私はおずおずと「拒絶」のところに行き、こう言ったのです。
『愛から心を取り戻すことのできないわたしですが、今後わたしはあなたを困らせるようなことは決してありません。 中略 どうかお願いですからわたしを哀れと思ってお怒りを鎮めてください。』

Roman de la Rose France, 1340-1350 MS M.185
垣根の中には赤い薔薇が、そして下の方には白い花が。
Roman de la Rose France, 1340-1350 MS M.185
Roman de la Rose: Scene, Danger warning Welcome -- Lover, right hand on hip, left hand on breast, looks toward Danger as bearded man wearing hood, raising right hand, holding club with left hand. Rose bush is behind him.
「拒絶」の腹立ちは容易なことでは鎮まりそうもありませんでしたが、 中略 ぶっきらぼうにこう言った。
『おまえが恋をしていたところで、おれには関係がない。まったくどうでもいいことだ。中略 ただしおれの薔薇からは離れていなくちゃならん。垣根を越えたら容赦はしないぞ。』
「友」に事の成り行きを説明したのち、「拒絶」の守る垣根に戻り蕾を見ようと垣根の外で立ち続けていましたが、「拒絶」はわたしの心が「愛」に厳しく支配されていることを見て取っていたものの、いっこうに心を和らげてはくれませんでした。
こうして苦しんでいるのを神は見て取り「気高さ」と「憐憫」の二人を差し向けて下ったのです。二人は、わたしが「歓待」を奪われ死んだも同然の状態でいること、いくら責めても何も得ることはないこと、罪人には慈悲の心を見せてほしいと声をかけてくれたのです。

Royal 20 A XVII f. 29 Pitez and Franchise talking to the dreamer 「気高さ」、「憐憫」
『御婦人方』と「拒絶」言った。『おっしゃることにあえてさからうつもりはありません。それではあまりにも賤しさがすぎるというものですから。おのぞみとあれば、この男は「歓待」と付き合えばいい。決して邪魔をするつもりはありません』

Roman de la Rose France, 1340-1350 MS M.185
「気高さ」は「歓待」に今までのいきさつを話し「歓待」をわたしのところへ来させた。
『「歓待」は以前に見られなかった愛想のよい態度をわたしにみせ、わたしの手を取って、 「拒絶」の禁じた囲い地の中へわたしを連れていった。中略 薔薇の花に近づくと、少し大きくなっている気がした。中略 花は上の方がやや拡がっていたが、嬉しかったのは、種子の見えるほどには開いていなかったことだ。むしろ上にむかってまっすぐのび、花芯を包みこむ花びらの間でまだ閉じていて、なかを満たす種子は隠されていた。薔薇の花は 中略 真紅の色合いを深めていて、わたしはその神秘に打たれた。』
薔薇物語に登場する薔薇には”種”ができるようです。ローズヒップができる薔薇に限定し、これまで得られた薔薇の特徴と、この時代にヨーロッパに自生していた薔薇の花を重ね合わせればその品種もおのずと絞られてきます。
わたしはそこに長い間留まっていた。「歓待」に対して非常な友情と仲間意識を感じていたからだ。そして「歓待」がいかなる慰めも尽力も拒まないのを見て取ると、あるひとつのことを頼んだ。そのことはここで述べておいた方がよかろう。「友よ」とわたしは言った。「本心を偽らず申しますが、あの芳しい香りを放つ薔薇との、このうえなく貴重な接吻がかなえられたら、と思わずにはいられないのです。もしお気に触らなければ、それを贈物としてお願いしたい。友よ、神かけてお願いします。わたしが薔薇の花に接吻しても気を悪くしないかどうか、ぜひ言ってください。あなたの許しがなければ、そうするつもりはないのですから」
「友よ」と彼は言った。「神様の助けを願って申しますが、「純潔」がわたしを憎むようなことがなければ、わたしの方から断る理由などありません。けれども「純潔」のことを考えると、その気にはなれないのです。彼女に対して間違いをおこすわけにはいきません。恋する人がわたしに接吻の訴しを願い出ても、「嫉妬」はその許可を与えることを常にわたしに禁じてきました。接吻に至った者がそれで満足することはほとんどないからです。おわかりいただきたいのですが、接吻を許された者は狙ったものの最良の部分、いちばん望ましいところを手に入れて、そうして残りの部分を担保にしてしまうのです」
「歓待」の返答に対してわたしはしつこく頼むのをやめた。『最初の一撃での楢の木を切り取ることはできないし、圧縮機でしぼる前の葡萄から葡萄酒を手に入れるわけにはいかないのだ。こういうわけで、願っている接吻の許可はなかなかえられなかった。けれどもたえず「純潔」に闘いをしかけている「ウェヌス※」がわたしを助けにやって来てくれた。「愛の神」の母に当たる彼女は 中略 右手に燃える藁の松明を持っていたが、その炎が多くの女性たちを燃え立たせたのである。
Roman de la Rose France, 1340-1350 MS M.185
※ Venus ウェヌス;性的欲望を象徴する存在。ヴィーナスのことですが、ここでは区別してウェヌスと記しています。そのほうがアレゴリックで誤解を生じることがないからでしょう。

BnF, Francais 19153, f. 26 (Anjou, vers 1460)
「ウェヌス」は「歓待」のところへ行き、わたしが薔薇の蕾に接吻を許されるにふさわしいものであると、松明から発する熱の力をもって説得をしたのです。わたしは直ちに薔薇のところへ行き花との甘くかぐわしい接吻をしたのです。