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歌人の河野裕子さん、覚えてらっしゃいますか?
みずみずしい相聞歌で知られた人ですが、10年前64歳で乳癌の為にこの世を去りました。
死の床から詠まれた歌
「手をのべて あなたとあなたに触れたきに 息が足りない この世の息が」
を初めて目にした時、私は思わず溜息をついてしまいました。
命が燃え尽きんとする前に、これほど女らしく、艶かしい歌が詠めるなんて、羨まし過ぎる。
不謹慎な感想を持ってしまいました。
河野裕子は生物学者の夫も歌人で二人の間で生涯幾多の相聞歌が交わされています。
非常にロマンチックな夫婦であります。
夫と出会った頃の彼女の歌。
「たとえば君 ガサッと落ち葉
掬うように 私をさらって行ってはくれぬか」
彼女のこのドッキリする告白を受けて彼はその通りにして結婚したそうですよ。
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河野裕子に以前のブログで触れた事があります。
先日買ったオール讀物の「短歌の部屋」に入選した
「コスモスの花が 揺れおり碧空に
河野裕子の 逝きて十年」
を読んで、今再び河野裕子を取り上げてみたくなりました。
時の過ぎるのは早いものですが、人の心を打つ文学はずっと鮮やかな印象的のまま残るのですね。
これほどの鮮やかな美しい印象を残す河野裕子はかなり鋭い傷つきやすい感性を持っていらした、と勝手に推測してしまいました。
今回、夫君の歌と談話に触れて改めてその感を強くしたのです。
「今から考えると 一番憎んでいたんじゃないかと思いますね。
でもやはり愛していたんじゃないかなぁ。
それだけは疑わなかったですね」
これは多分お互いにでしょうね。
密接な関係性を持つゆえの言葉だと思いました。
そして
「きみに逢う 以前の僕に 逢いたくて
海へのバスに 揺られていたり」
と詠んでます。
私は「だから男というものは、」という感想を持つよりも、「ああそれだけ濃過ぎる繋がりの二人だったのだな、それが苦しかったのだ」と感じたのです。
河野裕子さんは自宅で沢山のコスモスを育てていたそうです。
主の居ない秋、微かに揺れるコスモスは寂しいものがあります。