カタチあるもの

宇宙、自然の写真をメインに撮っていますが、時々、読書、日常出来事について書きます。

【三浦 しをん】 舟を編む

2018-07-11 19:59:10 | 読書_感想

 

【作品概要】

 作 者 : 三浦 しをん

 発 表 : 2011年

 出版社 : 光文社

 

【物語の始まり】

 荒木 公平は大手総合出版 玄武書房に勤務して37年、今年、定年を迎える。入社して一貫して辞書編集に携わってきた。今、編集部では辞書「大渡海」の編纂に取り掛かってる。そんな中で辞書編集部を去るのは心苦しいのだが、荒木をずっと支えてきてくれた妻の体調が思わしくないこともあり、定年後は妻の介抱をしようと心に決めていた。だから、なんとしても「大渡海」編纂の後継者を見つけなければならない。

 各編集部に辞書編纂に向いている人材はいないかと声を掛け、第1営業部に辞書編纂に向いている人材がいるらしいとの情報を仕入れた。早速、第1営業部へ行き、一番近くにいた女性に声をかけようとして、はたと気づいた。

 「しまった、肝心の名前を聞いてなかった。男か女なのかもわからない。期待しすぎて焦ってしまった。」  その時、部屋の隅にいる男に視線が吸い寄せられる。痩せて背が高く、営業部員としていかがなものかと思われるほど、髪の毛がぼさついている。あの男だ、あの男こそ次代の辞書編集部の主にふさわしい。男は、馬締 光也と名乗った。

 

【感 想】

 この物語の主人公は、常人とはテンポが合わない風変わりな真面目さを持っていて、端的に言うとうだつが上がらず結婚など一生できないだろうと思わせてしまうような男です。しかし、言葉が好きだという天性の才能を与えられていたんですね。

 うだつが上がらない男でも天性の才能を生かす仕事に就いた時、短所と思われていたところが長所となり、不器用だけど一本筋の通った魅力的な男に変身し素敵な女性と結婚してしまう。そして、好きなことを淡々とじっくり時間をかけて行うから、10年、20年経ったときに大きな成果として現れる。そんなサクセスストーリーです。

 物語は静かに淡々と進行していく感じで、冒険やアクション、大きな感動もないのですが、馬締 光也と周りの人達が丁寧に描かれていて、物語の場面がイメージとして浮かんできます。だから、映画になり、アニメになったんでしょうね。良作だと思いました。

 この物語のテーマとなっている言葉、もし言葉がなかったらと考えると大変なことです。人と人とのコミュニケーションはボディーランゲージ、記憶も映像でしか思い出すことができない。思考もあやふやで論理的な組立ができない。やっぱり動物レベルまで退化してしまいますね。言葉を大事にしなきゃと思いました。

 


【ジェイムス・P・ホーガン】星を継ぐもの

2018-06-23 16:46:10 | 読書_感想

 

【作品概要】
 作 者  : ジェイムス・P・ホーガン
 発表年度 : 1977年
 出 版 社 : 創元SF文庫

【物語の始まり】
 ビクター・ハントは物質と反物質の粒子消滅を専門とする原子物理学者、現在はメタダイン社でトライマグニスコープの開発を行っている。
 トライマグニスコープは、ニュートリノ・ビームを三方向から物体に当てて、その物体の内部まで精密に走査するマイクロスコープで、様々な企業から引き合いが殺到していた。実用化に向けた開発が重要な局面を迎えようとしていた頃、会社からの命令でトライマグニスコープを持って国連宇宙軍へ行くことになった。国連宇宙軍で待っていた走査対象は、月で発見された5万年前の人類の遺体だった。

【感 想】
 太陽系の惑星は8つ、これらの惑星はチチウス・ボーデの法則という不思議な数列で結ばれています。太陽から各惑星までの距離を太陽〜地球間の距離を=1とした比率で表すと、太陽に近い方から水星(0.39)、金星(0.72)、地球(1.00)、火星(1.52)、木星(5.20)、土星(9.54)、天王星(19.19)、海王星(30.06)ですが、au=0.4 + 0.3 × 2^n(水星 n=-∞、金星 n=0、地球 n=1、・・・・)で数列を計算すると、天王星まではほぼ一致します。これは偶然なのでしょうか。
 まぁ、その不思議は置いておき物語に戻ります。ここで、n=3の時、au=2.8となるのですが、対応する惑星はなく、小惑星帯や準惑星ケレスがあるだけです。そこで、一部の科学者の間では、太古には惑星が存在したが、何かの原因で破壊され小惑星帯や準惑星ケレスができたという説があったのです。今では、小惑星や準惑星ケレスの質量をすべて足しても月の質量にも満たないことなどから、惑星破壊説は下火になり太陽系ができた段階で惑星になりきれなかったという説が主流のようですが、物語の中では、5万年前までは小惑星帯の位置にミネルバという人類が住む惑星があり、核戦争によって破壊されたという設定になってます。
 ミネルバ、地球、ガニメデで発見された宇宙船、人類の起源、月の起源、進化した異星人など、物語が進むにつれて誕生の謎が少しづつ解明されていきます。この謎解きの出来次第で素晴らしいSFとも言われますし、陳腐な内容と酷評されることもあるのがSF小説です。「星を継ぐもの」が発表されたのは1977年、この物語ではすでにAIによって管理された未来社会が登場していますが、AIによる自動化社会も現実化している今、この物語を読んでもそれほど違和感を感じないということは、作者の未来を読む目が確かだったということです。
 この物語でミネルバ出身の種族が2種類が出てきます。2500万年前に栄えた巨人種族ガニメアンと5万年前に栄えた人類種族ルナリアンです。ガニメアンは、個人的な欲を持たず純粋な心を持った種族、科学文明を発達させて恒星間飛行まで行っています。もう一方のルナリアンは、人類の原形種族で個人的な欲を持ち、惑星間飛行の段階で核戦争を起こしミネルバを破壊しています。人類がずっと先の未来まで生存していくにはどのような進化が必要なのかとちょっと考えさせられましたね。科学技術の進歩が必要なのか、人間性を向上させて個人的な欲を段階的に捨てていく必要があるのか、それとも、地球が一つとなり隣の国が隣の県と思えるような政治体制の変革が必要なのか・・・、そんなことまでも意識して書かれている良質なSF小説だと感じました。
 なお、本作は、順番に「星を継ぐもの」「ガニメデの優しい巨人」「巨人たちの星」の3作構成になっています。2作目、3作目になると、これをまとめきれるのかと思えるほどスケールが大きくなっていきますが、最後には提示された謎はすべて明らかになっていて、見事にまとめきっていました。一気に3作、続けて読みました。面白かったです。

