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読書の森

創作 心理分析 最終章


「僕が大学入学した当時、かなり心が浮き立っていたようだ。訳の分からない不安と自分のプライドとがせめぎ合って押しつぶされそうなのに、一方で妙にハイな気分だった。
そんな時先輩に誘われて飲み会に出た。結構幅が効く先輩なので素直に従っていた。その時一気飲みを無理矢理強いられた。
自分は全然酒を飲んだ事がなかったんだ。早く言えば下戸だった。
苦しいのをひたすら我慢して喉が焼ける思いで一気呑みをしてさらにチャンポンで飲まされた。
周りは皆ワイワイと楽しく騒いでいるのに、それどころでない。胸が締め付けられるように気持ち悪くて冷や汗が出るのを必死に隠していた。バカにされたくなかった。

その帰り道、丁度この場所でしゃがみ込んでゲーゲー吐いてる僕に優しい言葉をかけてくれたのが君だったよね。
そして自分の部屋で休まないかとたどたどしく言ったね」

女は何も答えない。長い睫毛をパチパチさせて黒木を睨むだけである。

黒木は、目を伏せて言葉を続けた。
「狭い何か強い香りがする部屋でいつしか眠りこんでいた。気がつくととても華奢なのに自分を包み込んでくれる柔らかく暖かい身体を抱いていた。それは初めての体験だった。
罠だったんだ。初な若者に好意を持たせて闇の仕事をさせる為の。
ふらふらとその部屋を出た、気持ちの悪いのはすっかり治っていたが、地面に足がつかない。全て夢の中の出来事みたいだった。
確かなのは君が自分の携帯番号とメルアドをメモにしてくれた事だった。
それから僕たちはメールのやり取りをしていた。
そのメールの中で君は大嘘をついた。
質の悪い風邪、インフルエンザにかかってしまった様だ。息するのも苦しいし横になったきり何も出来ない。短期滞在者なので保険も効かない。このままでは検査も診断も治療も出来ない。
だからお金が欲しいのだ、とね」

突然、女が口を開いた。
「そうさ。バカな坊やにこの仕事させて儲ける為の口実だよ。
ただ、あんたがこれほど向こう見ずとは思わなかったね。チクればどうなるか分かってんだろうね!」
「まだチクっちゃいないよ」
黒木は自嘲した。
「あの時の君の気持ちが本当に嘘だらけだったのか確かめたかっただけさ」
女はただ黙りこくっていたが重い口を開いた。
「命令された。命令に背いたらあたし殺されるから」
「誰に?」
「、、、」

その時だった。
物陰から屈強な身体付きの男が何人か現れて黒木を取り囲んだ。
一人がすごい勢いで黒木の腰を蹴りあげた。彼は声も上げずその場に倒れ込んだ。

「待て! それ以上やると撃つぞ!」
声と共に大勢の制服の警察官がドヤドヤと現れた。


拓はごく個人的な興味から黒木の生活を調べる内に彼が下戸である事を知った。
つまりその男が友人と呑む約束する訳がない。黒木は嘘をついてる。

そこで尾行を続けたのである。
警察署に連絡、この日同時追跡してもらっていた。


黒木は女の嘘に騙されて心ならずも振り込め詐欺をした直後に女の手口を悟った。
それでも危険を犯して迄もう一度女に逢おうとしたのは何故だろう?

運びこまれた病院のベッドに横たわる黒木に拓はむしろおずおずと声をかけた。
「良かった。軽傷で済んで。君の罪は公表はされないよ。大学にも上手く言っておくから。僕の一存で」
「あんた意外とお節介なんですね。余計な事しないで欲しい。変に同情しないで」
拓はある思いを込めて黒木を凝視した。

「俺も孤児なんだ。俺の場合は震災で親を亡くした
黒木の目が大きく開かれる。
「俺も恥ずかしいけど女を殆ど知らない。騙された事がないだけだ」拓は呟く。

「僕の場合、その女が好きだったと言うよりただ女の優しさや身体に飢えていたのかな」
「そうか」
「、、、」
黒木は遠い目をした。怜悧な印象は消えて頼り無い少年のような目だった。

「実はね」何もなかったように人の良さそうな笑顔で拓は囁く。
「俺も下戸なんだ。一気飲みでひどい目にあってね」
「、、」
「看病してくれたのが男の先輩でなかったら、女だったら、、、それも優しい人だったら、、。
きっと惚れたと思うよ」

黒木は微かに泣き笑いの表情を見せた。





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