読書の森

夜間飛行



国際線ターミナルは煌々と明かりに照らされ、公子の顔が一層晴れやかに見えた。
窓から見える空は鮮やかな群青色から次第に黒みを帯びている。
チカチカと瞬く、航空機の光は、遠い夢に誘ってくれるようだ。

「それで何でシアトルなの?仕事に恵まれた訳でもないのに」
空港内のレストランで悦子はちょっと意地悪く聞いた。

二人は出身校を共にし、同じ出版社に勤めていた。
現在悦子は編集部次長、公子はフリーのライターである。

「シアトルの日常生活をAに載せる約束になってる」
マイナーな雑誌に載せるだけで生活がやっていけるのか、悦子は能天気な友を危ぶむ。



「佐野君に教えたの?この事」
「長い旅に出るとだけ伝えたわ。シアトルに行く事は仕事先とあなたにしか教えてない」

佐野は大手電気メーカーの技術者で、ごく当たり前のサラリーマンの顔をしていた。
学生時代、三人はロックを愛好する仲間として知り合った。佐野はバンドに属しながら、社会についてかなり先鋭的な意見を吐き、アウトローな生活をしていたのが、今は嘘の様に真面目に暮らしてる。

5年前に家庭を持ち、可愛い女の子のパパになっていた。
公子は佐野と偶然再開した時、それを知って、思わず「惜しかった!もう少し前に出会っとけば良かったな」と呟いた。

佐野は笑顔で「いいの?本気にしちゃうよ」と漏らす。
時々、コンサートに出かけたり、公子も交えて酒を飲んだ。

「佐野君との付き合いも一年経ったら、煮詰まっちゃてね。動き取れないじゃない。妻子は平和に暮らしてるんだし」
公子は自分に言い聞かせる様に言う。

そして何かを振り切る様に目を輝かせた。
「シアトルに住む白人の女の子がね、イチローが成功した街だから、きっと日本人向きよ、と言うのよ。霧が深くってとてもロマンティックだって」

ため息を悦子は吐いた。
つまり佐野を忘れる為に未練を切る為に、この人はよく知りもしない異国の土地へ行く。
夜間飛行を気取って。

ザワザワと人が動き、明るい調子のアナウンスが流れる。
「行かなきゃ」公子は時計を見て、やや硬い表情になった。

その時、佐野がヌスッと現れた。
「悦子から聞いた。気を付けて必ず帰って来るんだぞ」

公子は泣き笑いの表情で佐野を見て、悦子を見た。
「ひどいよ」
「ひどくないよ。私たち寂しいもん。あなたが居ないと。古い仲間でしょう」

公子は俯いて背を向けた。
「帰って来る。それまで良い仕事してくる」
顔を見せるのを恥じるかの様に公子は、そのまま振り向かず搭乗手続きに向かった。

送る二人も無言で空を見上げた。
やがて飛行機は一迅の風となって、深い夜の空に消えていった。

^_^空港内の待合室、よく考えたら原則搭乗客のみが待ちます。失礼しました。

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