 


【宮下 奈都】 羊と鋼の森

2018-06-18 06:45:38 | 読書_感想

 

 

【概 要】
 作  者 : 宮下 奈都
 初版年度 : 2015年
 出 版 社  : 文藝春秋

【物語の始まり】
 放課後の静かな体育館、中間試験期間中のため誰もいない。外村は先生に頼まれて体育館に置かれているグランドピアノのところまで調律師を案内した。その人はピアノの前に立つと四角い鞄を床に置き、僕に会釈をした。これでもういいです、ということだと思った。体育館からつながる廊下に出ようとした時、後ろでピアノの音がした。振り向くと、その人はピアノを弾いているのではなく、音を点検するみたいに鳴らしているのだった。
 僕が戻ってもその人は気にしなかった。鍵盤の前から少しずれてグランドピアノの蓋を開けた。僕にはそれが黒い羽に見えた。森の匂いがした。秋の夜の森の匂いだ。
 「ここのピアノは古くてね。とてもやさしい音がするんです。いいピアノです。」
 「ちょっと見てみましょうか。こうして鍵盤を叩くと、ほら、この弦をハンマーが叩いているでしょ。このハンマーはフェルトでできているんです。」
 トーン、トーンと音がした。
 「さっきよりずいぶんはっきりしました。」
 「何がはっきりしたんでしょう。」
 「この音の景色が。」
 「あなたはピアノを弾くんですね。」
 「いいえ。」
 「でも、ピアノが好きなんですね。」
  答えられずにいると、「よかったら、ピアノを見に来てください。」と言って名刺を差し出した。調律師 板鳥 宗一郎と書いてあった。

【感 想】
 物語を読んでみて、森の雰囲気、鬱蒼と茂る自然森ではなく、下草が苅られて整備された森、人が近くに住んでいて散歩できるような森、というような感じを受けたのですが、この物語を書き上げた時、作者は北海道のトムラウシに住んでいたそうですね。北海道に住んでいる人でも「トムラウシ? どこ?」っていう人が多いと思いと思いますが、仕事柄、山奥に行くことが多い私は”トムラウシ”という場所を知っています。この物語の背景は、あのような感じの森なんだと妙に納得しました。
 主人公の外村は小学校と中学校しかないような田舎に生まれ、中学を卒業すると旭川という中堅都市の高校に行ったようです。調律師 板鳥に出会うまで、音楽にまったく関わってこなかったので気づくことはなかったが、素晴らしい演奏を嗅ぎ分けることができる優れた耳を持っていた。

 一流の調律師である板鳥と出会い、本人も気づかなかった自分の能力を意識し、その能力を生かすことのできる道を開くことができた。そして、板鳥のいる会社に就職し、ピアノの調律を通して人間的に、そして調律師として成長していく。そんな姿が”淡々”と描かれていて、”純粋な努力”、が伝わってくる作品でした。

 


【高田 大介】 図書館の魔女

2018-06-15 05:57:41 | 読書_感想

 

 

【作品概要】
  作 者  高田 大介
  発 表  2013年
  出版社  講談社

【ストーリー】
 山里での最後の一日が明けようとしている。今日の夕暮れ方にはこの里を出て行き、一ノ谷にある図書館に出仕することになっている。そんな時でもキリヒトの一日は普段と同じだった。水を汲みに行き、洗面をすませて、朝食までに麓の鍛冶屋まで3往復する。キリヒトが作った炭を運ぶためだ。キリヒトは麓の村の誰からも好かれていた。みんな餞別だと言ってパンや野菜をくれた。鍛冶屋の二番槌、黒石は自らが打ち込んだ魚引き包丁をキリヒトに送った。炭運びが終わり、師である父親と朝食をとっているところに一ノ谷からの使者が来た。師と旧知のロワンだ。もう出立の用意を済ませている師とキリヒトは直ぐに出発した。

 一ノ谷の図書館は高い塔と呼ばれていた。高い塔には魔女が住んでいるともっぱらの評判だった。山里を出発してから3日目の夕方、高い塔の前に立った。夕日に照らされている高い塔は背景から浮かび上がり、キリヒト達を見下ろしているようだ。師は高い塔についてなに一つ説明しない。「ここから先はひとりで行きなさい。お前なら大丈夫だ。」と言うだけだ。キリヒトは高い塔の扉へ続く石段を登っていった。

 キリヒトは扉を開け、中の広間へ進んでいった。全体が釣り鐘のようなかたちの大伽藍、中央には巨大な円柱がつき立っていて、この柱の左右から巻き付く蛇のように二条の階段がからみついて登っていく。階段を登っていくと蛍がとまったようにぼんやりと光を浮かべているところがある。近づいてみると五本の蝋燭が点っていて、逆光の中、黒いスツールを着た女性が浮かび上がってきた。「本を読んでいるときに話しかけてはならない」迎えの使者から言われ唯一の注意だった。

