結果はおそらく本日中に分かるでしょうが、どうなりますか。
以下述べるのは、婆自身の独断に満ちた意見です。
選挙において対立候補を敵と見なすのと違いますが、あくまでも勝たなきゃ意味が無い、僅差でも負ければそれまでと考えるようになりました。
「勝負事でもあるまいし、日本の将来を担う人を平和裏に公平に選ぶ場だ」と言うのはあくまでも建前じゃないか?と思ってしまう。
実際の戦争は文字通り命を賭けた戦いです、実戦を如何にして避けるか、それが今の時代の最大命題ではないでしょうかね。
「この不穏な世界において、実戦を絶対避けられる政治家、いかにして日本人が戦争をしない状況になれるか真剣に取り組んでいただく政治家」ズルでも構わんと思う、憲法9条は現状に合わないので原則変えるべき(と思います)ですがその上で絶対に参戦しない道を選べる人。コウモリ(鳥にもケモノにも見えるところからどちら付かずの態度を取る人)と言われようと上手に戦争を逃れて一般人の命を護る人。
を自分は選びたいです。
しかし、現実は世界各地で惨たらしい実戦が行われてます。
それで非常に素朴な疑問が出てきます。
「大体見た目が似た人間同士、顔形で敵か味方か判別出来ない時、どう言う方法で敵味方を見分けるか?」という事。
味方を殺しちゃっても、敵を味方と思い込んで殺されちゃっても、戦いは無情ですから放っとかれるだけですよね。
日本の戦国時代は、指物つまり旗印で見分けたそうです。
足軽がその旗を背負って戦う。
武田の「風林火山」とか、真田の「六文銭」とか有名です。
ただ、この重い旗背負って実際戦えるのかしらね?悠長な話です。
それから同志撃ちを避ける為に「合言葉」を使います。例えば「山」「川」とかです。
ただ今どきだと、偽造や嘘がありそうなもんだけど、日本人って負けてもいいから、つまり死んでもいいから、正直でありたかったのでしょうか?
そこら辺ご存知の方に教えていただきたいです。
昔ですと、日本人に限らず大陸の戦争においても「優雅(?)な」敵味方を示すやり方があったそうです。
昔ですと、日本人に限らず大陸の戦争においても「優雅(?)な」敵味方を示すやり方があったそうです。
中国の「黄巾の乱」では反乱軍は黄色の布を分かるように身に纏って戦いました。
又昔のロシアでもウクライナとロシアの戦いがあって、ウクライナは黄色と青の布、ロシアは赤のテープ(今以前のロシア国旗の色)を身につけて戦ったそうです。
なんか悠長過ぎると思うのは私だけでしょうか ?
記憶に新しい「湾岸戦争」から敵味方の識別方法はガラッと変わります。
記憶に新しい「湾岸戦争」から敵味方の識別方法はガラッと変わります。
レーダーです。
敵味方識別方法はつまり「電波」なのです。
そこで又素朴すぎる疑問、敵味方を間違えてしまわないか?が湧いてきます。
湾岸戦争の場合、味方を間違えて殺してしまったケースが何件も出てきたとか。
具体的な事は闇の中だけど。
昔も今も、敵味方を必ず正確に識別出来るとは限りません。
ましてや、敵味方が判然としない戦わない(戦えない)一般市民を巻き込む「戦争」を大義名分の下にするのはあまりにもバカらしいと婆は思う次第です。