カタチあるもの

宇宙、自然の写真をメインに撮っていますが、時々、読書、日常出来事について書きます。

【ジェイムス・P・ホーガン】星を継ぐもの

2018-06-23 16:46:10 | 読書_感想

 

【作品概要】
 作 者  : ジェイムス・P・ホーガン
 発表年度 : 1977年
 出 版 社 : 創元SF文庫

【物語の始まり】
 ビクター・ハントは物質と反物質の粒子消滅を専門とする原子物理学者、現在はメタダイン社でトライマグニスコープの開発を行っている。
 トライマグニスコープは、ニュートリノ・ビームを三方向から物体に当てて、その物体の内部まで精密に走査するマイクロスコープで、様々な企業から引き合いが殺到していた。実用化に向けた開発が重要な局面を迎えようとしていた頃、会社からの命令でトライマグニスコープを持って国連宇宙軍へ行くことになった。国連宇宙軍で待っていた走査対象は、月で発見された5万年前の人類の遺体だった。

【感 想】
 太陽系の惑星は8つ、これらの惑星はチチウス・ボーデの法則という不思議な数列で結ばれています。太陽から各惑星までの距離を太陽〜地球間の距離を=1とした比率で表すと、太陽に近い方から水星(0.39)、金星(0.72)、地球(1.00)、火星(1.52)、木星(5.20)、土星(9.54)、天王星(19.19)、海王星(30.06)ですが、au=0.4 + 0.3 × 2^n(水星 n=-∞、金星 n=0、地球 n=1、・・・・)で数列を計算すると、天王星まではほぼ一致します。これは偶然なのでしょうか。
 まぁ、その不思議は置いておき物語に戻ります。ここで、n=3の時、au=2.8となるのですが、対応する惑星はなく、小惑星帯や準惑星ケレスがあるだけです。そこで、一部の科学者の間では、太古には惑星が存在したが、何かの原因で破壊され小惑星帯や準惑星ケレスができたという説があったのです。今では、小惑星や準惑星ケレスの質量をすべて足しても月の質量にも満たないことなどから、惑星破壊説は下火になり太陽系ができた段階で惑星になりきれなかったという説が主流のようですが、物語の中では、5万年前までは小惑星帯の位置にミネルバという人類が住む惑星があり、核戦争によって破壊されたという設定になってます。
 ミネルバ、地球、ガニメデで発見された宇宙船、人類の起源、月の起源、進化した異星人など、物語が進むにつれて誕生の謎が少しづつ解明されていきます。この謎解きの出来次第で素晴らしいSFとも言われますし、陳腐な内容と酷評されることもあるのがSF小説です。「星を継ぐもの」が発表されたのは1977年、この物語ではすでにAIによって管理された未来社会が登場していますが、AIによる自動化社会も現実化している今、この物語を読んでもそれほど違和感を感じないということは、作者の未来を読む目が確かだったということです。
 この物語でミネルバ出身の種族が2種類が出てきます。2500万年前に栄えた巨人種族ガニメアンと5万年前に栄えた人類種族ルナリアンです。ガニメアンは、個人的な欲を持たず純粋な心を持った種族、科学文明を発達させて恒星間飛行まで行っています。もう一方のルナリアンは、人類の原形種族で個人的な欲を持ち、惑星間飛行の段階で核戦争を起こしミネルバを破壊しています。人類がずっと先の未来まで生存していくにはどのような進化が必要なのかとちょっと考えさせられましたね。科学技術の進歩が必要なのか、人間性を向上させて個人的な欲を段階的に捨てていく必要があるのか、それとも、地球が一つとなり隣の国が隣の県と思えるような政治体制の変革が必要なのか・・・、そんなことまでも意識して書かれている良質なSF小説だと感じました。
 なお、本作は、順番に「星を継ぐもの」「ガニメデの優しい巨人」「巨人たちの星」の3作構成になっています。2作目、3作目になると、これをまとめきれるのかと思えるほどスケールが大きくなっていきますが、最後には提示された謎はすべて明らかになっていて、見事にまとめきっていました。一気に3作、続けて読みました。面白かったです。

 


【宮下 奈都】 羊と鋼の森

2018-06-18 06:45:38 | 読書_感想

 

 

