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天誅組史跡東吉野村へ。2/2

2023年10月18日 07時43分45秒 | ドライブ

10月15日 日曜日 晴曇 2/2
続き・・・

道標 右:小川谷河上道(k16)、左:いせくのま道

文化財(史跡)
伊勢街道道標
江戸時代の十一年(一八二八年)に、建立の?があり上部に常夜灯が、とりつけられている。
高見越え伊勢道、東高野山道に通じる要衝に建てられの交通の様子を示す貴重な史料である
当初の道標は、現在より四米糧前の三叉路の中心に近い道路上に有ったが、 昭和十七年頃、???となり、現在のあたり迄後退させた。
家は、当時紀州で本陣、伝馬所があり、また宇陀地方とを結ぶ交易の中として賑わった。なお 高見越え伊勢街道のなかで遠く江戸 を示す道標としては最西端に位置する。
平成元年三月 指定
東吉野村教育委員会
伝馬所:道の駅飯高駅、道の駅茶倉駅の名称が残っています。
いせくまの道 鷲家郵便局(道標から約50m)
紀州藩陣所跡の石碑。 戻る時に発見!小さくて判りませんでした。

八幡神社 間口の狭い参道。

鷲家川に架かる宮前橋から神社を見る。

本殿手前までしか行けません。後ろには大きな杉。ここで参拝したことにします。

郵便局から約30m。秋祭りの提灯が出されています。白い立て看板=天誅組の遺跡

藤本鉄石(贈正5位)、福浦元吉(贈従5位)の戦士の地 湯ノ谷墓所にお墓がありました。

Uターンをしてk220へ 鷲家川。 紅葉が楽しみです。

天誅組史跡の目印の桃太郎旗。電柱に隠れている白い案内板。鍋島米之助最後の地。

天誅組さきがけの道 島村省吾補縛地 徒歩20分 VOXですので行きます。

文久三年旧九月二十六日払暁、吉村寅太郎の命を受け主将及び本隊の その後の様子を確認する為、木津川より山越して鷲家口に下って来た 森下儀之助、森下幾馬、山下佐吉、山崎吉之助四名の内、森下兄弟は?の谷(市ノ谷)を登りましたが頂上近く紀州街道(赤谷口)に取付 いた時どうしたはずみか兄儀之助は左へ進み小名峠を越して脱出しましたが、 幾馬は右に進み首つり峠を越して鷲家赤谷を下る途中、折か?? 藤堂藩西荘源左衛門の隊に遭遇、その銃弾で戦死しました。
10mほど登って辞めました。舗装をしているようですが?苔がびっしり滑りました。
急坂・・・勇気ある撤退。JAFは呼べません。

k220の交差点に来ました。左折。

k220 趣のある空き家。

天誅組史跡の白い看板

きわめて趣のある家

天誅組遺跡
文久三年旧九月二十四日、天珠組前勢の隊長那須信吾 は碇屋前の彦根陣所を突破して四条儀兵宅前まで進み 彦根の部将大館孫左衛門を手練の槍で討ち取るや直ぐに踵をかえして又碇屋前の敵弾に肉迫した。
此の時碇屋の 格子の間から彦根藩士佐藤長三郎の銃が火を吹いた。
信吾は之に槍を投げつけるなり大刀を引抜いて追ったが 続く二弾三弾に信吾は満身血達磨となり此の附近で無念 の最期を遂げた。
味の店 いかり屋 たばこ ギフト 自動販売機宮業中 たばこ

宝泉寺 天誅義士菩提寺 四郷街道(よごうかいどう)

天誅義士記念石碑

明治谷(みょうじだに)墓所 維新の魁 天誅義士
吉村寅太郎・・・
緒霊 永眠之處
(明治谷)

相当な急な坂ですので何時もの様に行きません。

丹生川上神社中社

丹生川上神社中社 丹生川上に我が宮柱を立てて敬祀らば天下のために甘雨を降らし霖雨(長雨の事)を止めむ」との御神教により、創祀。神社の前は高見川

境内

拝殿

左下段の石燈籠は1264年に造られたもので国の重要文化財

大麻(おおぬさ)「ぬさ」というのは本来神様にお供えする布。日本の大麻は麻薬の効果が無い。

龍玉=願いを込め三度息を吹き込み「東の瀧」に投げ入れる。穢れを取り去り、運気が開ける。

恋うらない。占いの水

樹齢1000年を超える



本殿左側にも大杉

相生の杉(夫婦杉)あちこちに有ります。奈良県の玉置神社にもあったと思います。

願の大杉

神社から100m

R220 丹生川上神社摂社



丹生川上神社
日本最古の水で水神社である。(水神を祭る神社)
祭られた初め は何時代か分からめ位古く、恐らく神 天皇の頃はこの辺りに神式の神として られていた。
最初武守の神として 出されたが天武天皇の時初めて社殿を 建て神社としての形が出来上った、この 以後は天下に良さを振らせ また大石 を止める水神の神徳が上下の人々からに 仰せられてから良時代にかけて歴代 天皇の行幸五十回近くあって、その泊り 給うところか吉野離宮であった。
平安朝 になってから行幸が絶え吉野離宮も荒廃 したので現在の地に神社を移して壮大な る建築に代ったが戦国の狂乱に及び・ 灰墟に帰し僅かに御神はその他の一部が 成のみで往年の影は失なわれた。 近世になって農業耕作に落の窓の神と して一般の信仰が驚くから本初談 新してか刺した。
現在水を最も必要と する電源開発、電力会社及び各都市の 水道方面から篤く信仰されている(補正なし。)

東の瀧 高見川、四郷川、日裏川が交わるところで、日裏川に「東の瀧があります。」

日高川に架かる「夢橋(ゆめはし)」を渡ります。しっかりしていて揺れません。

夢橋から この辺りも紅葉が奇麗でしょう。

一旦東の瀧の上流に上りました。奥にキャンプ場があります。しんどいのでここまで。

赤い橋から東の瀧を見る。ここに「龍玉」を願いを込めて三度息を吹きかけ投げ込めば大願成就!
これ以上願うものがありませんので感謝を込めて写真をパチリ。

滝から「蟻通橋」方向 今回は、七滝八壺には時間がないので行きませんでした。

和歌山県橋本市の秋祭り だんじりを引いています。対向は、500mの渋滞。

史跡、遺跡等いろんな案内板でどれが正しいのか判りませんでした。
まもなく秋の紅葉です。
今回も楽しいツーリングでした。
VOXではちょっと時間がかかりました。
少し体調が良くなりました。
今までの薬が効かなくなったので、来月から抗がん剤が変わります。
※本年1月10日の数値
 CEA     : 623.1 癌細胞または癌に対するからだの反応によって作られ、血液や尿、組織などで増加している物質。
 CAⅠ9-9: 47            治療効果をみるのに役立つ検査です。
10月17日の数値

生きてるだけで丸儲け!感謝!感謝!

終わり