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読書の森

アガサ・クリスティ 『フランクフルトへの乗客』 再々掲載

世の中が物騒になってポケベルが爆発して、敵国の「スパイ」問題が取り沙汰されている昨今でございます。
ネット問題など影も形も無かった時代のスパイのお話、アガサクリスティが1970年に上梓した『フランクフルトへの乗客』を再々掲載します。

秀作とはとても言えませんが、驚くべき事にこれはアガサクリスティ80歳の小説です。彼女の頭脳の働きの確かさは、我々高齢者には希望を与えるものです。


霧のフランクフルト空港で次のロンドン行きの飛行機を待つ外交官のスタフォード。正体不明の美女から突然の頼み事をされる。

彼女が頼んだのは「彼のパスポート搭乗券、そして彼のマントを借りたい」という事だった。
よく見れば彼女の背格好や目鼻立ちは彼に似ている。
まさか当時の航空機の中で性別のチェックをする筈がない。それにすっぽりとマントを被れば女としてはかなり長身のその女が彼とすり替わっても怪しむ人はいない。

よく考えてみれば、見も知らぬ地位ある異性に非常に危険な依頼をする女を先ず疑うのが常識と思う。
しかし、この驚くべき願いを、この外交官は聞き入れてしまうのである。
人道支援の為と訴える謎の女の言葉をそのまま信じたのと、彼女が彼の好みにぴったりの美人だったからである。

そしてスタフォードは彼女から貰った(眠り)薬を飲み、待合室でまどろむ。薬は非常に強力な効き目を持って彼はぐっすり寝込んでしまった。
その間、美女はまんまとロンドンに着き目的を果たす。
その結果、スタンフォードは色仕掛けで騙されて、大事な自分のパスポートを盗まれたまぬけな外交官と噂される。
実は彼、前々から外交官の仲間内で変わり者で期待外れの存在だったから、余計に貶められる事になった。
そして。
この謎の美女とスタンフォードは、大使館のディナーパーティで再会する。
さらに彼女の属するスパイ組織に巻き込まれていく。

スパイではあるが、決して私利私欲の為に働いてはいないと彼らは言う。
謂わば博愛心を持って世界を救うために諜報活動をしていると、、、。
好奇心一杯のスタフォードは、やがて壮大なスケールのスパイ活動に巻き込まれていく。
ロマンス有り、裏切り有り、どんでん返しが有り。
作者の訴えたい事はとても壮大で素敵と思う。
ただ、話が大きい為か展開が安易過ぎて、クリスティにしてはテンポが悪い印象で、愛読者はちょっとがっかりするかも知れない。


御年80歳のアガサクリスティが長大なミステリーに挑み、「これはファンタジーです。それ以上の何ものでもない」と言ったのはむやみに情報を動かす危険性について、しっかりした自覚があったのだと思います。地位の確立した彼女が事実に基づいてこのスパイ小説を書いたとなると問題になりかねないからです。


本物の外交官まで動員した正義を通すためのスパイ活動など、確かにファンタジーです。
それでも、小説が素敵なのは現実ではあり得ないファンタジックな世界を創造できるということなのだと思います。
小説と言う無限の世界の中なら作家はどんな夢でも見られるのではないでしょうか?

なんと彼女は86歳で永眠するまで執筆されたそうです。凄いですね♪

かって、若かった私は「マタハリ」や「川島芳子」など世界を駆ける魅惑的な美人スパイの話を読みました。
わくわくするほどドラマチックで、カッコ良く思えてしまいました。
TV番組でも『007シリーズ』、『スパイ大作戦』など、カッコいいスパイが大活躍した時期があります。

しかし、現実の諜報活動は決してカッコ良く無いようです。
かなり過酷でまた成功は全く保障されません。
仮に真実を追求するために諜報部員となったとしても、そこに待ち受けるのは嘘と悪意の落とし穴かも知れません。

一番恐ろしいのは、今日の社会は、情報が氾濫し過ぎて誰もが知らない内にスパイもどきになる危険性を持つ事です。本物の諜報とはかなり高度の技術が必要で、命がけのものだそうです。
諜報による誤情報一つが罪も無い人間の生活を破壊する虞があります。

今の時代ほど本物と偽物の区別がつきにくい時代はないです。
受け取った情報は、よく吟味して咀嚼してから、流していきたいと思います。

読んでいただき心から感謝です。ポツンと押してもらえばもっと感謝です❣️

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