ROCKSTARS

all about my favorite Rocks.

スティーヴ・マリオッツ・オール・スターズ

2025-01-14 13:10:57 | band

                 左からボブ・ウエストン、ミッキー・フィン、スティーヴ・マリオット、グレッグ・リドリー、イアン・ウォーレス

スティーヴ・マリオッツ・オール・スターズ 
Steve Marriott's All Stars



【活動期間】
  1975年~1976年

【メンバー】
 <Vocal>
  スティーヴ・マリオット/Steve Marriott(guitars, vocals)在籍1975~1976
 <Guitar>
  ミッキー・フィン/Micky Finn(guitars) 在籍1975~1976
  ボブ・ウエストン/Bob Weston(guitar) 在籍1975
  デイヴ・"クレム"・クレムソン(guitar)/Dave Clem Clempson(guitar)在籍1976
 <Keyboard>
  デモン・ブッチャー/Damon Butcher(keyboard)在籍1976
 <Bass>
  ニック・サウス/Nick South(bass) 在籍1975
  グレッグ・リドリー/Greg Ridley(bass) 在籍1975~1976
 <Drums>
  イアン・ウォーレス/Ian Wallace(drums) 在籍1975~1976
 <Chorus>
  ザ・ブラックベリーズ/The Blackberrys(chorus) 在籍1975~1976
 

【バンドの歴史】
 「スティーヴ・マリオッツ・オール・スターズ」は、スティーヴ・マリオットハンブル・パイ解散後に結成したバンドである。

 マリオットはハンブル・パイのフロント・マンとして活躍していたが、1975年にハンブル・パイが解散するとソロ活動を開始した。
 そして、ソロ・アルバム「マリオット」の制作に取りかかりながら、1975年7月に自己のバンド「スティーヴ・マリオッツ・オール・スターズ」を結成。
 このバンドはマリオットのほか、元ヘヴィ・メタル・キッズのミッキー・フィン(guitar)、元フリートウッド・マックのボブ・ウエストン(guitar)、元キング・クリムゾンのイアン・ウォーレス(drums)、元エリスのニック・サウス(bass)の5人に、ハンブル・パイのレコーディングにも参加していたザ・ブラックベリーズ(chorus)を加えたもので、マリオットのバック・バンド的性格が強かった。
 結成の翌月にサウスが脱退するが、すぐにマリオットのハンブル・パイ時代のバンド・メイトであるグレッグ・リドリー(bass)が加入する。

 1975年限りでウエストンが脱退したが、後任としてやはりハンブル・パイ時代のバンド・メイトである名手クレム・クレムソンが加わった。
 バンドは積極的にライブを行い、1976年3月にはサウンドにより厚みを持たせるためにキーボード奏者のデモン・ブッチャーを加える。
 同年5月にマリオットのソロ・アルバムがリリースされる。
 この年、スモール・フェイセスの曲「イチクー・パーク」がリバイバル・ヒットしたことをきっかけに、スモール・フェイセスが再結成、マリオットもこれに参加することになったため、オール・スターズは解散した

 解散後、クレムソンとブッチャーは「ラフ・ダイアモンド」の結成に参加し、リドリーとフィンは「ザ・フォールン・エンジェルス」を結成した。

 マリオットの死後、未発表のセッション音源が発掘され、1995年に「Clear Through the Night」のタイトルで発表された。この未発表セッションがソロ・アルバム「マリオット」の制作につながるのである。


【ディスコグラフィ】(☆=ライヴ・アルバム ★=コンピレーション・アルバム)
 <アルバム>
  1995年 Clear Through the Night 

【メンバー変遷】
#1  1975
   スティーヴ・マリオット(vocal, guitar)
   ミッキー・フィン(guitar)
   ボブ・ウエストン(guitar)
   ニック・サウス(bass)
   イアン・ウォーレス(drums)
   ザ・ブラックベリーズ(chorus)

#2  1975
   スティーヴ・マリオット(vocal, guitar)
   ミッキー・フィン(guitar)
   ボブ・ウエストン(guitar)
   グレッグ・リドリー(bass)
   イアン・ウォーレス(drums)
   ザ・ブラックベリーズ(chorus)

#3 1976
   スティーヴ・マリオット(vocal, guitar)
   ミッキー・フィン(guitar)
   デイヴ・クレムソン(guitar)
   グレッグ・リドリー(bass)
   イアン・ウォーレス(drums)
   ザ・ブラックベリーズ(chorus)  

#4  1976
   スティーヴ・マリオット(vocal, guitar)
   ミッキー・フィン(guitar)
   デイヴ・クレムソン(guitar)
   デモン・ブッチャー(keyboard)
   グレッグ・リドリー(bass)
   イアン・ウォーレス(drums)
   ザ・ブラックベリーズ(chorus)


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『ポセイドンのめざめ』(キング・クリムゾン)

2025-01-14 01:33:42 | albums

ポセイドンのめざめ In the Wake of Poseidon


【歌・演奏】
  キング・クリムゾン/King Crimson

【リリース】
  1970年5月15日


【録音】
  1970年1月~4月 ウェセックス・サウンド・スタジオ(イングランド ロンドン)
  

【プロデューサー】
  ロバート・フリップ/Robert Fripp & ピート・シンフィールド/Pete sinfield

【エンジニア】
  ロビン・トンプソン/Robin Thompson

【レーベル】
  アイランド/Island Records(UK, Europe)
  アトランティック/Atlantic Records(US)
  フィリップス/Philips Records(Australia)
  ヴァーティゴ/Vertigo Records(New Zealand)

【収録曲】(☆シングル=⑥)
 side : A
  ① 平和 / 序章 0:51
    Peace - A Beginning(Robert Fripp, Pete Sinfield)
  ② 冷たい街の情景(インクルーディング:トレッドミル42番街) 7:57
    Pictures of a City (including 42nd at Treadmill)(Robert Fripp, Pete Sinfield)
  ③ ケイデンスとカスケイド 4:35
    Cadence and Cascade(Robert Fripp, Pete Sinfield)
  ④ ポセイドンのめざめ(インクルーディング:リブラのテーマ) 8:24
    In the Wake of Poseidon (including Libra's Theme)(Robert Fripp, Pete Sinfield)
 side : B
  ⑤ 平和 / テーマ 1:15
    Peace - A Theme(Robert Fripp)
 ☆⑥ キャット・フード 4:52
    Cat Food(Robert Fripp, Ian McDonald, Pete Sinfield)
    *1970年3月13日リリース
  ⑦ デヴィルズ・トライアングル 11:30
    Devil's Triangle
     (a)  マーデイ・モーン 3:47
       Merday Morn(Robert Fripp, Ian McDonald)
     (b) ハンド・オブ・セイロン 4:01
       Hand of Sceiron(Robert Fripp)
     (c) ガーデン・オブ・ワーム 3:45
       Garden of Worm(Robert Fripp)
   ⑧ 平和 / 終章 1:54
     Peace - An End(Robert Fripp, Pete Sinfield)

【録音メンバー】
 <キング・クリムゾン>
   ロバート・フリップ/Robert Fripp(guitars, mellotron②④⑦, celesta③, electric-piano⑦, devices, production)
   グレッグ・レイク/Greg Lake(vocals①②④⑥⑧)
   ゴードン・ハスケル/Gordon Haskell(vocals③)
   マイケル・ジャイルズ/Michael Giles(drums②③④⑥⑦)
   メル・コリンズ/Mel Collins(alto-sax②, bariton-sax②, flute③)
   ピート・シンフィールド/Pete sinfield(words, production)
 <ゲスト・ミュージシャン>
   ピーター・ジャイルズ/Peter Giles(bass②③④⑥⑦)
   キース・ティペット/Keith Tippett(piano③⑥⑦)

【チャート】
 1970年週間アルバム・チャート  イギリス4位 アメリカ(ビルボード)31位 カナダ28位 オーストラリア17位

【メ  モ】
 ・キング・クリムゾンのセカンド・アルバム。全英アルバム・チャート4位を記録したが、これはキング・クリムゾンの全アルバム中最高位である。

 ・このアルバムは、リリース当初は「ファースト・アルバム『クリムゾン・キングの宮殿』を上回る出来栄え」と賞賛されたが、のちにはその構成が「クリムゾン・キングの宮殿」と大きく似通っていることが問題視された。

 ・「クリムゾン・キングの宮殿」発表後、イアン・マクドナルドマイケル・ジャイルズグレッグ・レイクが脱退したため、ロバート・フリップはこのアルバムを制作するにあたり、メンバーを探すところから取りかかった。ヴォーカリストは当時無名だったエルトン・ジョンが起用される予定だったが、フリップのイメージと合わず、ひとまずグレッグ・レイクが務めた。レイクが新バンド結成のためキース・エマーソンと合流すると、ゴードン・ハスケルが後任のヴォーカリストを務めた。ハスケルは、かつて「リーグ・オブ・ジェントルメン」時代にフリップとバンド・メイトだった。ベースには、「読譜ができる」という理由で、レイクの前任者だったピーター・ジャイルズが起用された。ドラムスには新メンバーとしてアンディ・マカロックが内定していたが、クリムゾン加入以前の未消化の予定をこなす必要があったため、その代わりとしてフリップの要請でマイケル・ジャイルズがドラムを担当することになった。そのほかメル・コリンズ、キース・ティペットが参加している。

 ・②「冷たい街の情景」のアルバム発表時の邦題は「踏み車の42番目」である。この曲は、すでに1969年には「ア・マン、ア・シティ」のタイトルでオリジナル・メンバーによって演奏されていた。

 ・③「ケイデンスとカスケイド」は、ピート・シンフィールドが書いた詞にイアン・マクドナルドが曲をつけていたが、マクドナルドが脱退したためフリップが新たに曲をつけ、グレッグ・レイクのガイド・ヴォーカルで録音したが、本録音前にレイクが脱退したため、新加入のゴードン・ハスケルが代わりに歌った。