 キリヒトは片ひざ立ちになって高い塔の魔女を見つめた。図書館の魔女は年端もいかぬ少女だった。キリヒトが待っていると後ろから背の高い女性が近寄ってきた。キリヒトと図書館の魔女を見ながらこみ上げてくる笑いを我慢しているようだ。ぱたりと書物を閉じる音がして高い塔の魔女がこちらに向き直りぱちりと指を鳴らした。魔女は指をくいくいと曲げてみせて自分の方へ近づくように命じている。キリヒトは人形のように進み出る。魔女はしばらくキリヒトを眺めていたが、膝の前に組んでいた細い指をゆっくりとほどき、キリヒトに「名前はなんというのか」と手話で尋ねた。キリヒトは驚きを隠せなかった。魔女は口がきけないというのは本当のことだった。「私がお前の名前を呼ぶことはない。そのかわりに」といって指をぱちんと鳴らした。「この音を覚えなさい。この音はお前を呼ぶために鳴らす音。この音がお前につけた名前、この音が鳴ったら名前を呼ばれた者がするように私の方を向く。」それが高い塔の魔女マツリカとの出会いだった。

 マツリカは幼少時から祖父に才能を見込まれて特殊な教育を受け、わずかな情報から全容を的確に把握し、声なき言葉で事態を動かしていく能力を持つ。一方、キリヒトは正義を擁護するためのアサシンとして育てられた少年、素直で真面目、そして賢い少年だが、ひとたび擁護者に危機が迫った時には非情な暗殺者になる。
 キリヒトは司書見習いとしての仕事、マツリカの口となる役割を習い始め、マツリカもその将来に大いなる期待を寄せていた。しかし、ニザマの宰相ミツクビからの刺客がマツリカに迫り、キリヒトはアサシンとしての本性を現さざるを得なった。マツリカを守るために刺客を殺めた時のキリヒトの悲しい目、マツリカはこの狂った世の中を変えようと決意する。そして、ミツクビの企てを水泡に帰すべく一ノ谷、ニザマ、アルデシュの3国調停に動き始める。

【感  想】
 全四巻という長編ファンタジーです。テンポの良い物語だったので2日くらいで読み切ることができました。独特な言い回しや難しい言葉も含んでいて、最初は読むペースが遅かったのですが、マツリカという人に共感を覚えてからは早くなりましたね。読み終わった時には、独特な言い回しは、マツリカという人を表現するために必要なんだとわかりました。

 マツリカの望みは、本に記されている叡智を守っていくこと。そのために埋もれている本を見つけ出し、中身を吟味・分類して適切な書棚に配置する作業を毎日行ってきた。本を守るためには、国の維持、周辺国とのある程度の平和が必要となる。そのために王宮や議会の動き、隣国の情勢などを把握して、平和を守るための最低限の手を打ってきた。高い塔から外に出て積極的に調停に動くなどということは考えもしなかったのだが・・・・。マツリカを守るために刺客を殺さざるを得なくなった時のキリヒトの悲しい目を見た時、マツリカの想いが変わった。知の世界を理解し、それを守る能力を持った少年がこんな悲しい目をしなければならない世の中は狂っていると。
 まずは5年、10年の平和が必要だった。キリヒトが知の世界を理解し、自らの生きる場所として図書館を選ぶことができる一ノ谷内外の情勢が必要だった。マツリカが打った手は、   一ノ谷、ニザマ、アルデシュが持つ根本的な問題点を解決し、ミツクビの企みを潰すとともに堅固な同盟を完成させることだった。

 根本が善である知略は、人を生かし平和を招く。恨みの連鎖を引き起こさない。この本を読んで、善というのは、正しい・間違っているというような二つに分ける考え方ではなく、大きな目で見て、すべてのものを生かしていこうとする考え方のように思いましたね。マツリカとキリヒトの恋というよりは、お互いを生かし育てたいという大きな愛の物語のように感じた。

 

 


【恩田 陸】 チョコレートコスモス

2018-06-08 07:36:27 | 読書_感想

 

 

【作品概要】
  作 者  恩田 陸
  発 表  2012年
  出版社  角川書店

【ストーリー】
 佐々木 飛鳥は今年W大に入学した。実家は空手道場を経営していて、飛鳥も小さい頃から空手の手ほどきを受けてきた。小学生の頃は勝負に執着を持ちすぎて恐怖心を持っていないことを心配した兄は、空手の初心者と対戦させた。対戦相手の予測できない動きに動揺した飛鳥は勝負に負けた上に手と足を骨折してしまった。

 入院中、隣のベットの患者に誘われて観た黒澤映画に魅了された。お隣の入院患者は映画関係者らしく、持ち込んでいたビデオデッキで名作映画を次々と飛鳥に見せてくれた。
 退院して日常生活に戻り、再び鍛錬の日々が始まったが、そこに映画が加わった。飛鳥は何でも観た。ミステリードラマ、連続ドラマ、ホームドラマや時代劇、映画も観られるものは片っ端から観た。飛鳥は興味を持ったら突き詰めずにはいられない性格だった。記憶力がずば抜けている飛鳥は観たものすべてを記憶していった。そして、いつしか飛鳥の興味は、映画の面白さよりは、物語の背景の構造や進行、人物相関図に移っていった。

 高校生になって初めて観た芝居の舞台、東 響子が主演する「ハムレット」だった。飛鳥は東 響子が醸し出す奥深い世界に魅了された。その晩、暗い道場で東 響子の芝居を再現していた。物語のストーリー、台詞どころかちょっとした仕草までも記憶していた。飛鳥は、なぜ東 響子があんなにもキラキラしていたのか知りたかったのだ。それからは、街を歩く人のちょっとした仕草を演技でコピーしていった。

