おらっちの炙り焼き ~膳~

世の中を 斬ろうと思って 返り討ち・・・そんな人生 笑ってちょうだい!

【ライブ報告(上)】Mizuki Ashida 40th Anniversary Special Live

2013-09-26 23:58:16 | live


 2013年9月23日(月・祝)、東京国立市にあるライブハウス「国立Liverpool」にて開催された、おらっちことMizuki Ashidaの40歳バースデーライブ・・・

 このライブ、何がすごいって、企画立案、バンドメンバーの募集から対バン募集、そして会場やリハーサルスタジオの手配に至るまで、手配したのが、










 本人。(笑)









 普通ね、やりませんよ。

 自分の40歳の誕生日にライブとかさ。

 ライブのタイトルに「Anniversary」とかさ。



 そこでふと思った。

 そういえば、同じように「独りよがりなライブ」を自分で立ち上げ、強制的にお客さんを集め、そして高らかに歌った人が過去にいたような・・・










 あ、














 


 ←コイツだ。






















 ジャイアン・リサイタルへようこそ。

 おらっちです。こんばんは。



 今日から何回かに分けて、このライブを開催するに至った経緯とか、そういうものも含め、つらつらと書いていきたいなと思っています。




 【ことの発端】

 去年の暮れ、とあるライブを観戦しに上京してきた皆さんと、ライブには行けなかったけど飲み会にだけ参加したおらっちと、お酒を飲みながら食事をしていたときのこと、年齢の話題から、

 「おらっちさん、40歳になる記念に何かやらないんですか?」

 みたいな話になった。

 「ライブとかやればいいのに。そしたらみんなで見に行くから!」

 ありがたいことに、その場にいた人たちはそんな言葉をかけてくれた。


 しかし当の本人は特に何も考えていなかったし、そもそも40歳を迎えることに少なからず抵抗があった(とはいえ、抗えるものでもないけど)ので、そこはそっとしておいてほしい事柄の一つに過ぎず、ただ、ヘナヘナと頼りない笑顔を浮かべ、飲み会は終了した。


 でもね、そこが全ての始まり。

 まだ2012年の年末だというのに、2013年9月のことが徐々に気になってきた。


 そして、今回ギターで参加してくれた矢口慎吾くんへの年賀状に、「今年は一緒にステージに立ちましょう」みたいな言葉を添えた。



 打ち上げのときに本人には話したんだけど、今回のライブでバンドメンバーを募る時に、まず矢口慎吾を固定した。
 逆に言えば、矢口慎吾抜きでライブをやろうとは思っていなかったのね。

 3年前まで、曲ができたらギターのレコーディングを手伝ってもらったり(いや、もう「手伝う」とかいうレベルを超えて、ギターの音作りからアレンジまで丸投げしてたもんね 笑)、ライブでサポートしてもらったりしてたから、多分、勝手は分かっているだろうし、話も通じやすかったからね。



 【メン募】

 今年に入り、9月を見据えながらライブをこなしてきた。

 曲も書いた。完成に至ったのは1曲だけだったけど。

 春先には、何となく、ライブまでの「マイルストーン」的なものも頭の中にイメージして、「いつからメンバーを募るのか」「会場決定はいつごろか」「予算は」「対バンは」・・・と、凡その見当をつけながら日々を過ごしてきた。


 そして、当初予定していた6月になり、音楽をやっている知り合いに声をかけ始めた。

 矢口君は、諸々の予定でスケジュールが厳しいにもかかわらず、二つ返事でOKしてくれた。


 そこから先が実は難航した。

 ドラム、ベース、キーボード・・・。


 友達やmixiでつながっている人たちには音楽をやっている人は多いけれど、やっぱ「それ相応のレベル」と「自分の曲に合った音」と「人間性」の全てを兼ね備えている人というのはそんなに多くない。いや、みんないい人なのよ。「人間性」と言う意味では、誰もがみんな素晴らしいんだけど、質の高さとプレイスタイルはなかなか苦労するところだった。

 そして、声をかけては返事待ち。残念ながら不参加が決まるとまた別の人に声をかける・・・の繰り返し。


 「これは本格的にヤバい!」と焦り始めた6月の終わり、ようやくバンドメンバーの基礎が固まる。



 ベースの中川智弘さん。

 Sing Like Talkingセッションで知り合って以来、何度か共演はさせてもらっているのだが非常に精力的に、複数のバンドでライブ活動をされているのを知っていたため二の足を踏んでいたのだが、意を決してお願いしたところ、「9月23日なら空いているから弾きますよ~」のお返事。