 ・⑦「デヴィルズ・トライアングル」の原曲は、イギリスの作曲家グスターヴ・ホルストの組曲「惑星」の第1曲「火星、戦争をもたらすもの」。ホルストの遺族からタイトルの使用が許可されなかったため、シンフィールドがタイトルを付けた。「デヴィルズ・トライアングル」とは、船舶や飛行機の事故や行方不明事件が多発することで有名なフロリダ沖の海域「バミューダ・トライアングル」になぞらえたものである。

 ・原題「In the Wake of Poseidon」の正しい訳は「ポセイドンの跡を追って」である。「ポセイドンのめざめ」は、wakeを「目覚める」の名詞である
としたことが原因の誤訳。


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『甘い誘惑』(スウィート)

2025-01-11 10:38:41 | albums

甘い誘惑 Give Us A Wink

【歌・演奏】
  スウィート/Sweet

【リリース】
  1976年2月16日

【録  音】
  1975年
  ミュージックランド・スタジオ
  エアー・スタジオ(イングランド ロンドン)「The Lies in Your Eyes」
  オーディオ・インターナショナル・スタジオ(イングランド ロンドン)「Action」
  
【プロデューサー】
  スウィート/Sweet

【エンジニア】
  ルイス・オースティン/Louis Austin(RCA盤①②③④⑥⑦)
  マック/Reinhold Mack(RCA盤②③④⑤⑥⑦⑧)
  ニック・ライアン/Nick Ryan(RCA盤⑤)

【レーベル】
  RCA/RCA Records(ヨーロッパ、オーストラリア)
  キャピトル/Capitol Records(アメリカ、カナダ、日本)

【収  録  曲】(☆=シングル)
 <RCA盤(ヨーロッパ)>
  side : A
  ☆① 恋はだましあい 3:48
     The Lies in Your Eyes(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
     *1976年1月リリース UK35位 オーストラリア14位 オーストリア17位 ドイツ5位 ニュージーランド9位 スウェーデン6位
   ② ゴキブリ野郎 4:51
     Cockroach(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ③ キープ・イット・イン 5:00
     Keep It In(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
  ☆④ 7月4日 4:24
     4th of July(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
     *1976年リリース(オーストラリアのみ)
  side : B
  ☆⑤ アクション 3:44
     Action(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
     *1975年7月リリース(UK) UK15位 US20位 オーストラリア4位 オーストリア3位 カナダ5位 ドイツ2位 アイルランド7位 ニュージーランド5位 ノルウェイ2位 スウェーデン2位
   ⑥ 昨日の雨 5:16
     Yesterday's Rain(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑦ 白ねずみ 4:58
     White Mice(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑧ 恋の特効薬 7:17
     Healer(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)

 <キャピトル盤(アメリカ・カナダ)>
  side : A
  ☆① アクション 3:44
     Action(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ② 昨日の雨 5:16
     Yesterday's Rain(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ③ 白ねずみ 4:57
     White Mice(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ④ 恋の特効薬 7:16
     Healer(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
  side : B
  ☆⑤ 恋はだましあい 3:44
     The Lies in Your Eyes(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑥ ゴキブリ野郎 4:49
     Cockroach(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑦ 星あかりの女 3:10
     Lady Starlight 7:17(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑧ キープ・イット・イン 5:00
     Keep It In(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
  ☆⑨ 7月4日 4:24
     4th of July(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)

 <キャピトル盤(日本)>
  side : A
  ☆① アクション 3:44
     Action(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ② 昨日の雨 5:16
     Yesterday's Rain(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ③ 白ねずみ 4:57
     White Mice(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ④ 恋の特効薬 7:16
     Healer(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
  side : B
   ⑤ フォックス・オン・ザ・ラン 3:24
     Fox on the Run(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
  ☆⑥ 恋はだましあい 3:44
     The Lies in Your Eyes(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑦ ゴキブリ野郎 4:49
     Cockroach(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑧ 星あかりの女 3:10
     Lady Starlight 7:17(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑨ キープ・イット・イン 5:00
     Keep It In(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
  ☆⑩ 7月4日 4:24
     4th of July(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)  

【録音メンバー】
 ◆スウィート
   ブライアン・コノリー/Brian Connolly(lead-vocals, string-machine)
   アンディ・スコット/Andy Scott(guitars, synthesizer, cello, vocals)
   スティーヴ・プリースト/Steve Priest(bass, vocals, cello)
   ミック・タッカー/Mick Tucker(drums, percussions, celli, vocals)
 ◆ゲスト・ミュージシャン
   トレヴァー・グリフィン/Trevor Griffin(piano「4th of July」)

【チャート】
  1976年週間アルバム・チャート  アメリカ(ビルボード)27位 日本(オリコン)37位 カナダ11位 オーストラリア17位 
                  スウェーデン3位 ドイツ9位 ノルウェイ15位
  1976年年間アルバム・チャート  ドイツ49位

【メ  モ】
 ・スウィートの4枚目のスタジオ・アルバム。全曲バンドのメンバーによって書かれ、バンド自身がプロデュースした初の作品である。
 ・アメリカではビルボード27位まで上昇したが、母国イギリスではチャート入りしなかった。


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『ライヴ・アンド・ベスト』(スウィート)

2025-01-10 16:12:15 | albums

ライヴ・アンド・ベスト
  Strung Up(ヨーロッパにおけるタイトル) 
  Anthology(キャピトルの日本リリース盤タイトル)


【歌・演奏】
  スウィート/Sweet

【リリース】
  1975年11月

【録  音】
  1973年~1975年
  
【プロデューサー】
  スウィート/Sweet ⑧⑨
  フィル・ウェインマン/Phil Wainman ⑩⑫⑰
  マイク・チャップマン & ニッキー・チン/Mike Chapman & Nicky Chinn ⑪⑭⑯
  マイク・チャップマン, ニッキー・チン & フィル・ウェインマン/Mike Chapman, Nicky Chinn & Phil Wainman ⑬⑮

【エンジニア】
  ピーター・コールマン/Peter Coleman

【レーベル】
  RCA/RCA Records(ヨーロッパ)
  キャピトル/Capitol Record(日本)

【収  録  曲】(☆=シングル①⑦)
  Disc1 Live Album(1973年12月21日 ロンドン レインボウ・シアター)
   side : A
   ① ヘルレイザー 3:51
     Hellraiser(Nicky Chinn, Mike Chapman)
   ② バーニング/サムワン・エルス・ウィル 5:41
     Burning/Someone Else Will(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ③ ロックンロール・ディスグレイス 4:08
     Rock 'n' Roll Disgrace(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ④ 恋の大募集 2:52
     Need a Lot of Lovin'(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   side : B
   ⑤ ロング・オールライト 8:06
     Done Me Wrong Alright(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑥ 愛してくれていいんだよ 3:10
     You're Not Wrong for Lovin' Me(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑦ 黄金の腕を持った男 7:50
     The Man with the Golden Arm(Elmer Bernstein, Sylvia Fine)

  Disc2 Studio Album(Anthology)
   side : A
   ⑧ アクション 3:35
     Action(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑨ フォックス・オン・ザ・ラン 3:22
     Fox on the Run(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑩ セット・ミー・フリー 3:56
     Set Me Free(Andy Scott)
   ⑪ ミス・ディミーナ 3:26
     Miss Demeanour(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑫ ロックン・ロールに恋狂い 4:00
     Ballroom Blitz(Nicky Chinn, Mike Chapman)
   side : B
   ⑬ バーン・オン・ザ・フレイム 3:34
     Burn on the Flame(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑭ ソリッド・ゴールド・ブラス 5:27
     Solid Gold Brass(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑮ 初恋の16才 3:58
     The Six Teens(Nicky Chinn, Mike Chapman)
   ⑯ アイ・ワナ・ビー・コミッテッド 4:01
     I Wanna Be Committed(Nicky Chinn, Mike Chapman)
   ⑰ ブロックバスター 3:12
     Blockbuster(Nicky Chinn, Mike Chapman)
        
【録音メンバー】
 ◆スウィート
   ブライアン・コノリー/Brian Connolly(lead-vocals)
   アンディ・スコット/Andy Scott(guitars, synthesizer, lead-vocals, backing-vocals)
   スティーヴ・プリースト/Steve Priest(bass, lead-vocals, backing-vocals)
   ミック・タッカー/Mick Tucker(drums, percussions, backing-vocals)

【チャート】
  1975年週間アルバム・チャート  オーストラリア10位 オーストリア10位 スウェーデン4位 ドイツ17位 ノルウェイ12位 

【メ  モ】
 ・スウィートが1975年に発表したダブル・アルバム。Disc 1には1973年12月21日にロンドンのレインボウ・シアターで行われたコンサートのなかから7曲が収録されている。Disc 2には、1973年から1975年のあいだに録音された曲のなかから10曲が選ばれており、そのうち⑪「ミス・ディミーナ」、⑬「バーン・オン・ザ・フレイム」、⑯「アイ・ワナ・ビー・コミッテッド」は初めてアルバムに収録した曲である。(「アイ・ワナ・ビー・コミッテッド」は新曲)
 ・⑧「アクション」は新たなミックスが施されており、シングルやアルバム「甘い誘惑」に収録されているヴァージョンとはエンディング部分が異なる。
 ・このアルバムはもともとアメリカではリリースされていない。
 ・日本ではキャピトル・レコードから「Anthology」(邦題「ライヴ・アンド・ベスト」というタイトルでリリースされた。
 ・イタリアでは2枚組ではなく、「Strung Up」(1975年リリース)と「Live in England」(1976年リリース)のふたつのアルバムとしてリリースされた。


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『荒廃の街角』(スウィート)

2025-01-10 01:51:26 | albums

荒廃の街角 Desolation Boulevard
 ※旧邦題「危険なブールヴァード」

【歌・演奏】
  スウィート/Sweet

【チャート】
  1975年週間アルバム・チャート  アメリカ(ビルボード)25位 カナダ5位 オーストラリア13位 ニュージーランド17位
                  スウェーデン2位 ドイツ9位 フィンランド9位 ノルウェイ17位 
  1975年年間アルバム・チャート  ドイツ19位