 大学では演劇部に入部しようと思って見学したが、どうもしっくりこなかった。そんなある日、公園でW大の演劇部をはみ出て劇団を結成したグループの練習を見た。彼らはあまりにも個性がありすぎて演劇部になじめなかったのだ。彼らから東 響子に似たエネルギーが感じられた。すぐに、彼らのところに行き入団希望を伝えた。劇団のリーダー新垣は、実演販売の演技をしてみろと飛鳥に言った。飛鳥は夢中で演技をした。

【感 想】
 物語の中で描かれている飛鳥は、興味あることを納得のいくまで突き詰めるということに懸命な女性。中学生の頃から映画・舞台・ドラマのストーリー組立てや台詞・演技の構成がどのようになっているかを考察することが興味の中心だった。東 響子の舞台を観てからは、演技を突き詰めた人だけが感得することのできる舞台のひとつ高次の空間を体験してみたいということが加わった。
 飛鳥はどんなことをしても女優になりたい、他人から評価を得たい等ということは全く考えていない。ましてや自分が女優としての才能があるなどとは思いつきもしない。ただ知りたい、自分も感じてみたいという想いだけで女優への道を走っている。

 どんなことをしてでも女優になりたいという欲望、そのために演技を磨く。あるいは女優という立場が好きで、そんな姿にあこがれて演技を磨く。
 観ている人に何かを感じさせるストーリー組立て、演技、台詞の構成に興味があり考察することが好きだ、舞台のひとつ奥の世界を体験してみたいという純粋な欲望、そのために演技する。
 どれも欲を基盤として高みを目指しているのであり、優劣があるわけではないのですが、純粋な欲望は他人の評価を気にしない、脇道にそれない、好きで突き詰めていく、結局は成長が速いということなんだと思います。
 ちょっと前までの卓球は中国の独壇場でしたが、今は、10代の選手が中国のトップ選手に追いつこうとしています。純粋な欲望の年代だからこれほど成長が速いのかもしれません。チョコレートコスモスを読み終わり、感想を考えている時にこんなことが思い浮かびました。

 本作では残念ながら、女優としての入り口に立った段階で終わっています。本来は三部作で予定されていたようなのですが、連載していた雑誌が休刊になってしまい、第二部の途中で中断状態のようです。飛鳥がこれからどうなっていくのか興味あるところなんですが残念。

  


【辻村 深月】 凍りのくじら

2018-05-26 07:14:19 | 読書_感想

 

【作品概要】

  作 者  辻村 深月
  発 表  2005年
  出版社  講談社

 

【ストーリー】

 高校2年生の理帆子はカメラマンの父親の影響もありドラえもんが大好きだった。藤子・F・不二雄を先生と呼ぶほどだ。その父親とも5年前に死別し、母親は末期癌で入院中、ひとりきりで大きな家に住んでいる。一人で本を読んでいるのは好きだが、いつも一人でいるのは好きではなかった。誰かと繋がっていたかった。小さい頃から利発な子だったが、頭が良すぎると孤立することを経験的に学び、自分の主張はほとんどせずに周りに合わせるようにしていた。見下しているわけではないが、周りにいる人の個性を「スコシ、○○」と呼んで遊んでいた。

 高校2年生の夏、図書館で「君の写真を撮らせてほしい」という青年、別所に出会う。突然の申し出に戸惑いながらも、話していくと不思議に波長が合う。理帆子は普段見せないような自分の内面を青年に見せていく。

 一方、理帆子には別れたボーイフレンド若尾がいた。若尾の”スコシ個性”は「スコシ、腐敗」、弁護士を目指している。若尾は高邁な理想を語る。しかし、弁護士になるための努力をほとんどしない。失敗はすべて他人のせいにして自分は正しいといつも主張していた。若尾から言い出して別れたのに、理帆子に電話してくる。心療内科にも通っているようだ。「スコシ、腐敗」がスコシではなくなってきていた。若尾は少しずつ壊れていった。

 

【感 想】

 ドラえもんの道具の中で真っ先に思い浮かぶのが「どこでもドア」、これは便利、どんなところに住んでいても通学・通勤できる、いつでもどんなところへも旅行ができちゃう。国境なんてほとんど関係なし、世界中が隣町、究極の道具だ。他にも「翻訳コンニャク」なんてのも、なぜ翻訳機とコンニャクがふっ付くのかという些細な疑問はおいておくことにして、もし持っていたとしたらとても便利。

 ドラえもんの世界の便利はカタチある道具だったけど、この物語の中のドラえもんの道具は人の性格の中に隠し持っているカタチのない道具、例えば「どこでもドア」だったら、どんなグループにも好きな時に自在に入っていける社交的な性格のようなもの、そんな考え方を主人公の理帆子はしていたんだけど、ちょっと”なるほどなぁ”と思うところがある。心というジャングルのような世界、十牛の教えのように理想とする心の状態を保つことは難しいけど、少し整理して歩きやすくできるような、そんな考え方のような・・・・、今度、ちょっと考えてみよう。

 そんな考え方をする頭のいい理帆子、これを周りの人達にも当てはめて、性格の特徴をドラえもんの道具で例えたり、「すこし、○○」というようなワンフレーズあだ名をつけて遊び、”自分を理解してくれる他人などいない”なんていうちょっと退廃的な心で他人を見ていたわけだが、郁也という本物の才能を持った子供に出会った時、心が動いたんだね。時間を潰していくだけの人生はもったいないということに。そして、最終的に父親と同じフォトグラファーとして真剣に写真に向き合っていったわけだ。

 こんな風に書くと人生を無駄にしないための教訓的な物語のように見えるけど、ドラえもんの道具や父親が不思議なカタチで導いたり、作者の工夫の中で深く味わうと違う面が見えてくるような、噛めば噛むほど的な物語でした。

