諒はつらそうに言った。
「麻也さん戻れないの?俺達は?」
そして、
「麻也さんからどんな回答もらったとしても、俺は今の方が幸せかもしれない。麻也さんの苦しみが初めてよくわかったから、その理由がよくわかったから」
本来ならありえないことだろうが、悪い夢からぼんやりと覚めた麻也にはその諒らしい強引さが嬉しかった。
諒に捨てられなくて良かった。
あんなことがあっても自分はやっぱり諒が必要なんだ…
「麻也さんの苦しみにつけ込んで付き合い始めた俺は間違っていたよ、本当に卑怯だった。でもそれでも麻也さんが欲しかった。でもこれでその卑怯から逃れられるような気がするんだ」
諒もずっと嫌なことをたくさん聞きかされ、悩んできたのだろう。言葉が止まらない。
「これでフェアに麻也さんに付き合ってくださいって言えて、麻也さんもちゃんと俺に回答してくれると思うんだ」
そして唇を噛み締めると、
「それが、麻也さんのノーだとしても…今がそのスタートなんだと思う。2人の本当のスタートなんだと思う
」
そう言って寂しそうに微笑んだ。
そこにドアがノックされ看護婦が入ってきて、びっくりした表情を浮かべた。
よく見ると前にも風邪をこじらせて入院した時にお世話になった看護婦だった。
「まぁ、諒さん悪いけど、この部屋は今は身内しか入れないのよ」
すぐに麻也がとっさに、こっちは俺のいとこなんでと適当な作り事を言う。
それを受けて、彼女は、まぁ芸能人の方だしね、皆さん、さっきも社長さんやマネージャーさんも入ってたんだから、まあメンバーの方もいいわよねと言って麻也の点滴の様子を確認すると出ていった。
麻也がかばってくれたので、諒は少しほっとした。自分のことを完全に悪くは思っていないかもと思って…
麻也の「事件」はその日の一般紙の夕刊で小さく取り上げられただけだったが、麻也の知らぬところでファンには大騒ぎされていた。
事務所に鈴音との結婚を反対されているせいだったらどうしようなどと…
テレビのニュースの方には麻也の事故はやや大きく取り上げられてしまった。
社長が、全くの事故であり、事件性はない、お騒がせして申し訳ないというコメントを社長の家の玄関で読み上げたというのも麻也は数日後に知った。
翌朝のワイドショーでは事件性がないことで、先の社長のコメントに、「同じバンドのベースで、実の弟の真樹さんのコメント」として、
〈お騒がせして申し訳ありません…兄はここ数ヶ月、疲労から不眠に悩んでおり、病院で処方された薬を服用していました。
それを昨日は間違ってアルコールで飲んでしまい、こんなことになってしまいました。
倒れているのを見つけて、救急車を呼んだのは同居人の諒です。
幸い軽症で、数日で退院、あとは静養の予定です〉
そのように、社長の家の玄関で読み上げた。
おかげで、ファンからの事務所への鳴りっぱなしの電話もファックスもやっと収まったのだった。