【メ  モ】
 ・スウィートの3枚目のスタジオ・アルバム。彼らがアメリカでキャピトルに移籍した後の、初のアルバムになる。スウィートのアメリカにおける最大のヒット作であり、バンド史上唯一RIAAからゴールデ・ディスクに認定されたアルバムである。
 ・このアルバムからバンドもプロデュースに関わっている。シングル「フォックス・オン・ザ・ラン」はバンドが手がけた最初のヒット曲であり、1972年の「リトル・ウィリー」に次ぐ2枚目のゴールド・ディスクを獲得している。
 ・「フォックス・オン・ザ・ラン」はRCA盤、キャピトル盤の両方に収録されているが、RCA盤がオリジナル録音で、キャピトル盤はシングル・ヴァージョンである。
 ・キャピトル盤に収録されている「ロックン・ロールに恋狂い」は、本作のリリースに先立って1975年6月にシングルとしてリリースされたが、イギリスでは1973年9月14日にリリースされており、UKチャート2位、オーストラリア・カナダ・ドイツ・アイルランドでチャート1位を獲得している。

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<イギリス盤>



【リリース】
  1974年11月15日

【録  音】
  1973年~1974年
  オーディオ・インターナショナル・スタジオ(イングランド ロンドン)
  
【プロデューサー】
  マイケル・チャップマン/Michael Chapman
  ニッキー・チン/Nicky Chinn

【エンジニア】
  ピーター・コールマン/Peter Coleman

【レーベル】
  RCA/RCA Records

【収  録  曲】(☆=シングル①③⑦)
  side : A
  ☆① 初恋の16才 4:02
     The Six Teens(Michael Chapman, Nicky Chinn)
     *1974年7月5日リリース UK9位 オーストラリア48位 オーストリア9位 ドイツ4位 アイルランド15位 ニュージーランド10位 ノルウェイ7位 スウェーデン11位
   ② ソリッド・ゴールド・ブラス 5:33
     Solid Gold Brass(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
  ☆③ ターン・イット・ダウン 3:30
     Turn It Down(Michael Chapman, Nicky Chinn)
     *1974年11月1日リリース UK41位 オーストリア14位 ドイツ4位 ノルウェイ4位 スウェーデン10位
   ④ メデューサ 4:45
     Medussa(Andy Scott)
   ⑤ 星あかりの女 3:12
     Lady Starlight(Andy Scott)
  side : B
   ⑥ 黄金の腕を持った男 8:27
     The Man with the Golden Arm(Elmer Bernstein, Sylvia Fine)
  ☆⑦ フォックス・オン・ザ・ラン 4:47
     Fox on the Run(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
     *1975年3月7日リリース UK2位 US5位 オーストラリア1位 オーストリア3位 カナダ2位 ドイツ1位 アイルランド2位 ニュージーランド2位 ノルウェイ2位 スウェーデン6位
   ⑧ ブレイクダウン 3:06
     Breakdown(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
   ⑨ マイ・ジェネレーション 3:59
     My Generation(Pete Townshend)

【録音メンバー】
 ◆スウィート
   ブライアン・コノリー/Brian Connolly(lead-vocals①②③④⑦⑧)
   アンディ・スコット/Andy Scott(guitars, synthesizer, lead-vocals⑤⑥, backing-vocals)
   スティーヴ・プリースト/Steve Priest(bass, lead-vocals⑨, backing-vocals)
   ミック・タッカー/Mick Tucker(drums, percussions, backing-vocals)

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<アメリカ盤>



【リリース】
  1975年7月

【録  音】
  1973年~1975年
  オーディオ・インターナショナル・スタジオ(イングランド ロンドン)①②③④⑤⑥⑧⑨⑩
  キングスウェイ・スタジオ(イングランド ロンドン)⑦
  
【プロデューサー】
  フィル・ウェインマン/Phil Wainman ①③④⑥⑧⑨
  フィル・ウェインマン、マイク・チャップマン、ニッキー・チン/Phil Wainman, Mike Chapman, Nicky Chinn ②
  マイク・チャップマン、ニッキー・チン/Mike Chapman, Nicky Chinn ⑤⑩
  スウィート/Sweet ⑦

【エンジニア】
  ピーター・コールマン/Peter Coleman

【レーベル】
  キャピトル/Capitol Records

【収  録  曲】(☆=シングル①⑦)
  side : A
  ☆① ロックン・ロールに恋狂い 4:00
     Ballroom Blitz(Michael Chapman, Nicky Chinn)
     *1975年6月リリース US5位 カナダ1位
   ② 初恋の16才 4:04
     The Six Teens(Michael Chapman, Nicky Chinn)
   ③ ノー・ユー・ドント 4:36
     No You Don't(Michael Chapman, Nicky Chinn)
   ④ A.C.D.C. 3:28
     A.C.D.C.(Michael Chapman, Nicky Chinn)
   ⑤ アイ・ワナ・ビー・コミッテッド 3:14
     I Wanna Be Committed(Michael Chapman, Nicky Chinn)
  side : B
   ⑥ スウィート F. A. 6:16
     Sweet F. A.(Andy Scott, Mick Tucker, Brian Connolly, Steve Priest)
  ☆⑦ フォックス・オン・ザ・ラン 3:28
     Fox on the Run(Andy Scott, Mick Tucker, Brian Connolly, Steve Priest)
     *1975年11月リリース UK2位 US5位 オーストラリア1位 オーストリア3位 カナダ2位 ドイツ1位 アイルランド2位 ニュージーランド2位 ノルウェイ2位 スウェーデン6位
   ⑧ セット・ミー・フリー 3:59
     Set Me Free(Andy Scott)
   ⑨ イン・トゥ・ナイト 4:25
     In to Night(Andy Scott)
   ⑩ ソリッド・ゴールド・ブラス 5:35
     Solid Gold Brass(Brian Connolly, Steve Priest, Andy Scott, Mick Tucker)
        
【録音メンバー】
 ◆スウィート
   ブライアン・コノリー/Brian Connolly(lead-vocals①②④⑤⑥⑦⑧⑩)
   アンディ・スコット/Andy Scott(guitars, synthesizer, lead-vocals⑨, backing-vocals)
   スティーヴ・プリースト/Steve Priest(bass, lead-vocals③, backing-vocals)
   ミック・タッカー/Mick Tucker(drums, percussions, backing-vocals)


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スティーヴ・プリースト

2025-01-09 02:19:28 | bass

スティーヴ・プリースト Steve Priest

 【本 名】
   スティーヴン・ノーマン・プリースト/Stephen Norman Priest

 【パート】

   ベース、ヴォーカル 

 【生没年月日】
   1948年2月23日~2020年6月4日(72歳没)

 【出生地】
   イングランド ミドルセックス州ヘイズ

 【経 歴】
   ザ・スウィートショップ/The Sweetshop(1968)
   ザ・スウィート/The Sweet(1968~1973)
   スウィート/Sweet(1973~1981)
   アリーズ/Allies(1985)
   スティーヴ・プリースツ・スウィート/Steve Priest's Sweet(2008~)


 スティーヴ・プリーストは、イングランドのロック・バンド「スウィート」のオリジナル・メンバーで、ベーシストである。

 イングランド南東部のミドルセックス州ヘイズで生まれたプリーストは、子供の頃は教会の聖歌隊に参加していたが、やがてシャドウズのベーシストであるジェット・ハリス、ローリング・ストーンズ、ザ・フーなどの音楽に影響されるようになる。
 10代の頃にはベース・ギターを自作するまでになっており、ローカル・バンドでベーシストとして活動するようになった。
 その後「ジ・アーミー」というバンドのベーシストを務めていたが、ブライアン・コノリー(vocal)、ミック・タッカー(drums)、フランク・トーピー(guitar)というメンバーで1968年1月に結成された「ザ・スウィートショップ」から声をかけられ、加入する。
 スウィートショップは1968年3月にデビューしたが、イギリスの別のバンドが「Sweetshop」というタイトルのシングル・レコードをリリースしたため、バンドは「ザ・スウィート」と名を改めた。
 ザ・スウィートは1968年7月にデビュー・シングル「スロー・モーション」をリリースしたが、これは全く売れなかった。
 1969年にトーピーが脱退し、代わりにミック・スチュワート(guitar)が加入。その後パーロフォンに移籍して3枚のシングル・レコード(「Lollipop Man」「All You'll Ever Get from Me」「Get on the Line」)をリリースしたが、鳴かず飛ばずであった。
 1970年8月にはスチュワートの後任としてアンディ・スコット(guitar)が加入するが、これがバンドにとってのターニング・ポイントになる。

 バンドはマイク・チャップマンとニッキー・チンをマネージメント兼コンポーザー・チームとして迎え、RCAと契約を結ぶ。そして心機一転、1971年にシングル「
ファニー・ファニー」をリリースすると、これが全英13位、オランダとスウェーデンでは1位となる大ヒットを記録したのである。
 音楽的にはポップなメロディーを持つバブルガム・サウンド、ビジュアル的には煌びやかでグラム・ロックの要素を前面に押し出したザ・スウィートは、ティーンエイジャーから大きな支持を集め、一躍人気バンドに成長した。
 ザ・スウィートは「ファニー・ファニー」以後も「ヘル・レイザー」「ブロックバスター」「ロックンロールに恋狂い」「ティーンエイジ・ラムペイジ」など全英トップ10ヒットを連発、ヨーロッパ諸国でも大きなセールスを記録した。またアメリカでは「リトル・ウィリー」が1972年に3位の大ヒットを記録してミリオン・セラーとなったほか、1973年の「ボールルーム・ブリッツ」が5位となっている。
 1973年、バンドは名称を「ザ・スウィート」から「スウィート」に変更。



 しかしスウィートはアイドル・バンドとして扱われることに満足しておらず、バンドの主導で音楽を制作したいと強く願うようになり、チャップマン&チンとは距離を置いてハード・ロック・サウンドへシフト。こうしてリリースした「フォックス・オン・ザ・ラン」と「アクション」はアメリカのヒット・チャートを席捲した。
 1975年、「フォックス・オン・ザ・ラン」を収録したアルバム「荒廃の街角」が発表される。このアルバムにはチャップマン&チンも関わっていたが、バンドのセルフ・プロデュース曲も含んでおり、全米アルバムチャート25位を記録。スウィート唯一のゴールド・アルバムを獲得している。
 この成功により自信をつけた彼らは、チン&チャップマンと袂を分かち、1976年に初めて全曲4人の共作によるオリジナルで構成したアルバム「甘い誘惑」を発表。このアルバムは全米27位のヒットを記録している。