 


【荻原 規子】 西の善き魔女

2018-05-21 06:55:34 | 読書_感想

 

【作品概要】
作 者:萩原 規子
発 表:2002年
出版社:中央公論社

【ストーリー】
 「第1巻 旅立ちの巻」「第2巻 戦いの巻」「第3巻 世界の扉の巻」「第4巻 星の詩の巻」の全4巻で構成される長編ファンタジー、第3巻に以降は外伝になるが、一連の物語として読むことができる。
 フィリエルは、グラール国の北の辺境のセラフィールドで生まれた。父親は天才的だが偏屈な天文学者、母親は女王家直系の王女だが駆け落ちをして王家から絶縁され、セラフィールドでフィリエルが幼い時に亡くなっていた。
 父親のディー博士は研究ばかりしていて子育てをほとんどしないため、フィリエルは近所のホーリー家で育てられた。フィリエルの家には、8歳の時に引き取られてきたルーンがいて、博士の助手として研究を手伝っていた。同じ歳であったため兄弟のように育ってきた。
 フィリエルが住んでいるルアルゴー伯爵領地では、15歳になると伯爵家主催の女王生誕祝祭日舞踏会に招待される。15歳のフィリエルは友人のマリエとともに舞踏会を楽しみにしていた。衣装はホーリーおばさんが水色の生地から作り、お母さんの形見という青い石のついた首飾りをしていった。舞踏会では、成り行きからルアルゴー伯爵の嫡男ユーシスと踊ることになった。ユーシスには血が繋がっていない妹アデイルがいた。アデイルは、女王の直系の孫で生まれてすぐに伯爵家に引き取られていた。アデイルはフィリエルの首飾りを見るとすぐに自室に呼び、フィリエルから採った少量の血を青い石の上に垂らした。青い石は徐々に赤く染まっていった。フィリエルは女王直系の孫だったのだ。

【感 想】
 4巻を重ねてみると13.3cm、厚い、厚い、長い、長い・・・・、しかし、読んでみると面白い。一気に読み進めて12時間、ゴールデンウィーク期間中だったため2日間で読破しました。物語のスピード感が一気に読ませてくれた感じです。
 辺境の荒野で育った少女が実はその国の女王の孫だったというファンタジックな出だし、女王直系の身でありながら母親が王籍を剥奪されているため女王候補としての身分はなし、そこから冒険、恋、友情などなど・・・、楽しく読ませていただきました。出だしが少女漫画チックだったため、最後まで読めるだろうかと不安を感じましたが、途中からは冒険要素が伸び出し、ゴール近くではSFっぽくなっていて飽きさせてなるものか、という作者の意気込みが感じられます。
 女王候補は3人、主人公のフィリエルは自分の気持ちにまっすぐで困難にも飛び込んでいき既存のシステムを破壊、変革する型破りな少女、アデイルは外見はお嬢様のような出で立ちだが、ストーリー構築に卓越した才能があり、有能な協力者を集めて適材適所で動かしていくタイプの少女、レアンドラは女性としての一級の魅力を持ち有能な男性を虜にして動かしていくこともできるが、強力な指導力を発揮して指導者として動かしていくこともできるリーダータイプ、タイプの異なる3人が競争、時に協力しながら女王を中心とした世界の秘密に迫っていくところに物語の面白さを感じます。
 舞台設定にも面白さがありました。物語は遙か未来、そして地球以外のある惑星(?)、科学技術を発展させて地球を滅亡させてしまった人類は、新天地を目指して大型宇宙船で飛び立ち、ある惑星にたどり着く。その惑星では恐竜が繁栄していた。地球を滅亡させてしまったという苦い記憶から、惑星の環境維持には最新の注意を払いながら、恐竜と人類が交わらないようにフォースフィールドを構築し、限られた範囲内で人類の生存を図っていくこととなった。と・・・・、物語の中で詳しく語られていないのですが、妄想を豊かにするとこんな感じかと。
 今の世界は、どちらかというと男性優位の社会、男性の基本的な性格として競争して勝つことに憧れを感じる、権力拡大した己の姿を想像して優越感に浸れるというのがあります。女性の基本的な性格はよくわかりません。一般的には、女性は家あるいは家族を維持繁栄させたいという願望を持っているといわれますが。
 日本の戦国時代を考えると、男性中心の社会では戦いと征服を繰り返しながら国が大きくなっていき、最終的には一つにまとまるという進歩が速い傾向がありますが、しかし、犠牲も大きい。科学が発展していない段階であれば、戦いによって地球が滅びることもないのでしょうが、科学が一定以上に発達した段階では地球を滅亡させる恐れすらあります。物語の中では地球を滅亡させた記憶もあるようです。
 物語の中では、こんな過去の苦い記憶から国造りの基本を女王支配とし、初代女王からの女性直系の子孫のみが女王となる仕組みが作られています。女王候補は生まれてすぐに他家に預けられ、周りすべてが他人という状況の中で知力、女性としての魅力、行動力、統率力を磨き、権謀術数を弄しながら裏から支配する術を小さい頃から学び、女王となってからは男性を立てながらも裏から支配する表と裏の顔を持つ、「西の善き魔女」とは、こんな女性のことを言っています。
 科学技術は異端として厳しく取り締まり、一方で女王は科学技術を駆使した監視システムによって、国の状況や隣国の情勢をつぶさに知ることができると、こんな感じの背景設定でした。私は科学好きなので、異端として取り締まられたら困りますが、女性中心の社会というのは、どんな社会になるのか、ちょっと興味も。

 

 


【恩田 陸】 夜のピクニック

2018-05-18 06:36:47 | 読書_感想

 

