風にたゆとう

水中は涼しいよ-

終電車とか最終バスは必要なのか

2013-12-15 00:45:36 | Weblog
今日は楽しかったなあ!
久しぶりだし次はいつ会えるか不明の仲間と過ごせたよ。
終電車は帰るために の席を立つための口実である。しかし明日は日曜日だし次にこのメンバーで飲めるのはいつか判らないいや我ら定年組にはもう無いかも。
なぜ終電車は有るんだろうか?
①企業の採算のため
②明日働くために体力を温存するため
③去るだめの口実

②と③は個人の意志に背く
帰りたければ口に出せばよい。それが認められないならその集団には二度と参加しないだろう。
とすれば①しか残らないなあ。
大切なのは個人の意志の自由度だと思う。個人個人は会社の奴隷では無いのだから、個人が自分の意志で帰りたい時を選ばせてくれないかなあ!
交通機関が公共のものなら[公共]は個人でありたいな。企業や組織でなく。
人の一生は奴隷ではないと思いたいよね。
その二
終電車なくせば、経済効果も高まる。文化効果も高まる。
人通しの間も親密且つ信頼が高まる。
なぜ終電車があるのか?
企業の論理は労働の時間が最高潮であるためだ。
個人のための時間は少なくて良いのか?
時間くらい個人の一生の事だから自由にさせてよ!と言いたいね!
コメント
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