 ポップなハード・ロック・バンドとして認められたスウィートは、1970年代半ばが全盛期である。ザ・フーのピート・タウンゼントもスウィートを高く評価していたほか、日本では一時クイーンのライバルと見なされるほどの人気を誇った。 
 プリーストとミック・タッカー(drums)が組んだリズム・セクションは非常に強力で、スウィートのハードなサウンドの礎であり、その安定した演奏はバンドを支え続けた。

 しかし1977年を境にスウィートは徐々に勢いを失う。1978年にリリースしたシングル「愛が命」は全英9位、全米8位を記録したが、これがスウィートの最後の全英チャートトップ100シングルとなった。
 1978年11月にはリード・ヴォーカリストのブライアン・コノリーが脱退(発表されたのは1979年2月)し、ソロ活動を開始する。
 コノリー脱退後のスウィートは、プリーストがリード・ヴォーカルを兼ね、ロック・トリオとして活動を継続することを決めた。そしてキーボード奏者のゲイリー・モバーリー(Gary Moberley)をサポートに加えて、1979年にシングル「コール・ミー」をリリースする。
 1979年12月26日、ミック・タッカーのポーリーン夫人が自宅浴室で死亡。これを受けてスウィートは1980年の全てのツアーをキャンセルした。1981年にイギリスで短いツアーを行ったが、1981年3月20日のグラスゴー大学でのライヴを最後に、同年解散した。


 
 スウィート解散後のプリーストは1980年代半ばにニューヨークに渡り、マルコ・デルマー(guitar)、スティーヴ・ミサル(drums)と「アリーズ」(Allies)を結成する。彼らが制作した曲「トーク・トゥ・ミー」は、映画「ファーストフード」で取り上げられたものの、バンドとして成功するまでには至らなかった。
 1985年、
プリーストはロサンゼルスに移住。
 この年アンディ・スコットが結成した「アンディ・スコッツ・スウィート」への参加を打診されたが、これを辞退。
 1988年にはスウィートのオリジナル・メンバーを集め、マイク・チャップマンのプロデュースでデモ・セッションを行い、再結成の可能性を探ったが、この計画は実現しなかった。
 1994年、自伝「アー・ユー・レディ、スティーヴ?」を出版。そのタイトルは「ボールルーム・ブリッツ」のイントロで聞こえるコノリーの掛け声から取られたものである。

 プリーストはその後もロサンゼルスを拠点に音楽制作やセッション・ワークを行っていたが、2008年1月に「スティーヴ・プリースツ・スウィート」を結成し、2009年にはライヴ・アルバムをリリースした。プリーストはカナダとアメリカで、アンディ・スコットはイギリスとオーストラリアで「スウィート」の名前とロゴを所有し、それぞれの「スウィート」で活動を続けた。
 晩年は妻とふたりの娘とともにカリフォルニア州ラ・カニャーダ・フリントリッジで暮らしていたが、2020年6月4日に72歳で死去。死因は公表されていない。
 死後はカリフォルニア州グレンデールのフォレスト・ローン記念公園に埋葬された。



【ディスコグラフィ】(☆=ライヴ・アルバム ★=コンピレーションアルバム)

 <アルバム>
  1971年 Funny Funny, How Sweet Co-Co Can Be(フィンランド1位)
 ★1972年 The Sweet's Biggest Hits(フィンランド3位)
 ★1973年 ブロックバスター/The Sweet(US191位)
  1974年 スイート・ファニー・アダムス/Sweet Fanny Adams(UK27位 ドイツ2位 スウェーデン4位 オーストリア6位 フィンランド9位)
  1975年 荒廃の街角(旧邦題:危険なブールヴァード)/Desolation Boulevard(US25位 スウェーデン2位 カナダ5位 フィンランド9位 ドイツ9位)
☆★1975年 ライヴ・アンド・ベスト/Strung Up(スウェーデン4位 オーストリア10位 オーストラリア10位)
  1976年 甘い誘惑/Give Us A Wink(US27位 スウェーデン3位 ドイツ9位)
  1977年 明日なき青春/Off The Record(US151位 オーストリア5位)
  1977年 The Golden Greats
  1978年 甘い罠/Level Headed(US52位)
  1979年 標的/Cut Above The Rest(US151位)
  1980年 Water Edge
  1982年 Identity Crisis

 <シングル>
  1968年 スロー・モーション/Slow Motion
  1969年 The Lollipop Man
  1970年 All You'll Ever Get from Me
  1970年 Get on the Line
  1971年 ファニー・ファニー/Funny Funny(UK13位)
  1971年 コ・コ/Co-Co(UK2位 US99位)
  1971年 アレキサンダー・グラハム・ベル/Alexander Graham Bell(UK33位)
  1972年 ポパ・ジョー/Poppa Joe(UK11位)
  1972年 リトル・ウィリー/Little Willy(UK4位 US3位)
  1972年 ウィグワム・バム/Wig-Wam Bam(UK4位)
  1973年 ブロック・バスター/Block Buster!(UK1位 US73位)
  1973年 I'm on My Way
  1973年 ヘル・レイザー/Hell Raiser(UK2位)
  1973年 It's Lonely Out There
  1973年 ロックン・ロールに恋狂い/Ballroom Blitz(UK2位 US5位)
  1974年 ティーンエイジ狂騒曲/Teenage Rampage(UK2位)
  1974年 初恋の16才/The Six Teens(UK9位)
  1974年 Turn It Down(UK41位)
  1974年 ペパーミント・ツイスト/Peppermint Twist
  1975年 フォックス・オン・ザ・ラン/Fox on the Run(UK2位 US5位)
  1975年 アクション/Action(UK15位 US20位)
  1976年 恋はだましあい/The Lies in Your Eyes(UK35位)
  1976年 7月4日/4th of July
  1976年 ロスト・エンジェル/Lost Angels
  1977年 愛の炎/Fever of Love
  1977年 Stairway to the Stars
  1977年 ファンクでいこう/Funk It Up(David's Song)(US88位)
  1978年 愛が命/Love Is Like Oxygen(UK9位 US8位)
  1978年 カリフォルニア・ナイツ/California Nights(US76位)
  1979年 コール・ミー/Call Me
  1979年 マザー・アース/Mother Earth
  1979年 ビッグ・アップル・ワルツ/Big Apple Waltz
  1980年 Give the Lady Some Respect
  1980年 Sixties Man
  1982年 Falling in Love
  1984年 It's It's…The Sweet Mix(UK45位)
  1985年 Sweet 2th - The Wigwam Willy Mix(UK85位)


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『ゴールデン・ビスケッツ』(スリー・ドッグ・ナイト)

2025-01-08 02:07:54 | albums

ゴールデン・ビスケッツ~スリー・ドッグ・ナイト・アーリー・ヒッツ Golden Biscuits

【歌・演奏】
  スリー・ドッグ・ナイト/Three Dog Night

【リリース】
  1971年2月

【録  音】
  1968年~1970年
  アメリカン・レコーディング・カンパニー(アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス スタジオ・シティ)
  
【プロデューサー】
  ガブリエル・メクラー/Gabriel Makler
  リチャード・ポドラー/Richard Podolor

【エンジニア】
  リチャード・ポドラー/Richard Podolor
  ビル・クーパー/Bill Cooper

【レーベル】
  ダンヒル/Dunhill Records(US)

【収  録  曲】
  side : A
   ① ワン 3:00
     One(Harry Nilsson)
     *1969年シングル・チャート US5位 *アルバム『ワン』収録
   ② イージー・トゥ・ビー・ハード 3:11
     Easy to Be Hard(Galt MacDermot, James Rado, Gerome Ragni)
     *1969年シングル・チャート US4位 *アルバム『融合』収録
   ③ ママ・トールド・ミー 3:19
     Mama Told Me (Not to Come)(Randy Newman)
     *1970年シングル・チャート US1位 *アルバム『イット・エイント・イージー』収録
   ④ イーライズ・カミング 2:40
     Eli's Coming(Laura Nyro)
     *1969年シングル・チャート US10位 *アルバム『融合』収録
   ⑤ ユア・ソング (僕の歌は君の歌) 4:01
     Your Song(Bernie Taupin, Elton John)
     *アルバム『イット・エイント・イージー』収録
   ⑥ セレブレイト 3:13
     Celebrate(Gary Bonner, Alan Gordon)
     *1970年シングル・チャート US15位 *アルバム『融合』収録
  side : B
   ⑦ ワン・マン・バンド 2:49
     One Man Band(Billy Fox, January Tyme, Tommy Kaye)
     *1970年シングル・チャート US19位 *アルバム『ナチュラリー』収録
   ⑧ アウト・イン・ザ・カントリー 3:08
     Out in the Country(Roger Nichols, Paul Williams)
     *1970年シングル・チャート US15位 *アルバム『イット・エイント・イージー』収録
   ⑨ ノーバディ 2:18
     Nobody(Dick Cooper, Ernie Shelby, Beth Beatty)
     *1968年シングル・チャート US116位 *アルバム『ワン』収録
   ⑩ ウーマン 4:40
     Woman(Andy Fraser, Paul Rodgers)
     *アルバム『イット・エイント・イージー』収録
   ⑪ 約束しないで 2:45
     Don't Make Promises(Tim Hardin)
     *アルバム『ワン』収録
   ⑫ トライ・ア・リトル・テンダーネス 4:05
     Try a Little Tenderness(Jimmy Campbell, Reginald Connelly, Harry M. Woods)
     *1969年シングル・チャート US29位 *アルバム『ワン』収録
        