 【概 要】

作  者  : 恩田 陸
発表年度 : 2004年
出版社  : 新潮社
受  賞  : 2005年度 本屋大賞

【ストーリー】
 主人公は進学校に通う甲田 貴子と西脇 融。二人は同じ歳で、貴子は融の父親が貴子の母親と浮気してできた子供、融の家はそのことが原因でいつでもぎこちなく、心通わない雰囲気があった。そんな環境で育ったこともあり、甲田親子を認めたくない気持ちが強かった。
 二人の父親は中学生の時に亡くなり、貴子は母親とともに葬儀に出席した。母親は違っても兄妹、少し期待する気持ちを持って葬儀に出席したが、融の冷たい視線を受け、西脇親子に恨まれていることを自覚した。
 二人は偶然に同じ高校に進学し、3年生の時に同じクラスになる。融は貴子を徹底的に無視、貴子は冷たい視線に耐えていた。もちろん、学校の友人達にも二人の関係を話したことはないが、周りの友人達は二人がお互いに意識しあっていると感じていた。
 毎年秋に開催される大歩行祭、二人の友人達は、それぞれに歩行祭を通して二人の関係を進展させてあげたいと画策する。
 一方、貴子は歩行祭の時に融に話しかけて返事をもらうという賭けをしていた。

【感 想】
 父親の浮気相手の異母兄妹が同じクラスにいる。こんな状況はそうそうないと思うが、そんな設定がこの物語のベースになっている。
 融は家庭を壊した憎むべき親子と思い込もうとしている。一方、貴子は、世界で二人だけの兄妹だから、いがみ合うのではなく助け合ったり、励まし合ったり、協力し合える関係になりたいと願っている。
 貴子の親友である美和子と杏奈は、貴子の母親から融のことを聞いていたが、貴子はこのことを知らなかった。二人は貴子と融の関係を側から見ていて、ひそかに一歩進ませてあげたいと思っている。特に杏奈は融への想いもあり、アメリカから弟を起爆剤として差し向けていた。貴子の性格や心情を十分に理解した上で、”新たな段階へ登らせてあげたい”というちょっとだけレベルの高い思いやりで接していたところが好感が持てた。高校生という年代でここまで考えてあげられる。頭が良いというだけではなく、人間としてのレベルの高さがうらやましく思えるような関係だった。
 一方、融の親友の忍は、融と貴子がお互いに意識し合い、ふっ付きたいと思っているように感じ、密かに持っていた貴子への想いを断ち切って二人の願いを叶える手助けをしようと画策する。
 80kmをただ歩くだけという過酷な歩行祭、それを共に歩いたという一体感の中でこそ変えることのできる関係、それぞれの心情や積み重ねてきた想い、そして友人への思いやり、物語は歩くようなペースで進んでいく。
 女性に読んでほしい小説第○位なんて帯に書かれていて、レジに持って行くのにためらった部分もあったが、読後は80km 歩いた充実感? 一体感? のようなものがあり、読んでよかったと思える小説だった。

 

 


【村山 早紀】 桜風堂ものがたり

2018-05-15 06:09:50 | 読書_感想

 

【概 要】
 作  者 : 村山 早紀
 初版年度 : 2016年
 出 版 社 : PHP研究所

【ストーリー】
   主人公の月原 一整は、幼い頃に母親を病気で、7歳の時には父親と姉を交通事故で亡くして祖父母の家に引き取られた。祖父母は、将来を嘱望していた娘を駆け落ち同然で奪われたと感じていたこともあり、一整に対して冷たかった。その上、事故の原因を父親の飲酒運転にされてしまい、父親が飲酒などしていなかったということをどんなに主張しても祖父母でさえ信じてはくれなかった。
 心の傷が癒えないまま少年期を過ごした一整は、他人との積極的な交流を避けるようになっていった。そんな主人公の唯一の救いが本だった。
 大学生の頃から書店でバイトし、卒業後もその書店に就職した。店長や同僚が皆本好きという居心地の良い環境を得て、充実した毎日を過ごしていた。
 前々から注目していた団 重彦が小説を出版することを知り、一整はその本を多くの人に届けていきたいと願い活動を開始する。団 重彦は一整が少年期にずっと見ていたドラマのシナリオを書いた人物だったが、現在では活動していなかった。ブログでは大病を患って入院していることが記されていた。
 そんな中、書店で中学生の万引き事件があり、一整は犯人の少年を追いかけていたが、その最中に少年が車に撥ねられてしまう。この事故に対して書店に抗議や非難が殺到し、一整は書店を辞めることを決断する。

【感 想】
   ひとつのことに真摯に向き合う姿は、周囲に大きな影響を与え、関わった人の人生を豊かにする原動力となる。
 一整がそこまで責任を負う必要はないのではないか。書店の仲間は誰もがそう感じた不運な事故。しかし、事情を知らない他人は、車に撥ねられるまで万引きした少年を追い詰める必要はなかったのではないかと非難する。抗議や非難が書店が入居しているデパートにまで及んできたことから、一整は自分の未来を描いていた書店を辞めることを決断をした。
   一整が売り出そうとしていた小説「四月の魚」の主人公リカコは40代で癌になり余命宣告を受ける。様々な宗教書を読みあさり、命のこと、夢見ること、誰かや何かを愛することについて考え、思い出を振り返る。叶わない思いを抱いたまま愛する家族と別れなければならない、その過去な運命を受け入れることの苦さ、聖書に記されている「苦い杯を受け入れて初めて永遠の命を得る」という一節、主人公の一整もその生い立ちを考えると、苦い杯を何回も受け入れている。そして、この不運な事故に対する無関係な他人からの抗議という苦い杯を受け入れた時、一整は田舎の書店という自分の居場所を与えられ、新たなステージに進んでいる。その間、一整の仕事に対する真摯な姿に共感したかつての同僚達が連携し、「四月の魚」を売り出すためのキャンペーンに奔走する姿が描かれていて、苦い杯を何回も飲まざるを得なかった、しかし、それに真摯に向き合ってきた人への応援ソングのような物語に感じた。
   物語の冒頭で描かれている廃校となった田舎の小学校とその図書室に住む子猫、読んでいる時は、なぜ物語とほとんど関係していないエピソードを冒頭に持ってきたのかと疑問を感じたが、読み終わってみると、これが作者が描いた物語の原風景なんだと納得した。物語全体を通してそんな原風景が見えてくる、そして、桜の季節の香りをかすかに感じる物語です。