 ドラムの嶋田麻里ちゃん。

 実は、かなり最初の段階から「ドラムは麻里ちゃん案」が僕の中では大きかった。
 彼女の音が、何となく自分の曲に合っているような気がしてたから。

 ただね、ギターの矢口君、そして後述するギターの佐々木君と麻里ちゃんはかつて同じバンドをやっていたメンバー。解散したことは知っていたけど、解散した「理由」を知らない。

 ケンカ別れとかしてたら嫌じゃん。

 そこで「ドラムは麻里ちゃん」とか言って、矢口君が「じゃあ、俺やめます」とかいう状況になるのも最悪だと、勝手に変なストーリーが自分の中にできてしまい、声を掛けるのを躊躇っていた。

 そんな時、矢口君からメール。

 「ドラム決まらないようなら、麻里ちゃん誘ってみます?」と。

 あの時はありがたかったなぁ、ホント。



 ギターの佐々木仁君。

 キーボードがなかなか決まらず、さてどうしようかと思っていた。
 キーボードって難しいのよ。

 ピアノを幼少時代から習っている人は数多くいるし、物凄いレベルで弾ける人も知り合いにはわりとたくさんいる。

 でもね、「ピアノ弾き」というよりは「シンセのサウンドを的確に放り込める人」というのが自分の曲げられないポイントだったのね。
 そうなると、人選の幅がぐっと狭まる。

 ブラスの音、オルガンの音、ベルの音、ストリングスの音、などなど、そういうのを扱うってものすごい素養と経験が必要で、もう半ば諦めていた時に、これまた矢口君からメール。

 「佐々木君、忙しいみたいだけど、出られるかも」

 そう。佐々木君はギター弾きなんだけど、過去、僕が音楽事務所に所属していた頃のライブで、「Give me one more chance」というオリジナル曲のシンセの上ものの音をギターで再現してライブを手伝ってくれたことがあった。

 ここで、(舞台に上がる人数も考え)キーボードを入れること自体をやめ、佐々木君にお願いすることにした。



 コーラスのクリスタル・チェリー(愛世&toa)。

 この二人は、事務所の後輩でもあるし(ま、矢口君も後輩なのだが)、今年前半のライブでも会っていたから、決まるのは早かった。

 ただ、コーラスを入れるかどうかは舞台の大きさが重要で、狭いところに大勢が立って動きづらいのも困りものだったので、ある程度、会場の目星がついたところで声をかけた。

 二つ返事でOK。




 こうしてMizuki Ashida Special Bandは揃った。



 【ライブハウス】

 会場はわりとあっさりと決まった。

 日にちと時間、そしてレンタル料、設備などを総合的に見て、よさそうなところをいくつかピックアップして決めた。

 リバプールは移転前の場所も含めて2回立たせてもらっているし、広さも十分、そして「会場内禁煙(個室の喫煙室がある)」のため、タバコがダメな人も、子供も楽しめるし、愛煙家の方も来ていただけるという利点がある。

 もちろん、折れた部分もいくつかあるけど、ライブを終えた今となっては、リバプールでよかったかなと思っている。




 【対バン】

 実はここが一番苦労した。

 バンド経験の浅いおらっちは、対バン募集のリミットを「1ヶ月前」に設定していた。

 これが大きな間違い。

 誘うバンド誘うバンド、みんな、「あー、もう少し早く声をかけてくれれば・・・」とか「次回は是非参加したいので、そのときは遅くても3ヶ月前にはご連絡ください」という感じだった。

 そりゃあそうだよね。対バンだってリハーサルするんだもんね。
 それも、みんな普段の生活がある中で日にちを合わせてリハをやるっていう、今回の僕のバンドが辿った同じことをするんだもんね。


 バンドのメンバーからも知り合いのバンドに声をかけてもらったり、mixiのお友達が、「僕の知り合いにも声をかけてみます」という泣きそうなくらい嬉しい言葉をかけてくれたり、その努力もむなしく、バンドを誘うことはできなかった。


 でも、そこからが奇跡。

 片山所長と所長の友達のゴールデンアワーズさんが、2組で1時間の枠で参加してくださることが決定。

 結果、お客さんの評判もすこぶるよくて、対バンは大成功となった。

 片山所長とゴールデンアワーズさんに関しては、ライブ本番の記事を書くときにあらためて。




 いやぁ、こうやって書き出すと、今回はホントにギリギリまでいろいろやってたなぁ。
 「一難去ってまた一難」という言葉がそのまま当てはまるかのような状態だった。

 さて次回は、リハーサル回りのお話をしようかと。


 これはこれで、たくさんの話題がありまっせ!




 おたのしみに~




 Mizuki Ashida