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ロシアの文豪・ツルゲーネフは2,012グラム、ドイツの鉄血宰相・ビスマルクは1,807グラム、プロイセン出身の大哲学者・カントは1,650グラム……。これは歴史上の偉人たちの脳の重さである。ヒトの平均は1,200~1,400グラムといわれているが、もし脳の7割が失われてしまったらどうなるのか?
実は2007年、脳の大半が失われているにもかかわらず、何の問題もなく日常生活を送っていた男性が発見されていたのだ。
■頭の中がカラッポだった!
さかのぼること2007年、匿名希望のその男性は44歳のフランス人で、公務員として勤務する2児の父親でもあった。
ある日、左足に軽い痛みを感じた男性は地元のある病院へ診察に訪れた。そして精密検査のためにレントゲン撮影を行なった医師は驚愕する。男性の頭の中はほとんど“カラッポ”だったのだ。本来は脳が詰まっているはずの男性の頭蓋骨の中は空洞になっており、僅かな脳が頭蓋骨の内側に張り付くようにして残っていたのである。いったいどうして脳の大半が無くなってしまったのか? 僅かに残った脳だけでこれまでどうやって生きてこられたのか……。
この衝撃の事実はたちまち医学界に広まり、仏・マルセイユにある東地中海大学(EMU)のライオネル・フュエ博士らによって詳しく診断され、科学誌「The Lancet」にて症状の詳細が報告された。フュエ博士によれば、この男性の脳は少なくとも50~75%が失われているということだ。
「運動や感覚、言語能力、視覚、聴覚、感情、認知という人間活動の重要な機能を担う、前頭葉から側頭葉、後頭葉が左右共に全体的に失われているのです」(ライオネル・フュエ博士)
人間活動の重要な機能を担う脳の部分がことごとく欠損しているにもかかわらず、これまで男性は公務員としてフルタイムで働き肉体的、知的に何の支障もなく生活し2人の子どもの父親にもなっている。男性に知能テストを行なったところIQは75と一般より低かったが、社会生活を送るには何の問題もなく、この事実に医師たちはますます驚かされることになったのだ。
■30年かけて髄液が脳細胞を浸食
医学界に衝撃をもたらした症例だが、この男性の医療機関での受診履歴を調べるといくつか重要なことがわかってきたのだ。まず男性は生後6カ月に産後水頭症と診断されていたのだ。
水頭症とは脳内の髄液が通常よりも多く生産されてしまい脳室内にたまってしまう症状である。このため男性は乳幼児期に、脳にたまった髄液を腹部へと排出できるようにシャント(shunt)と呼ばれる管を埋め込む手術(シャント手術)を受けていたのだ。
しかしその後、成長と共に管の長さが足りなくなったためか、それとも水頭症の症状が改善したと判断されたためなのか、14歳の時点で埋め込まれたシャントが除去されていたのだ。
しかしこの後、やはり少量ながらも髄液が脳にたまるようになったようで、以来30年間かけて溜まった髄液が濃縮されて頭蓋骨の中で脳細胞を浸食していったと考えられるということだ。そして44歳になった時点で、頭骸骨の内側に貼りつく脳組織を残すだけになったのだ。
男性が左足に不調を覚えるようになったのも、これが原因であることが分かり、この後再び行なわれたシャント手術によって左足の痛みは緩和したということだ。ともあれこれで男性の身体の不具合はなくなったのだが、もちろん医師たちにとっては大きな謎が残ったままだ。「どうしてこれだけの少量の脳で普通に生活できるのか?」という謎だ。
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