「恒産なければ因りて恒心なし」 金谷治「孟子」上 P62~
恒の産無きも恒の心あるは、惟(た)だ士のみ能(よ)くすとなす。
民のごときは、恒の産無ければ、因(よ)りて恒の心もなし。
苟(かりそ)にも恒の心なければ、放辟(ほうへき)にして邪侈(じゃし)、為さざることなからんのみ。
罪に陥(おちい)るに及んて然(しか)る後に従(あと)よりこれを刑するは、これ民を罔(あみ)どりするなり。
なんぞ、仁人の、位に在ること有りながら、民を網どりすることを為すべけんや。
孟子は、ここで、まず何よりも民衆経済の安定を訴える。恒産がない、つまり定職がなくきまった収入もないのに、思想堅固でおれるのは、ただ選ばれた少数者だけである。一般民衆の場合は、きまった生業がなければ、それにつれて定まった操(みさお)も持ちえない。「もしきまった操がなければ、したいほうだい邪(よこしま)なことでも何でもするようになる。それで罪を犯してからおっかけて刑罰するのでは、民衆を捕網(とりあみ)にかけるようなものです。」
まことに、罪の取締りを考えるよりは、罪を犯させないようにすること、それこそが政治のかなめである。そして、それには、民衆の経済的なある程度の豊かさをはかることが先決であった。恒産(こうさん)と恒心(こうしん)との関係を説いたこの言葉には、いつの世にも妥当する不滅のひびきがきかれるであろう。「恒産なければ因りて恒心なし。」
(引用終わり)
両親は実によく働く人たちでした。年がら年中、朝から晩まで黙々と働いていました。勤めを終えて夕食後には、内職をするのが常でした。売薬さんのクスリに入っている「効能書き」を折る内職でした。姉と私も少しは手伝っていました。よく覚えていませんが、100枚折って5円とかだったような。「ノウガキ」をたれずに黙って働けと言われたものです。
両親は共働きで、子供の私は、流行語大賞があったら入選していたかもしれない「鍵っ子」のはしりでした。小2から、三歳としうえの姉について歩いて、そろばん塾へ通っていたそうです。姉は鼻水を垂らしながらついてくる弟を嫌がっていたそうです。
中学へ行く頃には、我が家が貧乏所帯であることが、遅まきながら薄々分かりかけてきました。
親の口癖に「稼ぐに追いつく貧乏なし」と言うのがありました。たしかに稼いでいる(働いている)間は使わない(無駄遣いしない)ということなので理にかなっています。
ただ何もせずもらうだけの「施し」では、恒の心は育たないのだなぁと改めて考えさせてくれる名文でした。
恒の産無きも恒の心あるは、惟(た)だ士のみ能(よ)くすとなす。
民のごときは、恒の産無ければ、因(よ)りて恒の心もなし。
苟(かりそ)にも恒の心なければ、放辟(ほうへき)にして邪侈(じゃし)、為さざることなからんのみ。
罪に陥(おちい)るに及んて然(しか)る後に従(あと)よりこれを刑するは、これ民を罔(あみ)どりするなり。
なんぞ、仁人の、位に在ること有りながら、民を網どりすることを為すべけんや。
孟子は、ここで、まず何よりも民衆経済の安定を訴える。恒産がない、つまり定職がなくきまった収入もないのに、思想堅固でおれるのは、ただ選ばれた少数者だけである。一般民衆の場合は、きまった生業がなければ、それにつれて定まった操(みさお)も持ちえない。「もしきまった操がなければ、したいほうだい邪(よこしま)なことでも何でもするようになる。それで罪を犯してからおっかけて刑罰するのでは、民衆を捕網(とりあみ)にかけるようなものです。」
まことに、罪の取締りを考えるよりは、罪を犯させないようにすること、それこそが政治のかなめである。そして、それには、民衆の経済的なある程度の豊かさをはかることが先決であった。恒産(こうさん)と恒心(こうしん)との関係を説いたこの言葉には、いつの世にも妥当する不滅のひびきがきかれるであろう。「恒産なければ因りて恒心なし。」
(引用終わり)
両親は実によく働く人たちでした。年がら年中、朝から晩まで黙々と働いていました。勤めを終えて夕食後には、内職をするのが常でした。売薬さんのクスリに入っている「効能書き」を折る内職でした。姉と私も少しは手伝っていました。よく覚えていませんが、100枚折って5円とかだったような。「ノウガキ」をたれずに黙って働けと言われたものです。
両親は共働きで、子供の私は、流行語大賞があったら入選していたかもしれない「鍵っ子」のはしりでした。小2から、三歳としうえの姉について歩いて、そろばん塾へ通っていたそうです。姉は鼻水を垂らしながらついてくる弟を嫌がっていたそうです。
中学へ行く頃には、我が家が貧乏所帯であることが、遅まきながら薄々分かりかけてきました。
親の口癖に「稼ぐに追いつく貧乏なし」と言うのがありました。たしかに稼いでいる(働いている)間は使わない(無駄遣いしない)ということなので理にかなっています。
ただ何もせずもらうだけの「施し」では、恒の心は育たないのだなぁと改めて考えさせてくれる名文でした。
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