読書の森

桜庭一樹 『じごくゆきっ』



これは60代の母親である。
働いてて溌剌としてて本が大好きで、ちょっとヒステリーだった。

ここ連日、赤ちゃん化しちゃった彼女の、「おしっこ」「おなか空いた」の声とウンチが悩ましい私。
図書館や本屋は夢の又夢となった。
近場で買い物するのがやっとである。

母のディケアの日に、以前ブログに出したアンソロジーをめくって見る。



桜庭一樹の短編、飛びすぎてるかな、と思って遠慮してた。
でも、ジューシーで新鮮そのものの文章に改めて感激した。
作者の感覚はかなり鋭く、小気味良い文章が続く。

時はヒラヒラフワフワのファッションが流行した1990年代である。
そのロリータファッションを身につけた高校生と担任教師が、夜汽車で駆け落ちするというストーリー。
行き先は雪の鳥取砂丘である。

年こそ違え、二人は青春期特有の不安定さを持つ事で一致している。

由美子先生は、金八先生よろしく懸命に授業をする熱血教師である。
しかし、世間知がかわいそうな程なく、それ故バカにされている。

主人公の女子高生は、この美人先生を愛玩動物のように思っていた。
可愛い先生は一種のアイドルだった。

24歳の由美子先生と、先生をバカにしながら可愛いと思ってる主人公は、ひょんなキッカケで「じごくゆき」を試みる。
日常生活の檻の中から、怖いけど魅力的な地獄に抜け出す為にである。
由美子先生はどうしても東京から逃げるという。
まるで魅入られた様になった生徒と二人、東京駅からの夜汽車で逃避行をするのだった。


この場合の「じごく」は二人の憧れの「じごく」である。
当たり前のヌクヌクした都会生活から、片田舎の悲壮な窮乏生活だから「じごく」なので、堕ちていく事は世間知らずの二人にとってワクワクするものらしい。

由美子先生を好きだという体育教師がいて見かけはマアマアだが頭の固い男である。

生徒たちはこぞって噂をした。
付き合ってる、無理矢理押し倒された、結婚するのだ、とか。
由美子先生はかなり追い詰められていた。
だから東京外に逃げたいのだと高校生は思った。

二人は、ホントに思いつきの様に、雪の「じごく」へ旅立つ。



列車の中で由美子先生は子供の様に縋る。
主人公の中で由美子は年上の癖に寄る辺ない少女の様なイメージを持つ。
可愛い悪女に引き摺られる男の子になった様な変な錯覚を起こしていたが。

温泉宿に辿りついて、湯気の立つ温泉に入った時、由美子先生の白いお腹がポッコリと浮かんだ。
体育教師の子供をはらんでいたのだ。
主人公は完全にしらける。

「結婚したくない。子供が欲しくない。一人で自由でいたい」
まるで本人が赤子の様に嫌がった訳である。
だから由美子先生は逃げたのだ。
相手は、自分の思うままになるなら誰でも良かったのだ。
それに気づけば誰でもしらけるだろう。

それでも、二人はこの旅を続けた。
雪降る鳥取砂丘へ行くまでだ。

結末は無事に収まるが、大人の常識はほろ苦いものだと思い知らされる。



さて、私にとって、この無責任で可愛い先生と母が妙に重なってみえます。

頭は良いのに世間知らずのおバカで、無邪気で可愛いけど、相手の立場を考えない。
それでも憎めないところなど、そっくりです。


私にとって母親への感情は本当に矛盾してます。
可愛いいし憎らしいし、という所です。

初恋の人と結婚して豊かな生活が出来る奥様でいたら、全く違った人生が歩めたでしょう。
頑張ったのに報われなくて可哀想だったと思います。

その一人娘の私も、気がつくとあんなに嫌がった母の欠点をそのまま受け継いでいます。
人生は実にほろ苦いものです。

読んでいただき心から感謝です。ポツンと押してもらえばもっと感謝です❣️

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