今月のお菓子
クルミと玉ねぎのパン
ドウを4つに分けて、丸くまるめるのが本来の姿ですが、朝食用に切り分けるにはこの方が均等にスライスできるのでこの形にしています。
今月のお菓子というよりも、「今月のパン」というべきなのでしょうが。
教室でパンをやってほしいという声を以前にも耳にしていたのですが、先月にも伺う機会がありましたので、「クルミと玉ねぎのパン」をその候補の一つにしようと検討を始めました。
「クルミと玉ねぎのパン」は、パンを作られている方は、「ああっ!あのパンのことかな?」とご存知だろうなと思えるほどに名の知られたパンです。
そう、あのジェーン グリグソン( Jane Grigson )が1971年に出した Good Things の中に収めたクルミのパンです。このパンのレシピはビアードさんのパンの本( Beard on Bread )の根田春子訳で知りました。1984年はこの訳本が出てから実に12刷に当たる年で、いかにこの本が人気があったかがわかります。そして1984年は、私がキッチンでこのパンを作り始めた年でもあります。
実はこのパンのレシピは、ニュージーランドの料理家、リンディ ハワードが彼女の料理書; Good Enough to Eat、1986年刊の中にも取り上げられています。
このレシピに関心の目を向けたのは、84年以来ですから、実に35年ぶりということになります。このパンを作る際は、本ではなくレシピカードに書き写しておいた内容を見て作っていたので、元の本に戻って見直したことがありませんでした。
本を開き直して少し驚きました。何に驚いたかというと、ジェームズ ビアード、リンディ ハワード、根田春子のクルミパンに関する内容が少しづつ異なっていたことです。
彼らの出身国ではそれぞれに異なる度量衡を使っていたのが原因です。翻訳するために重さと量を自国の単位に換算した時に誤差が生じたようです。
アメリカはヤード・ポンド法、ニュージーランドは、1970年代以降メートル法に移行したはずなのですが、いまだに、1824年にイギリスの度量衡法による帝国単位(1824年制定)を使っています。日本は1959年1月1日より計量法によりメートル法を使っています。
リンディ ハワードは上のような理由から自らの料理書の序で、帝国単位、米国慣用単位、メートル法の簡易換算表を入れていますが、計量する対象によって大きくその値が変動します。特に米国慣用単位であるカップ(Cup)はトラブルの元凶です。私もアメリカのレシピを見るときは、各材料毎にメトリックスの換算表を使っています。ところがこの換算表、1カップの小麦粉の重さを一応125gと決めているのですが、110gで作った方がいい味になったり、130gにした方がふっくらとしたパンになったりと決定的な数字では無いのです。皆様も今までにご経験のことでしょう。レシピを書いた方のカップへの粉の詰め方が、しっかりとしていたりふんわりとしていたりと一定では無いのがその原因でしょう。「それがアメリカ料理だよ。」と言われればその通りなのですが。
この本は、ペンギンハンドブック;1973年版です。1971年の初版は手に入りませんでした。内容は初版と同じようなのでこれを参考にしてこれから先を述べようと思います。
本の項目は魚、食用肉と狩猟肉、野菜、フルーツ、デザートとフルーツに分かれています。「クルミパン」はフルーツの中のリンゴとマルメロ、グースベリー、レモン、プルーン、ストロベリー、クルミと分けられたクルミ中にありました。
料理書としては少し変わった分類ですが、本を読み始めるとその理由はすぐにわかりました。
南ブルゴーニュの (材料で作る) クルミパン
ジェーンは材料の紹介の前に、このレシピの中で使うクルミを次のような記述で紹介しています。
ジョン・イーヴリン※がフランスに亡命中に心を寄せただあろうクルミの木は、1658年に彼がシルヴァ( Syva )の中で書いているように、ブルゴーニにたくさん植えられていた。又、良質の小麦の産地でもあったブルゴーニュにはクルミの木が60-100フィート毎に植えられており、小麦を寒さから守っていた。木は地面を温かく保ち、そのために地面深く入り込んだ根がすきの動きを妨げることはなかった。ここで紹介するパンはそのような作物で作りたいものだ。(ブルゴーニュ以北ではクルミの木はやせ細り、例えば、トゥーレーヌ( Touraine )では生のクルミはパンと、オーブンで温めて、塩とホワイトワインと一緒に食べている。)
※ ジョン・イーヴリン( John Evelyn, 10/31/1620-2/27/1706、イングランドの作家、造園家、日記作者、同時代のサミュエル・ピープスの日記と共に、貴重な資料を残した。 )は1664年にシルバ( Sylva又は森林と木材の普及論; A Discourse of Forest-Trees and the Propagation of Timber )を刊行。
チャールズ1世やオリバー・クロムウェルの死、ペストの大流行、ロンドン大火などを体験している。王党派の軍に参加したため、イングランド内戦への関与を避けるために一時的に海外に避難した。樹木についての知識が豊富で、1664年に出版した Sylva( または A Discourse of Forest-Trees and the Propagation of Timber )では、急成長するイギリス海軍に材木を供給するために植林する地主を激励している。この本はイーヴリンの存命中にも版を重ね( 1670年と1679年 )、第4版( 1706年 )はイーヴリンの亡くなった直後に出版された。
材料;
強力粉 1 1/2 ポンド
塩 1/2 オンス
砂糖 1 オンス
イースト generous oz.
温めた牛乳 3/4 パイント
粗切りのクルミ 4オンス
みじん切りのタマネギ 6オンス
クルミオイル1/4 パイント又は溶かして冷ましたバター4オンス
小麦粉、塩、砂糖を篩って温めておいたボールに入れる。イーストを1/4パイントの牛乳で溶いて粉の真ん中に注ぎ入れる。同時にクルミオイル又はバター戸残りの牛乳を入れる、ドウに弾力が出るまで焼く10分間練る。暖かい場所に約2時間(又は冷所に一晩)置く。クルミとタマネギを混ぜ込む。4つに丸めて、アブラを塗ったベーキングトレイの上に45分間休ませる。5番目の190℃で45分間又は、底をたたくと軽い音がするまで焼く。
generous oz.は、そのどこかに数字が付いているはずなのだけれど。付いていない!?
小麦粉に対する、イーストの量は一般的なパンでは2%までのはずだから。
膨れにくいプンパニッケルは 2%、ひきわりオートを使ったオートミールブレッドでは3.5%です。卵を 22% 使う Challah(ハッラー)で 3%、卵を 50% 使うブリオッシュで5.%です。イギリスではイーストの使用料が多いのか?と調べると、伝統的なイングリッシュクロスバンでも 5% 止まりですから、 generous oz.は、、 少し多いけれども “1オンス(28.3g)と少し“ を指すと思われます。
似たような表現が他のレシピにないかと調べてみると、generous 2 oz. double cream という表現がありました。
ここは1オンスと解して間違いないでしょう。底本以外では4ts、14g、2袋と記載されているので訳本よりも本当は少し多めの量と言えるでしょう。帝国単位をカップで置き換え、それを更にグラムで更に置き換える作業は少し無理があるようです。
上のレシピをグラムで置き換えておきましょう。リンディのクルミパンを作る際の参考になさって下さい。
材料;
強力粉 680g
塩 14.1g
砂糖 28.3g
イースト 29-30g.
温めた牛乳 427ml
粗切りのクルミ 113g
みじん切りのタマネギ 170g
クルミオイル142ml又は溶かして冷ましたバター113g
(イーストを30g使ったとして4.41%ですから無理な量ではないでしょう)