3月11日は午前中職場で「ヒューマンエラー」の新人研修を担当した後、午後から休みだったのでのんびりしようと思いDVDを借りて、ミスドでドーナツを買い、スーパーで買い物をした直後地震にあいました。東京は震度5とのことでしたが、かなり揺れました。スーパーの駐輪場にいたのですが、揺れで気持ちが悪くなるほどでした。
その後、自宅へ帰りテレビで東北地方で大地震とのニュースを知りました。中越地震で携帯電話がつながらなくなるのは知っていたので、メールで親や兄弟に無事であることをメールしました。幸いメールは通じ(妹は携帯の充電切れでメールの返事は夜になりましたが)、すぐ返事がきました。地震時、上越も震度4と揺れたらしいのですが、母は自動車を運転中で地震の揺れを強風と勘違いし、爺は昼ベッドで昼寝をしていて気付かなかったらしいです。
東京でも余震が3回ほどあったので、余震がおさまってから16時頃自転車で職場へ行きました。職場はベテランのメンバーの勤務日だったため、大きな被害もなくすぐ上司に「帰宅してもいいよ」と言われたので帰宅しました。
翌日から昨日まではスーパーやコンビニに食品が無い状態(特にパンとかレトルト食品、卵、大豆製品)が続いていましたが、電気やガス・水道は使用できたので、特に生活上は苦労しませんでした。ただ、東京電力が節電を呼び掛けており、計画停電の地域もあるので節電に努めています。私の住む地域は計画停電地区外なのですが、自主的に計画停電にしています。今も照明を消して、ブログを書いています。義援金も払い込みしてきました。
東北地方へはよく旅行に行ったので、松島や多賀城が津波で被害を受けていることを聞いて心が痛みます。須賀川の殿が寄進した鳥居は大丈夫かな、とか革籠原の土塁は壊れたかな、とか本庄兄貴の墓や像は大丈夫かなとかいろいろ思ってしまいます。
福島県から避難してきた方々を新潟県の市町村が受け入れを始めたとか、いろいろな支援のニュースを聞きます。この震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈りすると共に、被災者の皆様が以前のような生活をおくることができるよう私も微力ながら努力していこうと思います。また、南湖のほとりで南湖だんごと白河ラーメンが食べられる日を願ってます。