(”鬼火”の続き)
”超絶技巧”を、全曲ではなく、抜粋したCDを2枚取り上げたいと思います。
◆及川浩治(ピアノ) (DENON・COCQ-83589)
”激情のリスト”と題されたこのCDには、リストのピアノ曲が10曲収められています。演奏は、どの曲もタイトル通り激しく情熱的で、中でも有名な”ラ・カンパネラ”や”愛の夢第3番”は素晴らしいです。
わけても”ラ・カンパネラ”が、これだけ熱い音楽として弾かれたことがかつてあったでしょうか。(4:12)からの強烈な連打、テンポを落として(4:36)のクライマックス!
似た演奏はあっても、ここまで徹底した演奏はほかにないと思います。
”超絶技巧”からは11番”夕べの調べ”・10番・8番”狩り”が選ばれています。
”夕べの調べ”は、振幅が極限まで広く、静かな部分はより静謐に、熱い部分はより熱くという演奏です。もの凄いドラマが曲から引き出されています。
冒頭のテーマからじっくり、1つ1つの和音が大切にされています。演奏時間は11分52秒、”雪あらし”と”鬼火”で取り上げたアリス=紗良・オット盤が8分41秒ですから、かなり長いと分かります。
(0:59)~いつ終わるとも知れないピアノの音。
(2:03)~大きな夕陽が地平線に沈む様子そのままの、果てしない左手のクレッシェンド。その後(2:15)からは、メロディーの音1つ1つが輝かしく弾かれます。
(7:20)~渾身のフォルティッシモが続き、(8:24)~の壮絶な追い込み!11分52秒があっという間です。北海道で眺めた、日本海に沈む太陽を想いだします。円が半円になり、半円が最後消えるまで本当にあっという間でした。
(9:48)の静かなアルペジオは、烈しい演奏の後だけに美しさが際立ちます。
10番はとにかく情熱的で、曲中のクレッシェンド1つ1つに全部意味があります。これだけ情熱的な演奏だからこそ、曲の持つ力がどんどん耳に身体に入ってくるのです。
(0:41)~眩しいメロディー、眩い音。(1:35)~目の前にグランドピアノが置かれているような臨場感。これでもか、これでもかという音の連続です。そして極め付けが(1:43)の凄まじい加速!!
”狩り”は最初から、部屋が揺れるような轟然とした音が鳴り響きます。リストは今から150年以上前に、果たしてここまでの演奏効果を考えて”超絶技巧”を遺したのでしょうか?作曲家の想像を超える世界が鳴り響いているのかもしれません。
3曲とも名演です。”鬼火”や”マゼッパ”、”雪あらし”もぜひ聴いてみたいと思いました。
◆ザラフィアンツ(ピアノ) (コジマ録音・ALCD-7163)
モーツァルトの”きらきら星変奏曲”や、ベートーヴェンのピアノソナタで名演奏を録音したピアニスト・ザラフィアンツによる、リストのCDです。
ここには”オーベルマンの谷”(”巡礼の年 第一年スイス”から抜粋)、”夕べの調べ”、”ピアノソナタ”がおさめられています。中では、CDのタイトルにもなっている”オーベルマンの谷”が一番だと思いました。「巡礼の年」を聴いて、いい曲だと思ったのはこのCDが初めてでした。リストの音楽にはこんなにも多くの思索や嘆きがあるのかと驚きました。
”夕べの調べ”も名演でした。全3曲のうちの1曲が”超絶技巧”からセレクトされていることに嬉しくなります。
序奏は、さきほどの及川浩治盤ほどは粘りませんが、それでもザラフィアンツらしくゆったりとした進行です。
”超絶技巧”ならどの曲もだいたいそうですが、”夕べの調べ”の楽譜には実に多くの数の音符が書かれています。おびただしいと言ってもいいくらいです。全曲通して、それらすべてが大切にされ、弾き急ぐようなところはありません。
(3:34)~深い淵をのぞき込むような気持ちで始まる左手。(4:18)~冬の夜空、満天の星の中でひときわ輝きを放つオリオン座のような右手。
(6:34)~1くくりのメロディーの中に、フォルテ・メゾフォルテ・ピアノ・ピアニッシモが全部出てきます。考え抜かれた弾き方だと思えます。(6:47)決して絶叫していないのに低音が心に大きく響きます。
煽るような加速は一切ありませんが、まったく不満・不足を感じさせません。何という深い曲だと思わせます。
(8:42)ほんの一瞬ですが、間の取り方に個性があります。
(9:37)全部の音が意味深く聴こえます。思いに耽るこの静けさこそザラフィアンツの真骨頂です。