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東大寺 大仏殿(金堂)
奈良県奈良市雑司町
東大寺 大仏殿は、奈良時代前期の747年 天平19年、聖武天皇の大仏造立の詔(みことのり)により、盧舎那仏(大仏)の造立とほぼ同時に紫香楽(しがらき)宮で建築が始まりました。
ただ、聖武天皇による紫香楽(しがらき)宮は平城京遷都し、現在の地にて大仏造立とともに再開。
完成は着工から四年後の751年 天平勝宝3年、坐像ながら、頭頂高16メートルもの盧舎那仏(大仏)を覆う大仏殿は、高さ46.8メートル、正面57メートル、側面50.5メートルと世界に類を見ない最大規模の木造建築として竣工しました。
巨大で豪壮さが際立つ大仏殿ですが、平安時代末期の平家の南都焼き討ちと、戦国時代の松永久秀と三好氏の戦いの兵火により二度に渡り焼失しました。
平家の南都焼き討ちに際しては、後に鎌倉幕府を興した源頼朝と朝廷の実力者 後白河法皇の援助により再建され、戦国時代の焼失後には、巨大な材木の調達などに苦心して再建は進まず、江戸時代になって徳川五代将軍 徳川綱吉の協力を得てようやく再建されました。
大仏殿は最初の竣工から約1200年あまり、2000年に
古都奈良の世界文科遺産として登録されました。