【概 要】
 作  者 : 宮下 奈都
 初版年度 : 2015年
 出 版 社  : 文藝春秋

【物語の始まり】
 放課後の静かな体育館、中間試験期間中のため誰もいない。外村は先生に頼まれて体育館に置かれているグランドピアノのところまで調律師を案内した。その人はピアノの前に立つと四角い鞄を床に置き、僕に会釈をした。これでもういいです、ということだと思った。体育館からつながる廊下に出ようとした時、後ろでピアノの音がした。振り向くと、その人はピアノを弾いているのではなく、音を点検するみたいに鳴らしているのだった。
 僕が戻ってもその人は気にしなかった。鍵盤の前から少しずれてグランドピアノの蓋を開けた。僕にはそれが黒い羽に見えた。森の匂いがした。秋の夜の森の匂いだ。
 「ここのピアノは古くてね。とてもやさしい音がするんです。いいピアノです。」
 「ちょっと見てみましょうか。こうして鍵盤を叩くと、ほら、この弦をハンマーが叩いているでしょ。このハンマーはフェルトでできているんです。」
 トーン、トーンと音がした。
 「さっきよりずいぶんはっきりしました。」
 「何がはっきりしたんでしょう。」
 「この音の景色が。」
 「あなたはピアノを弾くんですね。」
 「いいえ。」
 「でも、ピアノが好きなんですね。」
  答えられずにいると、「よかったら、ピアノを見に来てください。」と言って名刺を差し出した。調律師 板鳥 宗一郎と書いてあった。

【感 想】
 物語を読んでみて、森の雰囲気、鬱蒼と茂る自然森ではなく、下草が苅られて整備された森、人が近くに住んでいて散歩できるような森、というような感じを受けたのですが、この物語を書き上げた時、作者は北海道のトムラウシに住んでいたそうですね。北海道に住んでいる人でも「トムラウシ? どこ?」っていう人が多いと思いと思いますが、仕事柄、山奥に行くことが多い私は”トムラウシ”という場所を知っています。この物語の背景は、あのような感じの森なんだと妙に納得しました。
 主人公の外村は小学校と中学校しかないような田舎に生まれ、中学を卒業すると旭川という中堅都市の高校に行ったようです。調律師 板鳥に出会うまで、音楽にまったく関わってこなかったので気づくことはなかったが、素晴らしい演奏を嗅ぎ分けることができる優れた耳を持っていた。

 一流の調律師である板鳥と出会い、本人も気づかなかった自分の能力を意識し、その能力を生かすことのできる道を開くことができた。そして、板鳥のいる会社に就職し、ピアノの調律を通して人間的に、そして調律師として成長していく。そんな姿が”淡々”と描かれていて、”純粋な努力”、が伝わってくる作品でした。

 


【高田 大介】 図書館の魔女

2018-06-15 05:57:41 | 読書_感想

 

 

【作品概要】
  作 者  高田 大介
  発 表  2013年
  出版社  講談社

【ストーリー】
 山里での最後の一日が明けようとしている。今日の夕暮れ方にはこの里を出て行き、一ノ谷にある図書館に出仕することになっている。そんな時でもキリヒトの一日は普段と同じだった。水を汲みに行き、洗面をすませて、朝食までに麓の鍛冶屋まで3往復する。キリヒトが作った炭を運ぶためだ。キリヒトは麓の村の誰からも好かれていた。みんな餞別だと言ってパンや野菜をくれた。鍛冶屋の二番槌、黒石は自らが打ち込んだ魚引き包丁をキリヒトに送った。炭運びが終わり、師である父親と朝食をとっているところに一ノ谷からの使者が来た。師と旧知のロワンだ。もう出立の用意を済ませている師とキリヒトは直ぐに出発した。

 一ノ谷の図書館は高い塔と呼ばれていた。高い塔には魔女が住んでいるともっぱらの評判だった。山里を出発してから3日目の夕方、高い塔の前に立った。夕日に照らされている高い塔は背景から浮かび上がり、キリヒト達を見下ろしているようだ。師は高い塔についてなに一つ説明しない。「ここから先はひとりで行きなさい。お前なら大丈夫だ。」と言うだけだ。キリヒトは高い塔の扉へ続く石段を登っていった。