【録音メンバー】
 ◆スリー・ドッグ・ナイト
   コリー・ウェルズ/Cory Wells(lead-vocals①③④⑦, background-vocals)
   チャック・ネグロン/Chuck Negron(lead-vocals②④⑤, background-vocals)
   ダニー・ハットン/Danny Hutton(lead-vocals④⑧, background-vocals)
   マイケル・オールサップ/Michael Allsup(guitars)
   ジミー・グリーンスプーン/Jimmy Greenspoon(keyboards)
   ジョー・シェルミー/Joe Schermie(bass)
   フロイド・スニード/Floyd Sneed(drums)

【チャート】
  1971年週間アルバム・チャート  アメリカ(ビルボード)5位 カナダ8位 オーストラリア37位
  1971年年間アルバム・チャート  アメリカ(ビルボード)14位

【メ  モ】
 ・スリー・ドッグ・ナイト初のコンピレーション・アルバム。通算では6枚目のアルバムになる。RIAAゴールド・ディスク・アルバムに認定された。
 ・このアルバムに収録された曲は、スリー・ドッグ・ナイトの最初の4枚のスタジオ・アルバム(「ワン」「融合」「イット・エイント・イージー」「ナチュラリー」)からピック・アップされている。
 ・デビュー以来リリースしたシングル9枚のA面がすべて収められている。収録曲でシングルA面としてリリースされなかったのは⑤「ユア・ソング」、⑩「ウーマン」、⑪「約束しないで」の3曲。
 ・バンドは当初このアルバムのタイトルを「Dog Style」にすることを提案したが、ABC/ダンヒル・レコードが反対した。


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『ナチュラリー』(スリー・ドッグ・ナイト)

2025-01-06 11:33:39 | albums

ナチュラリー Naturally

【歌・演奏】
  スリー・ドッグ・ナイト/Three Dog Night

【リリース】
  1970年11月18日

【録  音】
  1970年1月~10月
  アメリカン・レコーディング・カンパニー(アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス スタジオ・シティ)
  
【プロデューサー】
  リチャード・ポドラー/Richard Podolor

【エンジニア】
  ビル・クーパー/Bill Cooper

【レーベル】
  ダンヒル/Dunhill Records(US)

【収  録  曲】(☆=シングル②⑧⑩)
  side : A
   ① アイ・キャン・ヒア・ユー・コーリング 2:58
     I Can Hear You Calling(Pentti Glan, Roy Kenner, Hugh Sullivan, Domenic Troiano)
  ☆② ワン・マン・バンド 2:53
     One Man Band(Billy Fox, January Tyme, Thomas Jefferson Kaye)
     *1970年11月リリース 1971年シングル・チャート US19位, カナダ6位
   ③ アイル・ビー・クリーピング 3:33
     I'll Be Creeping(Andy Fraser, Paul Rodgers)
   ④ ファイア・イーター 3:54
     Fire Eater(Mike Allsup, Jimmy Greenspoon, Joe Schermie, Floyd Sneed)
   ⑤ キャント・ゲット・イナフ・オブ・イット 2:55
     Can't Get Enough of It(Jimmy Miller, Steve Winwood)
  side : B
   ⑥ サンライト 3:51
     Sunlight(Jesse Colin Young)
   ⑦ ヘヴィ・チャーチ 3:37
     Heavy Church(Alan O'Day)
  ☆⑧ ライアー 3:55
     Liar(Russ Ballard)
     *1971年7月リリース 1971年シングル・チャート US7位, カナダ4位
   ⑨ 大いなる悲嘆 4:00
     I've Got Enough Heartache(Mike Kellie, Gary Wright)
  ☆⑩ 喜びの世界 3:38
     Joy to the World(Hoyt Axton)
     *1971年2月リリース 1971年シングル・チャート US1位, UK24位, カナダ1位, オーストラリア8位, 南アフリカ1位
        
【録音メンバー】
 ◆スリー・ドッグ・ナイト
   コリー・ウェルズ/Cory Wells(lead-vocals①③④⑦, background-vocals)
   チャック・ネグロン/Chuck Negron(lead-vocals②④⑤, background-vocals)
   ダニー・ハットン/Danny Hutton(lead-vocals④⑧, background-vocals)
   マイケル・オールサップ/Michael Allsup(guitars)
   ジミー・グリーンスプーン/Jimmy Greenspoon(keyboards)
   ジョー・シェルミー/Joe Schermie(bass)
   フロイド・スニード/Floyd Sneed(drums)

【チャート】
  1971年週間アルバム・チャート  アメリカ(ビルボード)14位 カナダ19位
  1971年年間アルバム・チャート  アメリカ(ビルボード)12位

【メ  モ】
 ・スリー・ドッグ・ナイト通算5枚目、スタジオ録音としては4枚目のアルバム。RIAA認定ゴールド・ディスク・アルバムである。
 ・⑩「喜びの世界」は、全米(ビルボード)シングル・チャートで、1970年の「ママ・トールド・ミー」に次ぐ、2枚目のNo.1シングルとなった。


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スティーヴ・マリオット

2025-01-04 10:25:29 | vocal

スティーヴ・マリオット Steve Marriott


 【出生名】
   スティーブン・ピーター・マリオット/Stephen Peter Marriott

 【パート】

   ヴォーカル、ギター、キーボード、ハーモニカ

 【生没年月日】
   1947年1月30日~1991年4月20日(44歳没)

 【出生地】
   イングランド エセックス州プラシェット

 【経 歴】
   ザ・フランティクス/The Frantiks(1963)
   ザ・モーメンツ/The Moments(1963~1965)
   ザ・チェックポインツ/The Checkpoints(1965)
   スモール・フェイセス/Small Faces(1965~1969)
   ハンブル・パイ/Humble Pie(1969~1975)
   スティーヴ・マリオッツ・オール・スターズ/Steve Marriott's All Stars(1975~1976)
   スモール・フェイセス/Small Faces(1976~1978)
   ザ・ファーム/The Firm(1978)
   ブラインド・ドランク/Blind Drunk(1978~1979)
   ハンブル・パイ/Humble Pie(1979~1981)
   パケット・オブ・スリー/Packet of Three(1984~1986)
   スティーヴ・マリオット & ジ・オフィシャル・レシーヴァー/Steve Marriott & The Official Reciver(1986~1987)
   スティーヴ・マリオット & ザ・DTs/Steve Marriott & The DTs(1988~1989)
   スティーヴ・マリオッツ・ネクスト・バンド/Steve Marriott's The Next Band(1989)
   スティーヴ・マリオッツ & ヒズ・バンド/Steve Marriott & His Band(1990~1991)


 スティーヴ・マリオットは、イングランド出身のミュージシャン。「スモール・フェイセス」や「ハンブル・パイ」のリード・シンガー兼リード・ギタリストとして知られている。

 彼はブリティッシュ・ロック史上屈指のヴォーカリストであると同時に、ブリティッシュ・ロック界が生んだ、最もカリスマ性に富んだミュージシャンのひとりである。身長162cmの小柄な体であるが、ステージでは迫力のあるパフォーマンスでつねに聴衆を圧倒した。
 R&Bに対して深い敬意を持ち、レイ・チャールズ、オーティス・レディング、マイルス・デイヴィス、バディ・ホリー、マディ・ウォーターズらから影響を受けたマリオットの歌は非常にパワフルかつソウルフルなものであり、その個性的な歌唱方法は後のブリティッシュ・ロック界のヴォーカリストたちに大きな影響を与えている。
 ポール・スタンリー(キッス)は、マリオットを自身のヒーローであると公言しているほか、スティーヴ・ペリー(ジャーニー)は、お気に入りのシンガーにマリオットの名を挙げている。
 ハンブル・パイで長年バンド・メイトだったジェリー・シャーリーは、「マリオットはイギリスが生んだ最も偉大なソウル・シンガーである」と語っている。
 2012年、スモール・フェイセスのメンバーとしてロックの殿堂入りを果たした。


 マリオットは、1947年1月30日にイーストハム記念病院で生まれた。マリオット家は労働者階級で、父ビルは印刷工、母ケイも工場に勤めており、イースト・ロンドンのマナー・パークで暮らしていた。
 父のビルは音楽好きで、パブでピアノを弾いており、かなりの腕前だった。マリオットは父からウクレレとハーモニカを買い与えられ、独学で習得した。
 彼は幼い頃から人前でパフォーマンスすることが好きだった。子役俳優として活動していたマリオットは、タレント・コンテストで優勝したこともあった。同時に音楽にも興味を持ち、1959年に最初のバンド「ザ・ホイールズ」を組んで、バディ・ホリーの外見を真似ていた。マリオットは、とくにバディ・ホリーの大ファンであった
 13歳のとき、父ビルが内緒で人気ミュージカル「オリヴァー!」(原作はディケンズの「オリヴァー・ツイスト」)の「アートフル・ドジャー」の代役募集に応募。オーディションに合格したマリオットは12ヵ月間「オリヴァー!」に出演し、ロンドンのウェストエンドの舞台に立った。歌唱力を認められたマリオットは、「オリヴァー!」のオリジナル・サウンド・トラックのレコーディングにも参加している。
 「オリヴァー!」で成功したマリオットは、家族から俳優の道を進むよう勧められ、ロンドンのイタリアコンティ演劇芸術アカデミーに入学する。
 入学後のマリオットはすぐに俳優としての活動を開始し、16歳だった1963年にはピーター・セラーズとの共演を含む2本の映画に出演したが、まもなく演劇に対する興味を失って、音楽の道に進むことを選ぶ。
 この1963年、マリオットはデッカ・レコードと契約し、同年7月にソロ・シングル「Give Her My Regards」をリリースすると、同年終わりごろには「ザ・フランティクス」を結成し、リード・ボーカルとして参加。
 翌1964年、フランティクスは「モーメンツ」と名を改め、アニマルズ、ジョージー・フェイム、ジョン・メイオールなどの前座を務めるようになる。そしてこの年キンクスの「ユー・リアリー・ガット・ミー」をカヴァーし、アメリカ向けのシングルとして発表したが、鳴かず飛ばずで、1965年10月には解散した。
 モーメンツ解散後のマリオットは、ごく短期間「ザ・チェックポインツ」に参加している。


