽へ、どうしようもなく二人は近づいていくのだが。
この物語が直木賞をとったのは当然だと思う。
本当に巧みな物語であり、そこに漂う哀愁は忘れていた心を思い起こさせる。