 キリヒトは扉を開け、中の広間へ進んでいった。全体が釣り鐘のようなかたちの大伽藍、中央には巨大な円柱がつき立っていて、この柱の左右から巻き付く蛇のように二条の階段がからみついて登っていく。階段を登っていくと蛍がとまったようにぼんやりと光を浮かべているところがある。近づいてみると五本の蝋燭が点っていて、逆光の中、黒いスツールを着た女性が浮かび上がってきた。「本を読んでいるときに話しかけてはならない」迎えの使者から言われ唯一の注意だった。

 キリヒトは片ひざ立ちになって高い塔の魔女を見つめた。図書館の魔女は年端もいかぬ少女だった。キリヒトが待っていると後ろから背の高い女性が近寄ってきた。キリヒトと図書館の魔女を見ながらこみ上げてくる笑いを我慢しているようだ。ぱたりと書物を閉じる音がして高い塔の魔女がこちらに向き直りぱちりと指を鳴らした。魔女は指をくいくいと曲げてみせて自分の方へ近づくように命じている。キリヒトは人形のように進み出る。魔女はしばらくキリヒトを眺めていたが、膝の前に組んでいた細い指をゆっくりとほどき、キリヒトに「名前はなんというのか」と手話で尋ねた。キリヒトは驚きを隠せなかった。魔女は口がきけないというのは本当のことだった。「私がお前の名前を呼ぶことはない。そのかわりに」といって指をぱちんと鳴らした。「この音を覚えなさい。この音はお前を呼ぶために鳴らす音。この音がお前につけた名前、この音が鳴ったら名前を呼ばれた者がするように私の方を向く。」それが高い塔の魔女マツリカとの出会いだった。

 マツリカは幼少時から祖父に才能を見込まれて特殊な教育を受け、わずかな情報から全容を的確に把握し、声なき言葉で事態を動かしていく能力を持つ。一方、キリヒトは正義を擁護するためのアサシンとして育てられた少年、素直で真面目、そして賢い少年だが、ひとたび擁護者に危機が迫った時には非情な暗殺者になる。
 キリヒトは司書見習いとしての仕事、マツリカの口となる役割を習い始め、マツリカもその将来に大いなる期待を寄せていた。しかし、ニザマの宰相ミツクビからの刺客がマツリカに迫り、キリヒトはアサシンとしての本性を現さざるを得なった。マツリカを守るために刺客を殺めた時のキリヒトの悲しい目、マツリカはこの狂った世の中を変えようと決意する。そして、ミツクビの企てを水泡に帰すべく一ノ谷、ニザマ、アルデシュの3国調停に動き始める。

【感  想】
 全四巻という長編ファンタジーです。テンポの良い物語だったので2日くらいで読み切ることができました。独特な言い回しや難しい言葉も含んでいて、最初は読むペースが遅かったのですが、マツリカという人に共感を覚えてからは早くなりましたね。読み終わった時には、独特な言い回しは、マツリカという人を表現するために必要なんだとわかりました。

 マツリカの望みは、本に記されている叡智を守っていくこと。そのために埋もれている本を見つけ出し、中身を吟味・分類して適切な書棚に配置する作業を毎日行ってきた。本を守るためには、国の維持、周辺国とのある程度の平和が必要となる。そのために王宮や議会の動き、隣国の情勢などを把握して、平和を守るための最低限の手を打ってきた。高い塔から外に出て積極的に調停に動くなどということは考えもしなかったのだが・・・・。マツリカを守るために刺客を殺さざるを得なくなった時のキリヒトの悲しい目を見た時、マツリカの想いが変わった。知の世界を理解し、それを守る能力を持った少年がこんな悲しい目をしなければならない世の中は狂っていると。
 まずは5年、10年の平和が必要だった。キリヒトが知の世界を理解し、自らの生きる場所として図書館を選ぶことができる一ノ谷内外の情勢が必要だった。マツリカが打った手は、   一ノ谷、ニザマ、アルデシュが持つ根本的な問題点を解決し、ミツクビの企みを潰すとともに堅固な同盟を完成させることだった。

 根本が善である知略は、人を生かし平和を招く。恨みの連鎖を引き起こさない。この本を読んで、善というのは、正しい・間違っているというような二つに分ける考え方ではなく、大きな目で見て、すべてのものを生かしていこうとする考え方のように思いましたね。マツリカとキリヒトの恋というよりは、お互いを生かし育てたいという大きな愛の物語のように感じた。

