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美也は在宅療養し、定期的に抗ガン剤治療を受けているという。
心のケアをしてくれる友人も多く、現在も夫の会社の経理を手伝っていると書いてあった。
生きる意欲が痛い程伝わってきた。
「良かったら家の近くにいらっしゃいません?駅のロータリーでお待ちします」
と結ばれていた。
美也と響子が初めて会ってから一年が過ぎようとしている。
この一年は、二人にとって人生を変える程の変化に富んだ日々が続いた。
美也を通じて、響子は人間の奥の深さを知った。
一見何気なさそうに生きている人の歴史に数かぎりないドラマがあった。
山手の瀟洒な駅で二人は会った。
9月の抜ける様な青空の日で、夏の名残の入道雲が出ていた。
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そのビルの高級レストランで予約があるからと二人は入店を拒否された。
杖をついた病みおとろえた中年の女と、同じ年頃のすっかり生気の抜けた顏の女は如何にも胡散臭い印象を与えたのだろうか?
響子も鬱が酷く髪型も服装を構う気力が無かったが、美也の変貌振りは酷かった。
今までは、上質の仕立ての良い服装をしていた彼女は着古して色の褪せたカットソーを身につけて、骨と皮だけの様に痩せていた。
豊かなブラウンの髪は無惨に薄く、抗ガン剤治療を受けているのを知らなかったら、20も老けて見えたのである。
「病気が重いのだ」と漸く気づいた響子はワザと気がつかない様に振る舞った。
二人は駅ビルの最上階にある食堂に入った。
大衆向けの食堂だが、ウインドーから美しい街並みが見えた。
「男って他所の花が綺麗に見えるものなのよ」
響子が破れた恋を打ち明けた時、美也はポツリと言った。
(あなたのご主人も?)とは聞けず響子は愚痴った。
「全然、生きてる気がしないの。別に恋が思い切れない訳じゃないの。
しっかりしなきゃ生きていけないと思うのに、頑張れないの」
「心が死んでるからよ。身体は死にかけてても、心が生きてれば、頑張れるの」
彼女にしては厳しい事を言うと思って、響子が眼を見張ると美也はエヘヘと笑った。
「今日私の打ち明け話もしようか」
響子は深く頷いた。
「聞かせて」