 

 

 


【恩田 陸】蜜蜂と遠雷

2018-05-12 06:48:55 | 読書_感想

 

 

【作品概要】

  作 者   恩田 陸
  発 表   2016年
  出版社     幻冬舎

【ストーリー】
 3年毎に開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール、ここで優勝した人は、その後、著名ピアノコンクールで優勝するというパターンが続き、新たな才能の登竜門として世界的にも注目されるコンクールである。このコンクールに異なる才能を持つ3人の天才コンテスタントが挑戦する。
 栄伝 亜夜 20才 幼い頃からピアノに親しみ、天才ピアニストとして小学生の時から活動を開始したが、指導者兼マネージャーの母親の死からステージでピアノが弾けなくなり、その後は、自分自身の楽しみとして音楽に親しんでいた。母親と音楽大学で同級生だった浜崎学長の推薦もあり、音楽大学に進学する。そして、芳ヶ江国際ピアノコンクールに出場することとなった。
 風間 塵 16才 父親は大学の研究者だが、ほとんど塵を連れて養蜂で生計を立てている。小さい頃からピアノが好きで、養蜂で行く先々でピアノが弾ける場所を探してピアノを弾いてきた。生まれながらにピアノの才能を持ち、譜面は買えないので聞いて曲を覚えてしまう。また、ピアノは調律されていないことも多く、自然に調律の技術やピアノをより効果的に鳴らす技法もマスターしていた。そんな時に世界的なピアニストであるホフマン先生に出会い、芳ヶ江国際ピアノコンクールに推薦された。
 マサル・カルロス 19才 幼い頃に栄伝 亜夜と出会ってピアノを始める。パリに引っ越してから本格的にピアノを習い始め、コンセルヴァトワールを2年で卒業した天才である。その後、アメリカのジュリアード音楽院の学生である。著名なピアニストであるナサニエルに師事している。
 この他にも、努力の天才、高島 明石など、異なる才能が触発し合いながらコンクール予選、本選を通して更なる高みへと成長を重ねていく物語である。

【感 想】
 子供の頃にピアノを学ぶ人は多い。ある統計によると日本のピアノ人口は200万人程度、ピアノ演奏を生業としているコンサートピアニストは100人くらいという。実に2万人に1人という割合である。そう考えると、ピアニストが天才というのは当たり前にような気がしてくる。
 この物語には人の天才ピアニストが登場するが、それぞれがピアノ界を変革してしまうほどの特異な個性を持っている。ひとえに天才と言っても様々なタイプがあり、努力を積み重ねることで自分自身の音楽を向上させていく天才、テクニックの天才、音感やテクニック、暗譜などは幼い頃に習得してしまい、その上で聞いている人に感動を与える本物の天才等々、この物語に出てくる天才はいずれも後者の天才である。
 本書は、その天才の演奏を言葉で伝えようとしていることにまず驚き、しかも演奏の躍動感や感動が伝わってきたところに、また、驚いた。クラシック音楽の専門的な用語も随所にちりばめられていて、綿密な取材や勉強を十分に行った上で取り組んだ小説だということが窺える。
 特に栄伝 亜夜と高島 明石が、コンクールの予選を通過する毎に演奏がステップアップしていく様はワクワクして応援しながら読んでいた。深いテーマを設定して書かれている小説というものでもないが、共感と感動を十分に味わうことのできる良書だった。

 

 


蜜蜂と遠雷

2017-05-02 21:34:06 | 読書_感想

 

 第156回直木賞受賞、2017年本屋大賞第1位、こういう肩書きに弱いものですから新刊を買ってしまいました。けっこう長い小説でしたが、一気に読み進み・・・・・、2回も。

***

 芳ヶ江国際ピアノコンクールに進んだ風間 塵、栄伝 亜夜、マサル・C・アナトール、高島 明石の4人のコンテスタントの青春群像が描かれています。

 音(聞く)を使った表現と言葉(読む)を用いた表現、耳と目、ちょっと次元が違う表現ですが、ピアノ演奏をリアルに文章で表現しているところが印象に残りました。

 3人の天才と1人の努力の人、3人の天才のエピソードも面白かったのですが、楽器店で働きながら睡眠時間を削ってコンクールの準備をしている人、妻子を持ちながら音楽家としての道を諦めきれないでいる人、自分の限界や3人の天才との差を感じながらもコンクールのかけている人、そんな「高島 明石」のエピソードが最も好きですね。

 さすが、本屋大賞! という小説でした。


 


羊と鋼の森

2016-06-09 20:40:17 | 読書_感想

 

 グアムで時間を持て余した時のために持っていった本「羊と鋼の森(宮下 奈都)」、結局、グアムでは一度も開くことなく持ち帰ってきたのですが、なぜか帰ってきた翌日に急に読みたくなり3時間ほどで読んでしまいました。重くて大きな単行本をわざわざ持っていったのに、何やっているんでしょうね。

 「2016年 本屋大賞受賞!!」 こういう帯が付いている本を見ると、スル~スル~と手が勝手に動き、脇に抱えてレジでお金を払ってしまう・・・。安全第一というわけではないですが、本屋さんがお薦めの本を読んでみたいという心理が働きます。

