心が満ちる山歩き

美しい自然と、健康な身体に感謝。2019年に日本百名山を完登しました。登山と、時にはクラシック音楽や旅行のことも。

百名山の麓をたずねて (7)屋久島・宮之浦岳③ トカラ列島遠望

2021年01月24日 | 百名山の麓をたずねて



 (つづき) ホテルのベランダから、トカラ列島がうっすら見えました。
 左が中之島で、列島の中では人口が最も多い島です(2017年10月31日で、164人(十島村ホームページより))。島の最高峰、979mの御岳が富士山のような姿をしています。トカラ列島にはあちこちに(中之島の他にも諏訪之瀬島・平島・悪石島に)、「御岳」という名前の山があります。
 そして右側の口之島は、トカラ列島で一番北にある島です。この島に、北緯30度線が通っています。

 「~ 照国丸は、まるで仏印通いの船のようだった。そうした、錯覚で、富岡は、今朝、このままゆき子とこの船に乗れたなら、どんなにか愉しい船旅だったろうと思えた。だが、この快適な船は、屋久島までの航路で、それ以上は、今度の戦争で境界をきめられてしまっているのだ。この船は、屋久島から向うへは、一歩も出て行けない。南国の、あの黄ろい海へ向って、この船は航路を持ってはいないのだ。 ~」
 (『浮雲』林芙美子(新潮文庫))

 開放的な眼前の海に国境線の引かれていた時代がありました。戦後、吐噶喇の島々が本土復帰したのは、1952年2月のことでした。


 屋久島はとても雨の多い場所として知られています。『浮雲』でも、
 「~ 「はア、一カ月、ほとんど雨ですな。屋久島は月のうち、三十五日は雨という位でございますからね……」 ~」
 という表現が出てきます。
 予定を1日延長して、4泊した屋久島から帰る日に、初めて大雨が降りました。それも、今まで4日降らなかった分の雨を1回にまとめたくらいの、本当にバケツをひっくり返したような大雨でした。
 島へ入る時は飛行機に乗りましたが、帰りは船でした。時間は余裕があるし、ジェットフォイルでも普通のフェリーでもいいなと思いましたが、こんなひどい天気ならジェットフォイルの方が揺れが少ないですよと、ホテルのフロントの方にアドバイスをもらいました。
 鹿児島港への所要時間は、ジェットフォイルではおよそ2時間ですが、フェリーでは倍のおよそ4時間です。
  港へ向かうバスで覚えているのは、「焼酎川」「営団」という二つのユニークな停留所の名前でした。
 そのうち「焼酎川」の方は、こちらにとても面白い由来が紹介されていました。

 「~ 安房から県道を西に走ると、暫くして「焼酎川」というバス停がある。さすが、巨大蒸留所の島と思いたくなるが、どうやらこの付近が密造焼酎の産地であったことから名づけられたもののようである。密造酒は取締りとの戦いでもあり、知恵比べでもあった。摘発される前に証拠を隠滅しなければならない。訪れたときは清流が静かに流れる小さな川だったが、ひとたび雨が降ると勢いよく焼酎や焼酎粕を海へ流しだしてくれたのだろうか。屋久島のこんもりとした森で造られ、屋久島の急流に助けられた密造焼酎が今、焼酎にいとおしさを感じる島人により「焼酎川」にその名を残している。 ~」
 (『春秋謳歌 -南からの焼酎便り-(第27回 焼酎川)』鮫島吉広(日本酒造組合中央会HP)


 焼酎に「川」が付いただけで、哀愁を帯びた響きになりました。焼酎が涙になって流れるような名前に聞こえました。
 しかし、もう一つの「営団」になると、面白いどころかびっくりしてしまいます。バスの中でそのアナウンスを聞いて、頭に浮かぶのはもちろん地下鉄のことです。
 その昔、営団地下鉄(帝都高速度交通営団)のほかにも、住宅営団や農地開発営団などの「営団」がありましたが、それらは終戦後に廃止され、地下鉄だけが残りました。
 屋久島に地下鉄が走っているはずがない!と思ってしまうバス停でしたが、後で屋久島町役場に質問してみると、「県営団地」の略ということが分かって、目の覚める思いがしました。

 あまりの悪天候で、飛行機は欠航になったようでした。バスは屋久島空港にも立ち寄りましたが、通路までびっしり人でいっぱいになりました。
 カラフルに塗装されたジェットフォイルは、「ロケット」という聞いただけですっ飛んでいきそうな名前でした。種子島宇宙センターにちなんでいます。屋久島のとなりの種子島は、面積は屋久島より少し小さいですが、人口は屋久島の倍以上あります。
 飛行機で有名なボーイング社が、飛行機以外の乗り物も設計していることを初めて知りました。
 今日のうちに、屋久島空港から鹿児島空港で乗り継ぐ予定だった人も多そうでした。先の計画をどうしようかと、心配そうな声も聞こえてきました。しかし、海に出ると船内は静かになりました。ジェットフォイルは猛烈に揺れました。荷物置き場で饅頭のように積まれた、リュックサックの山が飛び跳ねているのを、じっと見ているしかありませんでした。



 (写真:2016年5月上旬)



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