オリンピックで思い出す事・・３

冬季オリンピックで思い出す事といえば、、フィギュアスケートの伊藤みどりとカタリーナ・ビットの戦いです。

１９９０年前後の事だったとは思いますが、随分前の事ですので、どちらが金でどちらが銀メダルを取ったのかも良くは覚えていないのですが、ただ１０年以上立った今でもはっきりと記憶に残っているのは、伊藤みどりの３回転半のジャンプ（トリプルアクセル）に身震いするほど感動した事です。

私はこの競技が始まる前は、非常に興味津々なところと、また逆に非常にクールになって眺めているところがあったのです。
何故かと言いますと、この二人は非常に対照的な印象があったのですが・・・

カタリーナ・ビットの方は、芸術点が非常に高い人で、カルメンを題材に演技をしましたが、ほとんど女優の演技なのです。
技術的な見せ場のジャンプとジャンプの中間部分は、少しも休むという事がなく何かしら演技をしていますし、最後の自害する場面では顔を苦痛に歪めて倒れ込みます。

一方、伊藤みどりはといいますと、３回転半だけに命をかけているといった風で、ジャンプとジャンプの中間部分は、明らかに休憩しているという感じですし、もし明るい顔で演技をしている時にも、明るい役柄を演じているのではなく、本人が上手くジャンプが出来たから、嬉しくて笑顔になっているというだけなのです。
これでは芸術点が良い筈はありません。
このように全く対照的な二人なのです。

私は「伊藤みどりは大した事はないな！」と思っていましたから、この時にもただ何となく競技を眺めていたのです。

ところが意外に思った事は、芸術点の高いカタリーナ・ビットの演技を最後まで見ていても、少しも「感動」しなかった事です。
良く演じている事は素人目にも分かるのですが、身体には何も感じなかったのです。

そして１９９２年の冬季オリンピックが始まりました。

このオリンピックでは、伊藤みどりは非常に調子が悪く、練習中に３回転半が出来ず、また最初の種目でもまさかの転倒。
３回転半は危険ですから、もし難易度の低いジャンプで無難にまとめれば、メダルを取れる可能性はあったのです。

伊藤みどりという人は、１９８０年（カナダ）の世界ジュニア選手権で、史上最年少の１１歳（小学校５年生）で世界デビューし、３回転ジャンプを楽々と成功させて総合８位、世界をアッと驚かせました。
１９８５年には、１６歳で日本選手権に優勝。
１９８８年（カルガリー）冬季オリンピックでは、１８歳で初めてのオリンピックに挑戦し、５種類の３回転ジャンプを７回決め、場内の観客総立ちという大変な騒ぎを引き起こしました
この時は技術点では１位、総合５位でした。

そして１９９２年(フランス・アルベールビル）冬季オリンピックへの挑戦が始まったのです。
この時は先ほどもお話したように、身体のコンディションが悪く、危険な３回転半に挑戦するのか、それともそれをやらずに無難にまとめてメダルを取れる可能性を考えるのか・・・？
３回転半は成功すれば、女性では初めての快挙です。
ここが注目されていた訳です。

そして伊藤みどりの演技が始まりました。

例によってジャンプとジャンプの中間部分は、明らかに力を蓄える為に休憩しているという感じです。
全く見た目が良くありません。
私はただ何となくクールな目で眺めていました。

そう思っている内に、演技もだんだんと半ばを過ぎて熱が入って来ました。

その時・・・突然・・・あの３回転半（トリプルアクセル）が・・・
伊藤みどりの身体が、もの凄い勢いで回転しました。

その時の印象は「美しい」というより「凄み」を感じるというものでした。
私は予想に反して身震いし、感動してしまいました。
これは単なる「３回転半」というのではありません。
伊藤みどりの「人生」の全てが、この一瞬に完全燃焼したというような「凄み」を感じるようなものでした。

この「感動」は一体どういう事なのでしょう？
ただ単に技術的な事で感動する筈はありません。
表面的には、全く同じ様に見える演技ではあっても、例えば４回転半の演技が出来る選手が、余裕を持って楽々と３回転半をやったのなら、このような感動は起きなかった事でしょう。
人は単なる「技術」には、感動しないものなのです。
この３回転半の一瞬に、伊藤みどりの今までの人生の全てが凝縮され表現されたのです。
人生に花を咲かせた一瞬です。

そこに「感動」があったという事は、そこに「美しいもの」があったと言う事と同じです。
それは単なる「技術」に感動したのではなく、その人の「生き方」に感動したのです。