【作品概要】
作 者 高田 大介
発 表 2013年
出版社 講談社
【ストーリー】
山里での最後の一日が明けようとしている。今日の夕暮れ方にはこの里を出て行き、一ノ谷にある図書館に出仕することになっている。そんな時でもキリヒトの一日は普段と同じだった。水を汲みに行き、洗面をすませて、朝食までに麓の鍛冶屋まで3往復する。キリヒトが作った炭を運ぶためだ。キリヒトは麓の村の誰からも好かれていた。みんな餞別だと言ってパンや野菜をくれた。鍛冶屋の二番槌、黒石は自らが打ち込んだ魚引き包丁をキリヒトに送った。炭運びが終わり、師である父親と朝食をとっているところに一ノ谷からの使者が来た。師と旧知のロワンだ。もう出立の用意を済ませている師とキリヒトは直ぐに出発した。
一ノ谷の図書館は高い塔と呼ばれていた。高い塔には魔女が住んでいるともっぱらの評判だった。山里を出発してから3日目の夕方、高い塔の前に立った。夕日に照らされている高い塔は背景から浮かび上がり、キリヒト達を見下ろしているようだ。師は高い塔についてなに一つ説明しない。「ここから先はひとりで行きなさい。お前なら大丈夫だ。」と言うだけだ。キリヒトは高い塔の扉へ続く石段を登っていった。
キリヒトは扉を開け、中の広間へ進んでいった。全体が釣り鐘のようなかたちの大伽藍、中央には巨大な円柱がつき立っていて、この柱の左右から巻き付く蛇のように二条の階段がからみついて登っていく。階段を登っていくと蛍がとまったようにぼんやりと光を浮かべているところがある。近づいてみると五本の蝋燭が点っていて、逆光の中、黒いスツールを着た女性が浮かび上がってきた。「本を読んでいるときに話しかけてはならない」迎えの使者から言われ唯一の注意だった。
キリヒトは片ひざ立ちになって高い塔の魔女を見つめた。図書館の魔女は年端もいかぬ少女だった。キリヒトが待っていると後ろから背の高い女性が近寄ってきた。キリヒトと図書館の魔女を見ながらこみ上げてくる笑いを我慢しているようだ。ぱたりと書物を閉じる音がして高い塔の魔女がこちらに向き直りぱちりと指を鳴らした。魔女は指をくいくいと曲げてみせて自分の方へ近づくように命じている。キリヒトは人形のように進み出る。魔女はしばらくキリヒトを眺めていたが、膝の前に組んでいた細い指をゆっくりとほどき、キリヒトに「名前はなんというのか」と手話で尋ねた。キリヒトは驚きを隠せなかった。魔女は口がきけないというのは本当のことだった。「私がお前の名前を呼ぶことはない。そのかわりに」といって指をぱちんと鳴らした。「この音を覚えなさい。この音はお前を呼ぶために鳴らす音。この音がお前につけた名前、この音が鳴ったら名前を呼ばれた者がするように私の方を向く。」それが高い塔の魔女マツリカとの出会いだった。
マツリカは幼少時から祖父に才能を見込まれて特殊な教育を受け、わずかな情報から全容を的確に把握し、声なき言葉で事態を動かしていく能力を持つ。一方、キリヒトは正義を擁護するためのアサシンとして育てられた少年、素直で真面目、そして賢い少年だが、ひとたび擁護者に危機が迫った時には非情な暗殺者になる。
キリヒトは司書見習いとしての仕事、マツリカの口となる役割を習い始め、マツリカもその将来に大いなる期待を寄せていた。しかし、ニザマの宰相ミツクビからの刺客がマツリカに迫り、キリヒトはアサシンとしての本性を現さざるを得なった。マツリカを守るために刺客を殺めた時のキリヒトの悲しい目、マツリカはこの狂った世の中を変えようと決意する。そして、ミツクビの企てを水泡に帰すべく一ノ谷、ニザマ、アルデシュの3国調停に動き始める。
【感 想】
全四巻という長編ファンタジーです。テンポの良い物語だったので2日くらいで読み切ることができました。独特な言い回しや難しい言葉も含んでいて、最初は読むペースが遅かったのですが、マツリカという人に共感を覚えてからは早くなりましたね。読み終わった時には、独特な言い回しは、マツリカという人を表現するために必要なんだとわかりました。
マツリカの望みは、本に記されている叡智を守っていくこと。そのために埋もれている本を見つけ出し、中身を吟味・分類して適切な書棚に配置する作業を毎日行ってきた。本を守るためには、国の維持、周辺国とのある程度の平和が必要となる。そのために王宮や議会の動き、隣国の情勢などを把握して、平和を守るための最低限の手を打ってきた。高い塔から外に出て積極的に調停に動くなどということは考えもしなかったのだが・・・・。マツリカを守るために刺客を殺さざるを得なくなった時のキリヒトの悲しい目を見た時、マツリカの想いが変わった。知の世界を理解し、それを守る能力を持った少年がこんな悲しい目をしなければならない世の中は狂っていると。
まずは5年、10年の平和が必要だった。キリヒトが知の世界を理解し、自らの生きる場所として図書館を選ぶことができる一ノ谷内外の情勢が必要だった。マツリカが打った手は、 一ノ谷、ニザマ、アルデシュが持つ根本的な問題点を解決し、ミツクビの企みを潰すとともに堅固な同盟を完成させることだった。
根本が善である知略は、人を生かし平和を招く。恨みの連鎖を引き起こさない。この本を読んで、善というのは、正しい・間違っているというような二つに分ける考え方ではなく、大きな目で見て、すべてのものを生かしていこうとする考え方のように思いましたね。マツリカとキリヒトの恋というよりは、お互いを生かし育てたいという大きな愛の物語のように感じた。