【スモール・フェイセス】
 1964年7月28日、マリオットはレインハムのアルビオンに出演していた時、「ザ・パイオニアーズ」のメンバーとして出演していたロニー・レーン(bass)とケニー・ジョーンズ(drums)のふたりに出会う。
 その後モーメンツを脱退したマリオットは、ロンドンのミュージック・バー兼楽器店で働いていたが、そこに偶然レーンがベース・ギターを買いにやって来る。再会したふたりは意気投合し、レーンはマリオットの家にレコードを聴きに行くなど、すぐに親しく交友するようになる。
 「パイオニアーズ」改め「ジ・アウトキャスト」というバンドに所属していたレーンはマリオットを口説き落とし、パイオニアーズとアウトキャストでレーンのバンドメイトだったケニー・ジョーンズ(drums)と、ザ・モーメンツでマリオットのバンド・メイトだったジミー・ウィンストン(keyboard)とともに、翌65年に新たなバンド「スモール・フェイセス」を結成する。この名は、モッズ用語で「顔役、クールな奴」という意味を持つ「Face」と、マリオット、レーン、ジョーンズの3人が小柄だったこととをかけ合わせたものである。このバンドはメンバー全員がイースト・ロンドン出身であり、生粋のモッズ・バンドであった。

 スモール・フェイセスは結成当初から精力的にライヴを行い、間もなくデッカ・レコードと契約を交わした。
 1965年8月、デッカレコードからデビュー・シングル「ホワッチャ・ゴナ・ドゥ・アバウト・イット?」をリリースすると、これが全英チャート14位のヒットとなる。
 同年11月、ウィンストンが俳優として活動するために脱退し、後任として元「ボズ&ボズ・ピープル」のイアン・マクレガン(keyboard)が加入する。
 1966年1月に発表したサード・シングル「シャ・ラ・ラ・ラ・リー」が全英チャート3位まで上昇、5月に発表したファースト・アルバム「スモール・フェイセス」も全英アルバム・チャートで最高3位を記録。さらに同年8月に発表した5枚目のシングル「オール・オア・ナッシング」は、ビートルズの「イエロー・サブマリン」を押しのけ、1966年9月17日付でついに全英シングル・チャートの首位に立った。こうしてスモール・フェイセスはモッズのヒーローとしてスターダムにのし上がったのである。
 しかし未払いの印税を巡ってマネージャーのドン・アーデンとの関係にひびが入り、これが元でデッカとの関係も悪化する。その結果
スモール・フェイセスは1967年2月にイミディエイト・レコードへ移籍するのである。
 同年6月、バンドは移籍後初のアルバム「スモール・フェイセス」とシングル「サイケデリック・パーク」をリリース。「サイケデリック・パーク」はバンド唯一の全米トップ20入り(16位)を果たしている。
 1968年に発表したアルバム「オグデンズ・ナット・ゴーン・フレイク」は6週連続全英チャート1位となる大ヒットを記録。この作品は実験的要素のあるコンセプト・アルバムであると同時に、当時のサイケデリック・ムーヴメントを反映していたことから、イギリスのロック・ファンに大きく支持され、現在ではスモール・フェイセスの代表作とも言われている。



 マリオットはソングライターとしてスモール・フェイセスのヒット曲の大半に携わった。マリオットのソウルフルな作風はティーンエイジャーに支持され、スモール・フェイセスは1960年代後半におけるイギリス・ロック界の人気バンドのひとつとなった。
 のちに「スモール・フェイセスの曲の中で最高のものは何か」と質問されたマリオットは、「オール・オア・ナッシング、そしてティン・ソルジャーかな」と答えている。
 「ティン・ソルジャー」は、モデルのジェニー・ライランスを口説くため1967年に書いた曲である。マリオットはライランスに恋したが、彼女は当時ロッド・スチュワートと付き合っていた。のちスチュワートとライランスが別れたことを知ったマリオットは再び彼女にアプローチし、1968年に結婚している。
 
 しかしマリオットは音楽よりもルックスやポップ・アイドルという立場でもてはやされていることとを嫌悪しており、バンドがアメリカでは成功していないことに不満を抱いており、さらなるバンドの進化とR&Bの追及を望むようになっていた。
 1968年、イミディエイトがバンドの了解を取らずにシングル「レイジー・サンデー」をリリースする。これはイギリスのチャートで2位に達するヒットとなったが、マリオットにとっては全く意に添わない出来事だった。そして「レイジー・サンデー」の次の作品としてマリオットが選んだ「ザ・ユニヴァーサル」はチャート16位に終わった。「ザ・ユニヴァーサル」を自身最高の曲だと考えていたマリオットはこれにショックを受け、その結果スランプに陥って作曲することができなくなった。
 当時「ハード」のフロントマンだったピーター・フランプトン(vocal, guitar)もアイドル視されることを嫌がっていた。共通の悩みを抱えていたふたりは1968年に出会うとすぐに打ち解け、マリオットはそのフランプトンをスモール・フェイセスに加入させることを提案したが、ロニー・レーンとイアン・マクレガンが強硬に反対した。この件がもとでバンド内には亀裂が生じ、バンドとしての限界を感じるようになったマリオットは、その年12月31日に行われたライヴの途中、「レイジー・サンデー」の演奏中に「辞める!」と叫びながらステージを放棄してしまった。終演後、メンバーは激怒してマリオットに詰め寄ったが、彼はそのままスモール・フェイセスから脱退してしまったのである。
 なおマリオットの後任として声をかけられたのはピーター・フランプトンだったという。


 

【ハンブル・パイ】
 1969年初頭にスモール・フェイセスから離れたマリオットは、ピーター・フランプトン(guitar)の呼びかけによって、新たなバンド結成へ動き始める。
 1969年1月、ふたりはエセックスにあったマリオットの自宅でリハーサルを始めた。そしてスプーキー・トゥースグレッグ・リドリー(bass)と、元アポストリック・インターヴェンションのジェリー・シャーリー(drums)を加えて、1969年4月にハンブル・パイを結成した。
 のちにフランプトンは「ハンブル・パイはまさに理想のバンドだ。ミュージシャンなら誰でもあのバンドに入りたいと思うはずだ。なぜなら憧れのスティーヴ・マリオットと一緒にやれるんだから。彼が歌うだけでどんな音楽も素晴らしいものになってしまう。」と語っている。

 ハンブル・パイはイミディエイト・レコードと契約を交わし、ファースト・アルバム「アズ・セイフ・アズ・イエスタディ・イズ」と、マリオット作のシングル「あいつ」を発表。マリオットとフランプトンのふたりのスターを擁するハンブル・パイは、「新たなスーパー・グループの誕生」としてたちまち注目される存在となった。
 しかしイミディエイトは役員の横領などが原因で倒産したため、ハンブル・パイは改めてA&Mレコードと契約、1970年7月にアルバム「大地と海の歌」を発表して巻き返しを図った。ただしイミディエイトは、その後を含め30年以上にわたってマリオットの作品の権利を保有していたにもかかわらず、マリオットに印税を支払うことはほとんど無かったという。

 ハンブル・パイのフロントマンであるマリオットとフランプトンの音楽性は対照的であった。マリオットはR&B、ロック志向、フランプトンはポップ、アコースティックを志向していたのだが、これは同時にバンドの特長でもあった。しかしマリオットが強く成功を願っていた当時のアメリカは、フランプトンのアコースティックな作風を受け入れる土壌ができていなかった。
 A&M移籍後のハンブル・パイはアメリカ市場での成功をはっきり意識するようになり、マリオットのソウルフルな歌や、R&B色を強めたヘヴィなロック・サウンドを前面に押し出してレコードを制作するようになる。

 1971年11月、ハンブル・パイは、ニューヨークのフィルモア・イーストで行ったコンサートの模様を収めたアルバム「パフォーマンス〜ロッキン・ザ・フィルモア」を発表。このアルバムがきっかけとなり、バンドの人気は浮上する。そればかりでなく、これは長きにわたりロック史に残る傑作ライヴ・アルバムとして語りつがれてゆくことになるのである。
 その後音楽性の相違と、注目度の比重がマリオットに傾いたためフランプトンが脱退、その代わりとしてクレム・クレムソン(guitar)を加えたハンブル・パイは、1972年に「スモーキン」、1973年には「イート・イット」と、立て続けに良質のアルバムを発表。同時に屈強のライヴ・バンドとしてロック界に君臨するようになった。
 しかしマリオットはアルコールと薬物を過度に摂取するようになり、精神的に不安定なまま過ごすことが多くなった。このため1973年、ジェニーはマリオットの元から去る。これによりマリオットの精神状態はさらに負のスパイラルに陥った。
 1970年代中頃のハンブル・パイは、ツアーに次ぐツアーのためメンバーの疲労は極まりつつあった。そしてバンドは、音楽性の相違やドラッグの蔓延などでスランプに陥り、失速していった。こうしてハンブル・パイは、1975年に解散した。




【スモール・フェイセス再結成】
 1975年、ローリング・ストーンズからミック・テイラー(guitar)が脱退すると、その後任候補としてキース・リチャーズ(guitar)は真っ先にマリオットの名を挙げた。しかし自分が目立たなくなると感じたミック・ジャガー(vocal)の反対でこの話は実現しなかった。
 1976年、マリオットはファースト・ソロ・アルバム「マリオット」を制作。そして元ヘヴィ・メタル・キッズのミッキー・フィン(guitar)、元フリートウッド・マックのボブ・ウエストン(guitar)、元エリスのニック・サウス(bass)、元キング・クリムゾンのイアン・ウォーレス(drums)にハンブル・パイのレコーディングにも参加していたザ・ブラックベリーズ(chorus)を加えたラインナップで「スティーヴ・マリオッツ・オール・スターズ」を結成(ベースは間もなく元ハンブル・パイのグレッグ・リドリー(bass)に交代)して積極的にライヴを行った。

