6月10日から12日まで、夫がショートステイから1か月ぶりに帰宅しました。
いつもなら「おかえり」というと、「ただいま」と返事をするのに、今回は「はい」と言ったきり、何も言いません。10日は、うなづくか首をふるしか反応をしませんでした。
何か怒っているのかなと思いながら、話しかけ続けました。そのうち、長く帰宅できなかったことを不満に思っているように感じました。
それで、コロナの感染のせいでたびたびは帰れないこと、そのうち、特別養護老人ホームに入所すれば、私が週3回くらい面会に行けるようになるだろうと、これからのことを話しました。
夫は、家族と一緒にいることを望んでいます。それで少しは納得したのか、大きな声で返事をするようになりました。
自分の状態が、どんなにひどくても(食事は胃瘻で液体のものを取ること、体は寝返りもできず、おむつを人に替えてもらう等)、夫は生きていてよかったと言ってくれます。家族とほんのちょっとしたことを喜んだり悲しんだりしたいのだと思います。
私は、夫が帰宅すると、本当に疲れます。普段は、何か仕事をすると、少し横になって休みます。夫が帰宅すると、なかなか休むことができません。
夫がショートステイに行ったあとは、必要最小限のことをして、それ以外はずっと寝ています。2日くらいゴロゴロして、ちょっと元気になります。そして、今ちょっと元気になったところです。
ごろごろしている間に、夫が帰宅した時のことを考えていました。夫が生きている間は、私も生きていたいと思います。
母も高齢なので、母は私より先に逝きたいといいます。私も母を残して死ぬことは考えられません。そして、チャーリーも10歳になり、この頃目の下の毛の色が白く見えるようになりました。チャーリーも最後まで私が面倒を見てやりたいと思います。
以前なら、体調が悪いともうあまり長く生きられないのだから、と思っていました。困ったことが起こると、あまり長く生きられないのだから、どうでもいいかと思っていました。
ところが、この頃、ちょっと先のことを考えるようになりました。自分がすぐには死なないかなと思うようになりました。体調も悪く、先に良いことなどないと思っているのに不思議なことです。
もしかすると、以前より、体調がよくなっているのかなーと思ったりもします。ひどい状態のころから考えれば、そうかもしれません。そのころからもう4年も生きているのですから、もっと生きられるかもしれないと思います。
夫、母、チャーリーは、みんな人の手が必要です。夫はすべてを思い出してはいませんし、体は寝たきりです。世話を必要としています。母は95才で、毎日の生活は自分の手でできますが、いろいろな手続等は私がしています。チャーリーは、これから老後を迎えます。
そんな家族を、私は自分で世話できることを願っています。みんなが生きているうちは、私も生きていたいと思います。妹をはじめ、たくさんの助けは必要ですが。
この頃ちょっと先のことを考えるようになり、将来のことにもこだわっている自分に気が付きました。家族みんなと、できるだけ長く生きていきたいと願っています。