 羊とはピアノの弦を叩くハンマーに付いている羊の皮、鋼とはピアノの弦を指しています。要するにピアノ調律師を目指す少年→青年を描いた物語、はっきりは書いていないのですが、どうも北海道が舞台のようです。

 ピアノを弾く人が最高の状態で弾けるように、脇役として支えることを人生の目的に選んだ少年→青年、ピアノ調律師としての技術向上の努力だけではなく、主人公の心の成長、ピアノ自体と弾く人への深い思いやりが調律という繊細な作業に乗り、ピアノを活かし、弾く人を成長させていくという物語でした。

 淡々と書かれていて、少し物足りないような気もしましたが、読んだ後に物語の余韻が残りました。逸品だと思います。

 

 


原子と体のスケール

2016-04-16 19:46:50 | 読書_感想

 

 前回のブログで人の体と宇宙の大きさのスケールは、なぜこんなにも違うのか??と書きましたが、体を構成する原子の大きさとのスケールもずいぶん違いますね。原子の大きさは、0.0000000001mで人の体の大きさは1.6m程度、人の体の大きさは、原子に対して16,000,000,000倍です。

 人の体の細胞の数は?と調べてみると、なんと約60兆・・・人類の総人口よりもはるかに多いんですね。

 それら一つ一つの細胞が分子、さらに原子から構成されているわけですが、これらの原子は、水で満たしたビーカーに花粉の微粒子を浮かべると、力が加わったわけでも風があるわけでもないのにランダムな動きを始めるというブラウン運動、これと同じように細胞の中で揺らいでいるらしいです。

 もし、細胞が10個の原子から構成されていて、それらの原子がすべてランダムに揺らいでいたら、10個の原子が好き勝手に動くわけですから、細胞はその形や機能を維持できない。100個でも1,000個でも10,000個でも維持できない。数え切れないほどの原子で構成されている時にはじめて、それらの原子の平均的な(統計的な)振る舞いとして安定した形や機能を維持できる。というのが体と原子のスケールがこんなにも違う理由のようです。

 世界の総人口は73億と言われていて、それらの大部分の人が地球という範囲の中で動いているわけですが、細胞の中の原子と同じように、全体としてみると一つの生命のように何かしら安定した形態や機能があるのかもしれませんね。細胞の中の原子の数と比べるとはるかに少ないですが。

 

 


【読書】 ふしぎなキリスト教

2016-03-26 17:34:17 | 読書_感想

 

 なんとも固そうな本ですが、書店で本を選んでいる時に、タイトルから受ける印象が強かったので購入しました。この手の新書版は最後まで読まないこともあり、また、最後まで読み進む自信もなかったのですが、対話形式の本であること、疑問に思っていたことをストレートに題材として取り上げていることなど、私にとっては読みやすい本でした。

 この本の中では、福音書に述べられているイエスの例え話の解釈が特に印象に残ています。例え話は4つ紹介されていて、「不正な管理人の話」「ぶどう園の労働者の話」「放蕩息子の話」「「マリアとマルタ姉妹のイエスもてなしの話」です。最初のたとえ話以外は何となくですが理解できますが、最初の話はどんなことを例えようとしたのか、未だに理解できていないですね。「不正な管理人の話」は次のようです。

 ある金持ちが一人の管理人を雇っている。管理人は金持ちのお金を管理しているのですが、ある時、誰かがその金持ちの主人に「あなたの管理人は財産をむだづかいしている」と告げ口をします。管理人に疑いを持った主人は、管理人を呼んで、会計報告をだせ、もうおまえに管理させるわけにはいかないと言う。管理人は主人に解雇されるのではないかと不安を覚え、万が一解雇された時にみんなが助けてくれるように、いろんな人に恩を売っておけば良いと考えた。彼は財産の管理人なので、主人が誰にいくら貸しているかを知っている。そこで、主人に借金がある人を一人一人呼んで勝手に借用証書を書き換え、借金を減額してしまう。これを知った主人は、意外なことに管理人を褒めた。「おまえは抜け目がなくて偉いぞ」という例え話なんですが、現代で考えると二重の業務上横領です・・・・。

 

 


最近読んだ本の中から 【鴨川ホルモー】

2016-02-07 13:00:28 | 読書_感想

 

 万城目 学   2006年発刊

 

 「万城目 学さんの小説は”プリンセス・トヨトミ”や”鹿男あをによし”を読み、けっこう、面白かったよ」なんて話をしていたら、それじゃー、ということで娘が貸してくれたのが「鴨川ホルモー」「ホルモー六景」です。

 京都には平安時代から代々続く「ホルモー」と呼ばれる秘密の競技がある。競技者は京都の4つの大学に在学する大学生で秘密裏に召喚され、それぞれの大学毎にホルモーを戦うための訓練を約1年間受ける。そして、次の1年間が競技を行う年である。

 東の青龍(京都大学)、南の朱雀(龍谷大学)、西の白虎(立命館大学)、北の玄武(京都産業大学)ですから、中国の神話に登場する四神獣、そして、「安部」という姓もキーワードになっていますから、平安時代の陰陽師の流れを汲んだ話の筋立てになっています。

 小説自体は、大学時代をホルモーに熱中しながら過ごす10人の物語であり、特に”楠 ふみ”が印象に残りましたね。 鬼を使役して競技する・・・・、よく、こんなことが思いつくなぁ という設定でした。

 

 ”安倍 清明”は、平安時代に実在し、師である”賀茂 忠行”から天文道を授けられ、陰陽道により魔物などから国の守護を行ったとされていますね。今の時代のサイエンスとはちょっと違う科学があったんだろうなぁと思います。