真緒は思い切って浩樹の肩にもたれかかった。
それなのに、浩樹はサッと横に退いたのである。みっともなくよろけそうになった真緒はかっかとなった。
「何なのよ!こっちを好き勝手に連れ回しといて。あなた一体私をどうする気なの?」
「ごめん。だけどそうじゃない。君が迷惑だからじゃないんだ」
「じゃあ何なのさ」
「つまりさ、俺は本当は相田浩樹じゃないんだ」
「、、、」
言葉を失った真緒の頭の中に妄想が渦巻いた。つまりこの男は整形したなりすましだろうか?さっきの説明はこの男の事か?それとも浩樹自身の事か?だけどそんな手の込んだ事して意味があるのだろうか?
しかめっつらをして考えこむ真緒に済まなそうに男は言った。
「俺ホントは木村真斗なんだ。入社の時の君の記憶は正解だったんだよ。
本物の相田浩樹はこの世にいない。あの阪神大震災の時、家が潰れて一家全滅したんだ」
「ウッソでしょ?!だとして何故あなたが彼になりすます必要があったのよ?」
以下は木村真斗が語った話である。
真斗の家は貧しかった。かなり以前から革製品を扱う仕事をしていて、技術的に優れた革製品は神戸の名産品ではあったが、四つ足を扱うと昔から蔑まれた職業で、差別化されていた。
小さな頃から、体格に優れて頭が良いと自負する彼にとって、それがかなり屈辱感になったのである。弟が早死にしたため両親は自慢の子の為、長田区の靴工場で働き学費を稼いでいたのである。
お陰で彼は有名私大に通う事が出来た。関西学院大学に通う灘区のお坊ちゃん学生として見られる事を真斗は好んだ。
努めて金持ちの息子と付き合うようにしていた。
奨学金を貰い、傾きそうな借家から通っていている事を友人の誰も知らない。
その中でも相田浩樹とはかなり親しくなれた。彼が、と言うより浩樹から近づいてきたのである。
何故なら浩樹も真斗も同じ小学校に通っていたし、浩樹の方は勉強が特別出来る真斗をはっきり記憶していたからだ。
真斗が部落民出身の子だと知っていて、浩樹が親しみを持ったのは、彼自身が訳ありの家庭の一人っ子だったからだった。