 1976年、スモール・フェイセスの曲「イチクー・パーク」がリバイバル・ヒットしたのをきっかけに、マリオット、ロニー・レーン、イアン・マクレガン、ケニー・ジョーンズの4人はスモール・フェイセスを再結成した。しかしレーンは他のメンバーとのいさかいに加え、自己のバンド「スリム・チャンス」で活動していたためすぐに離脱した。後任として加入したのは、ロキシー・ミュージックのツアー・メンバーだったリック・ウィルスである。
 再結成したスモール・フェイセスはアトランティックと契約し、1977年には9年ぶりのスダジオ・アルバム「プレイメイツ」を、翌1978年にはアルバム「78 イン・ザ・シェイド」を発表したが、評価ははかばかしくなく、再び解散した。
 1978年、未払いの税金が残っていることを知ったマリオットは、その支払いをするため自宅を売却し、カリフォルニアに移住する。そこでジム・レバートン(bass)、元マウンテンのレスリー・ウェスト(guitar)と「ファーム」というバンドを結成したが、ビザの問題でレバートンがアメリカから出国せざるを得なくなり、バンドはあっけなく解散した。この件はマリオットにとって経済的な大打撃となり、困窮したマリオットは小銭を得るため空き瓶を集めるまでに追い詰められた。


【ハンブル・パイ再結成】
 1979年末、マリオットはニューヨークに住んでいたジェリー・シャーリー(drums)に連絡を取り、ハンブル・パイの再結成について話し合った。その結果、同意したシャーリーのほか、元ジェフ・ベック・グループのボブ・テンチ(guitar, vocal)、シャーリーと「マグネット」というバンドで活動していたアンソニー・"スーティ"・ジョーンズ(bass)、そしてマリオットの4人でハンブル・パイは再始動する。
 新生ハンブル・パイは2枚のアルバムを発表したが、1981年にマリオットのケガと病のためツアーが中止となった後、アトランティック・レーベルとの契約も失ったため、再び解散した。

 1981年、マリオットはイギリスでロニー・レーンと再会する。
 レーンはすでに車椅子を使い始めていたが、マリオットはレーンに「一緒に演奏しよう」と提案した。ふたりはジム・レヴァートン(bass)、ミック・ウィーヴァー(keyboard)、デイヴ・ハインズ(drums)、ミック・グリーン(guitar)、メル・コリンズ(sax)を集め、アルバム「Majik Mijits」を制作したが、レーンの病気のためこのアルバムの宣伝やツアーは行われなかった。「Majik Mijits」は2000年になってようやくリリースされたが、この時にはマリオットもレーンもすでにこの世にはいなかった。

 1982年、マリオットはジム・レバートン(bass)、ゴールディ・マックジョン(keyboard 元ステッペンウルフ)、ファロン・ウィリアムスⅢ世(drums)のランナップでツアーに復帰したが、このバンドはプロモーターによって「ハンブル・パイ」と名乗ることになった。
 1983年にはアメリカ合衆国のアトランタを本拠地として、レバートンとマックジョンの代わりにトミー・ジョンソン(guitar)、キース・クリストファー(bass)をメンバーとして補充した。その後ジョンソンの代わりにフィル・ディックス(guitar)が参加し、さらに元ジョージア・サテライツのリック・リチャーズ(guitar)を新メンバーとして迎えた。しかしデモ音源の収録にリックとキースが遅れたことからマリオットはふたりを解雇、マリオットのほかフィル・ディックス(guitar)、デイヴ・ヒューイット(bass)、ファロン・ウィリアムスⅢ世(drums)のメンバーで収録を行ったが、レコードのリリースには至らなかった。その後いくつかのライヴ・ステージに立ったのち、マリオットはバンドを解散し、結婚生活も終えて1983年末にイギリスに戻った。

 帰国したマリオットは経済的に困窮し、妹の家に居候していたが、「パケット・オブ・スリー」を結成してパブなどのサーキットを再開、1984年にはアルバム「パケット・オブ・スリー」をリリースした。
 「パケット・オブ・スリー」は1986年に「スティーヴ・マリオット & ジ・オフィシャル・レシーヴァーズ」と名を変更。
 その後1988年に「スティーヴ・マリオット & ザ・DTs」を、1989年に「スティーヴ・マリオッツ・ネクスト・バンド(The Next Band)」結成し、ロック界のメイン・ストリームや大手レコード会社から距離を置きながらも、小規模の会場やパブを中心に年間250日に達する年もあったといわれるほどの精力的なライブ活動を続けた。


【1990年代】
 1991年、マリオットとフランプトンが再会する。意気投合したふたりは、アルバムの共同制作など、活動を再開することを決めた。マリオットはいったんロサンゼルスにあるフランプトンのスタジオでレコーディングを始めたが、途中で心変わりしてしまったためこのプロジェクトは完成しなかった。
 ハンブル・パイ再結成の可能性も残されていたが、4月19日にマリオットはロサンゼルスから帰国。夕食後友人の家でいったん就寝したが、夜半にエセックス州アーケスデンの自宅へ戻った。
 4月20日午前6時30分頃、通りがかった自動車の運転手がマリオットの家の屋根が燃えているのを見つけ、消防署に通報する。消防隊が駆け付けた時には、マリオットはすでにベッドと壁のあいだで一酸化炭素中毒のため死亡していた。44歳の若さだった。
 自宅に戻ったマリオットは、ベッドで煙草に火を付けたが、旅行の疲れと時差ボケからすぐに眠り込んでしまったものと推測されている。
 4月30日に行われた葬儀では、スモール・フェイセスの「オール・オア・ナッシング」が演奏された。

 マリオットは一男三女をもうけているが、三女のモリー・マリオットもシンガーとして活動している。
 1996年には「イギリス音楽への顕著な貢献」により、アイヴァー・ノヴェロ賞を受賞。
 2001年、マリオットの没後10年を記念してロンドンで「スティーヴ・マリオット・メモリアル・コンサート」が開催された。このコンサートにフランプトン、リドリー、シャーリー、クレムソンが一時的にハンブル・パイを再結成して出演した。

 1997年6月4日、1970年代後半に多発性硬化症を発症して長年闘病生活を続けていたレーンが、肺炎のため51歳で病没。
 2014年12月3日、マクレガンが脳卒中の合併症のため69歳で死去。
 スモール・フェイセスは、2012年にフェイセズとともに「ロックの殿堂」入りを果たしている。


 ピンク・フロイドのアルバム「おせっかい」に収録されている「シーマスのブルース」のシーマスとは、マリオットの愛犬のことで、曲中に聴こえるのがシーマスの鳴き声である。なおシーマスの鳴き声は、スモール・フェイセスの「ユニヴァーサル」でも聴くことができる。

 レッド・ツェッペリンのロバート・プラントは、一時期スモール・フェイセスの追っかけをしていた。なかでも「彼になりたい」と羨ましがっていたほどのスティーヴ・マリオットの大ファンであった。
 プラントは、ブルースにおける歌唱法についてマリオットから多大な影響を受けている。レッド・ツェッペリンの名曲「胸いっぱいの愛を」は、もともとウィリー・ディクソンが作曲、マディ・ウォーターズがレコーディングした「You Need Lovin'」である。マリオットはそれを独自の解釈で歌っていたが、ツェッペリンの「胸いっぱいの愛を」は、マリオット・ヴァージョンをそのまま踏襲したものである。



【ディスコグラフィ】(☆=ライヴ・アルバム ★=コンピレーションアルバム)

 <ソロ>
  1976年 マリオット/Marriott
  1989年 
30セカンズ・トゥ・ミッドナイト/30 Seconds To Midnight
 ☆1991年 Dingwalls 6.7.84
 ☆1998年 All Or Nothing – Live
 ★2000年 Afterglow
 ☆2001年 Live at Dingwalls/Voice Of Humple Pie 
 ★2003年 Signed Sealed
 ★2005年 レイニー・チェンジズ/Rainy Changes ※レア・トラック集
 ★2006年 Tin Soldier
 ☆2008年 ザ・ファイナル・パフォーマンス/All Or Nuffin - The Final Performance
 ☆2010年 Lend Us A Quid
 ★2013年 アイ・ニード・ユア・ラヴ/I Need Your Love ... (Like A Fish Needs A Raincoat)
 ★2015年 ミッドナイト・オブ・マイ・ライフ/Midnight Of My Life

 <スモール・フェイセス>
  *アルバム
  1966年 スモール・フェイセス/Small Faces(UK3位)※デッカ盤
 ★1967年 フロム・ザ・ビギニング/From The Beginning(UK17位)
  1967年 スモール・フェイセス/Small Faces(UK12位)※イミディエイト盤
  1968年 ゼア・アー・バット・フォー・スモール・フェイセス/There Are But for Small Faces(US178位)
  1968年 オグデンズ・ナット・ゴーン・フレイク/Ogdens' Nut Gone Flake(UK1位, US159位)
 ★1969年 イン・メモリアム/In Memoriam
 ★1969年 オータム・ストーン/The Autumn Stone
  1977年 プレイメイツ/Playmates
  1978年 78イン・ザ・シェイド/78 In The Shade
  *シングル
  1965年 ホワッチャ・ゴナ・ドゥ・アバウト・イット/Whatcha Gonna Do About It(UK14位)
  1965年 I've Got Mine
  1966年 シャ・ラ・ラ・ラ・リー/Sha-La-La-La-Lee(UK3位)
  1966年 ヘイ・ガール/Hey Girl(UK10位)
  1966年 オール・オア・ナッシング/All or Nothing(UK1位)
  1966年 心のひとみ/My Mind's Eye(UK4位)
  1967年 I Can't Make It(UK26位)
  1967年 Patterns(UK51位)
  1967年 Here Comes the Nice(UK24位)
  1967年 サイケデリック・パーク/Itchycoo Park(UK3位, US16位)
  1967年 涙の少年兵/Tin Soldier(UK9位, US73位)
  1968年 レイジー・サンデー/Lazy Sunday(UK2位, US114位)
  1968年 The Universal(UK16位)
  1969年 Mad John
  1969年 アフターグロウ/Afterglow of Your Love(UK36位)
  1975年 イチクー・パーク/Itchycoo Park(UK9位)
  1976年 レイジー・サンデー/Lazy Sunday(UK39位)