 

 


【恩田 陸】 チョコレートコスモス

2018-06-08 07:36:27 | 読書_感想

 

 

【作品概要】
  作 者  恩田 陸
  発 表  2012年
  出版社  角川書店

【ストーリー】
 佐々木 飛鳥は今年W大に入学した。実家は空手道場を経営していて、飛鳥も小さい頃から空手の手ほどきを受けてきた。小学生の頃は勝負に執着を持ちすぎて恐怖心を持っていないことを心配した兄は、空手の初心者と対戦させた。対戦相手の予測できない動きに動揺した飛鳥は勝負に負けた上に手と足を骨折してしまった。

 入院中、隣のベットの患者に誘われて観た黒澤映画に魅了された。お隣の入院患者は映画関係者らしく、持ち込んでいたビデオデッキで名作映画を次々と飛鳥に見せてくれた。
 退院して日常生活に戻り、再び鍛錬の日々が始まったが、そこに映画が加わった。飛鳥は何でも観た。ミステリードラマ、連続ドラマ、ホームドラマや時代劇、映画も観られるものは片っ端から観た。飛鳥は興味を持ったら突き詰めずにはいられない性格だった。記憶力がずば抜けている飛鳥は観たものすべてを記憶していった。そして、いつしか飛鳥の興味は、映画の面白さよりは、物語の背景の構造や進行、人物相関図に移っていった。

 高校生になって初めて観た芝居の舞台、東 響子が主演する「ハムレット」だった。飛鳥は東 響子が醸し出す奥深い世界に魅了された。その晩、暗い道場で東 響子の芝居を再現していた。物語のストーリー、台詞どころかちょっとした仕草までも記憶していた。飛鳥は、なぜ東 響子があんなにもキラキラしていたのか知りたかったのだ。それからは、街を歩く人のちょっとした仕草を演技でコピーしていった。

 大学では演劇部に入部しようと思って見学したが、どうもしっくりこなかった。そんなある日、公園でW大の演劇部をはみ出て劇団を結成したグループの練習を見た。彼らはあまりにも個性がありすぎて演劇部になじめなかったのだ。彼らから東 響子に似たエネルギーが感じられた。すぐに、彼らのところに行き入団希望を伝えた。劇団のリーダー新垣は、実演販売の演技をしてみろと飛鳥に言った。飛鳥は夢中で演技をした。

【感 想】
 物語の中で描かれている飛鳥は、興味あることを納得のいくまで突き詰めるということに懸命な女性。中学生の頃から映画・舞台・ドラマのストーリー組立てや台詞・演技の構成がどのようになっているかを考察することが興味の中心だった。東 響子の舞台を観てからは、演技を突き詰めた人だけが感得することのできる舞台のひとつ高次の空間を体験してみたいということが加わった。
 飛鳥はどんなことをしても女優になりたい、他人から評価を得たい等ということは全く考えていない。ましてや自分が女優としての才能があるなどとは思いつきもしない。ただ知りたい、自分も感じてみたいという想いだけで女優への道を走っている。

 どんなことをしてでも女優になりたいという欲望、そのために演技を磨く。あるいは女優という立場が好きで、そんな姿にあこがれて演技を磨く。
 観ている人に何かを感じさせるストーリー組立て、演技、台詞の構成に興味があり考察することが好きだ、舞台のひとつ奥の世界を体験してみたいという純粋な欲望、そのために演技する。
 どれも欲を基盤として高みを目指しているのであり、優劣があるわけではないのですが、純粋な欲望は他人の評価を気にしない、脇道にそれない、好きで突き詰めていく、結局は成長が速いということなんだと思います。
 ちょっと前までの卓球は中国の独壇場でしたが、今は、10代の選手が中国のトップ選手に追いつこうとしています。純粋な欲望の年代だからこれほど成長が速いのかもしれません。チョコレートコスモスを読み終わり、感想を考えている時にこんなことが思い浮かびました。

 本作では残念ながら、女優としての入り口に立った段階で終わっています。本来は三部作で予定されていたようなのですが、連載していた雑誌が休刊になってしまい、第二部の途中で中断状態のようです。飛鳥がこれからどうなっていくのか興味あるところなんですが残念。