 <ハンブル・パイ>
  *アルバム
  1969年 アズ・セイフ・アズ・イエスタディ・イズ/As Safe as Yesterday Is(UK32位)
  1969年 タウン・アンド・カントリー/Town And Country
  1970年 大地と海の歌/Humble Pie
  1971年 ロック・オン/Rock On(US118位)
 ☆1971年 パフォーマンス~ロッキン・ザ・フィルモア/Performance Rockin' the Fillmore(UK32位 US21位)
  1972年 スモーキン/Smokin' (UK20位 US6位)
  1973年 イート・イット/Eat It(UK34位 US13位)
 ★1973年 Lost and Found(US Billboard37位 CashBox41位)※「アズ・セイフ・アズ・イエスタディ・イズ」「タウン・アンド・カントリー」を2枚組アルバムとしたもの
  1974年 サンダーボックス/Thunderbox(US52位)
  1975年 ストリート・ラッツ/Street Rats(US100位)
 ★1976年 Back Home Again
 ★1977年 Greatest Hits
  1980年 オン・トゥ・ヴィクトリー/On to Victory(US60位)
  1981年 ゴー・フォー・ザ・スロート/Go for the Throat(US154位)
 ★1982年 Best of Humble Pie
 ★1987年 ベストCDコレクション/A&M Classics Volume 14
 ★1993年 A Piece of the Pie
 ★1994年 Early Years
 ★1994年 Hot n' Nasty:The Anthology
 ☆1996年 ライヴ・イン・コンサート/King Biscuit Flower Hour Presents- Humble Pie In Concert ※旧邦題「キング・ビスケット・ライヴ」
 ★1997年 The Scrubbers Sessions
 ★1999年 The Immediate Years:Natural Born Boogie
 ★1999年 Running with the Pack
 ☆2000年 Extended Versions ※「King Biscuit Flower Hour Presents- Humble Pie In Concert」のリイシュー盤
 ☆2000年 ナチュラル・ボーン・ブギ/Natural Born Boogie:The BBC Sessions ※旧邦題「BBCセッションズ」
 ★2000年 Twentieth Century Masters:The Millennium Collection
  2002年 バック・オン・トラック/Back on Track
 ☆2002年 ライヴ・アット・ザ・ウィスキー・ア・ゴー・ゴー ’69/Live At The Whisky A Go-Go '69
 ★2005年 アトランタ・イヤーズ/Atlanta Years
 ★2006年 The Definitive Collection
 ★2006年 One More for the Old Tosser 
 ☆2012年 Live '73
 ☆2013年 Live '81 ※「King Biscuit Flower Hour Presents- Humble Pie In Concert」のリイシュー盤
 ☆2013年 パフォーマンス〜ロッキン・ザ・フィルモア コンプリート・レコーディングス/Performance Rockin' the Fillmore: The Complete Recordings
 ☆2017年 オフィシャル・ブートレッグ・ボックス Vol.1/Official Bootleg Vol. 1 ※3CDボックス・セット
 ☆2018年 オフィシャル・ブートレッグ・ボックス Vol.2/Official Bootleg Vol. 2 ※5CDボックス・セット
 ☆2019年 アップ・アワ・スリーヴ~オフィシャル・ブートレッグ・ボックス Vol.3/Up Our Sleeve Official Bootleg Vol. 3 ※5CDボックス・セット
 ☆2019年 トゥアーリン~オフィシャル・ブートレッグ・ボックス Vol.4/Tourin’ Official Bootleg Vol. 4 ※4CDボックス・セット
  2019年 ジョイント・エフォート/Joint Effort
  *シングル
  1969年 あいつ/Natural Born Bugie(UK4位)
  1969年 The Sad Bag of Shaky Jake
  1970年 Big Black Dog
  1971年 Shine On
  1971年 ノー・ドクター/I Don't Need No Doctor(US73位)
  1972年 ホット・アンド・ナスティ/Hot 'n' Nasty(US52位)
  1972年 ほら穴の30日間/30Days in the Hole
  1973年 ブラック・コーヒー/Black Coffee(US113位)
  1973年 ゲット・ダウン・トゥ・イット/Get Down to It
  1973年 シャット・アップ/Shut Up and Don't Interrupt Me
  1974年 ナインティー・ナイン・パウンズ/Ninety-Nine Pounds
  1974年 オー・ラ・ディ・ダ/Oh la de Da
  1975年 ロックンロール・ミュージック/Rock and Roll Music(US105位)
  1980年 Fool for a Pretty Face(US52位)
  1981年 Tin Soldier(US58位)

 <スティーヴ・マリオッツ・パケット・オブ・スリー/Steve Marriott's Packet of Three>
 ☆1984年 
パケット・オブ・スリー/Packet Of Three Live ※旧邦題『ライヴ'84』
 ☆1996年 Live At The George Robey 23.10.85

 <スティーヴ・マリオッツ・スクルバーズ/Steve Marriott's Scrubbers>
  1992年 スクルバーズ/Steve Marriott’s Scrubbers

 <スティーヴ・マリオッツ・オール・スターズ/Steve Marriott's All Stars>
  1999年 Clear Through The Night
  2007年 ワム・バム/Wham Bam

 <スティーヴ・マリオット & オフィシャル・レシーヴァーズ/Steve Marriott & Official Receivers>
  1999年 オフィシャル・レシーヴァーズ/Steve Marriott And Official Receivers
  2006年 サム・カインド・オブ・ワンダフル/Some Kind of Wonderful

 <スティーヴ・マリオット & ザ・ネクスト・バンド/Steve Marriott & The Next Band>
 ☆2000年 Live In Germany 1985

 <スティーヴ・マリオット & ロニー・レーン>
  2000年 マジック・ミジッツ/The Legendary Majik Mijits

 <スティーヴ・マリオット & ザ・D.T.s/Steve Marriott & The D.T.s>
 ☆2001年 シング・ザ・ブルース:ライヴ1988/Sing The Blues - Live 1988


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『スモール・フェイセス』(スモール・フェイセス)※イミディエイト盤

2024-12-20 13:33:30 | albums

スモール・フェイセス Small Faces
 ※イミディエイト盤

【歌・演奏】
  スモール・フェイセス/Small Faces

【リリース】
  1967年6月23日

【録  音】
  1966年10月~1967年4月 
  IBCスタジオ(イングランド ロンドン)
  オリンピック・スタジオ(イングランド ロンドン)
  
【プロデューサー】
  ロニー・レーン/Ronnie Lane
  スティーヴ・マリオット/Steve Marriott

【エンジニア】
  グリン・ジョンズ/Glyn Johns
  エディー・クレイマー/Eddie Kramer
  George Chkiantz

【レーベル】
  イミディエイト/Immediate Records

【収  録  曲】(★=シングルB面①⑥⑪)
  side : A
  ★① (テル・ミー) ハヴ・ユー・エヴァー・シーン・ミー 2:16
     (Tell Me) Have You Ever Seen Me?(Steve Marriott, Ronnie Lane)
     *1976年リリース「レイジー・サンデー」のB面
   ② サムシング・アイ・ウォント・トゥ・テル・ユー 2:10
     Something I Want to Tell You(Steve Marriott, Ronnie Lane)    
   ③ フィーリング・ロンリー 1:35
     Feeling Lonely(Steve Marriott, Ronnie Lane)
   ④ ハッピー・ボーイズ・ハッピー 1:36 (※インストゥルメンタル)
     Happy Boys Happy(Steve Marriott, Ronnie Lane)
   ⑤ シングス・アー・ゴーイング・トゥ・ゲット・ベター 2:39
     Things Are Going to Get Better(Steve Marriott, Ronnie Lane)
  ★⑥ マイ・ウェイ・オブ・ギヴィング 1:59
     My Way of Giving(Steve Marriott, Ronnie Lane)
     *1975年リリース「イチクー・パーク」のB面
   ⑦ グリーン・サークルズ 2:46
     Green Circles(Steve Marriott, Ronnie Lane, Michael O'Sullivan)
  side : B
   ⑧ ビカム・ライク・ユー 1:58
     Become Like You(Steve Marriott, Ronnie Lane)
   ⑨ ゲット・ユアセルフ・トゥゲザー 2:16
     Get Yourself Together(Steve Marriott, Ronnie Lane)
   ⑩ オール・アワ・イエスタデイズ 1:53
     All Our Yesterdays(Steve Marriott, Ronnie Lane)
  ★⑪ トーク・トゥ・ユー 2:09
     Talk to You(Steve Marriott, Ronnie Lane)
     *1967年6月2日リリース「Here Come the Nice」のB面
   ⑫ ショウ・ミー・ザ・ウェイ 2:08
     Show Me the Way(Steve Marriott, Ronnie Lane)
   ⑬ アップ・ザ・ウドゥン・ヒルズ・トゥ・ベッドフォードシャー 2:05
     Up the Wooden Hills to Bedfordshire(Ian McLagan)
   ⑭ エディーズ・ドリーミング 2:54
     Eddie's Dreaming(Steve Marriott, Ronnie Lane, Ian McLagan)
        
【録音メンバー】
 ◆スモール・フェイセス
   スティーヴ・マリオット/Steve Marriott(guitars, piano⑤⑫, lead-vocals①③⑤⑥⑦⑧⑨⑪, backing & harmony-vocals)
   イアン・マクレガン/Ian McLagan(keyboards, guitar⑬, bass⑫⑬, lead-vocals⑬, backing & harmony-vocals)
   ロニー・レーン/Ronnie Lane(bass, lead-vocals②⑦⑧⑩⑫⑭, backing & harmony-vocals)
   ケニー・ジョーンズ/Kenney Jones(drums, percussions)

【チャート】
  1967年週間アルバム・チャート  イギリス12位 オーストラリア25位

【メ  モ】
 ・スモール・フェイセス通算3枚目のアルバム。スタジオ・アルバムとしては2枚目、初の全曲オリジナル・アルバムである。
 ・イミディエイト・レーベルからリリースされてはいるが、レコーディングはデッカ在籍中に始まっている。
 ・1966年にデッカからリリースしたアルバムと同じタイトルであることから混乱しやすい。そのため一部からは「ザ・ファースト・イミディエイト・アルバム」と呼ばれている。


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