辛苦 オレ一代でいい
今年4月、東京都港区のホテルで開かれた拉致被害者家族会の総会。まな娘を取りもどす活動を続ける父親が、同じ境遇のもう一人の父親をいたわった。
「先が見えない運動だから、命を削ってまでしなくていい。少し休んだほうがいい」
総会の席上、家族会代表の横田滋さん(74)が、体調面を理由に退任の意向を明らかにしたことを受け、拉致被害者・有本恵子さん(当時23歳)の父、明弘さん(79)はそう言葉をかけた。
多くの家族会メンバーの声を代弁していたが、中には「家族会の顔として頑張ってほしい」と慰留する意見も。結局、今年11月までは横田さんが代表を継続することが決まった。
「あの人は10年間先頭を走ってきた。体は相当きついと思うんだが」。苦難の日々を誰よりも理解するだけに、明弘さんは横田さんの体を気遣った。
明弘さんと嘉世子さん(81)の夫妻が、恵子さん救出の活動を始めたのは、1997年の家族会結成より9年も前のことだ。
88年9月、北海道の拉致被害者、石岡亨さん(80年欧州で拉致、当時22歳)の実家に、「有本恵子さんと北朝鮮にいる」と書かれた手紙が届いた。手紙には、同じく拉致被害者の松木薫さん(同、当時26歳)も一緒だと記してあった。
「亡くなったと思い、あきらめかけていた。それが元気だと分かり、いてもたってもいられなくなった」(嘉世子さん)。夫妻は、すぐに国会議員に救出を訴えた。その中で唯一、親身になってくれたのが安倍首相の父、晋太郎氏(故人)の事務所だった。
上京した嘉世子さんを、晋太郎氏の秘書が各省庁を連れて歩いてくれた。何か具体的な成果があったわけではないが、嘉世子さんは「あのころは、みんな拉致と聞くと逃げていた時代だったんです」と振り返る。
和歌山県海南市の総合体育館で6月16日、拉致被害者救出を訴える「国民大集会」が開かれた。政府で拉致問題を担当する中山恭子首相補佐官らも出席し、用意された1500席は満席となる盛況ぶりだった。
「安倍さん以外にだれが拉致問題を真剣にやってくれるのか」。壇上に立つ有本さん夫妻は、北朝鮮との対決姿勢を崩さない安倍首相にエールを送った。
選挙戦のような「演説」に会場からは戸惑いの声も漏れた。だが、明弘さんは「北朝鮮に意見を言える首相を19年間も待ち、ようやく力強い人が現れた。応援する気持ちも分かってほしい」と心情を吐露した。
夫妻には子どもが6人いる。娘が5人で、男は1人。娘たちは嫁ぎ、長男は明弘さんとともに鉄工所で汗を流す。子どもたちは家族会の活動には本格的には参加していないが、恵子さん帰国を願う気持ちは一緒だ。
恵子さんとの再会を夢見て、計19年間も活動してきた夫妻は、会合に顔を出す家族会メンバーの中では最高齢だ。
問題の解決が長引いた場合のことを尋ねると、明弘さんはこう答えた。「経営している鉄工所はおれの息子に継いでもらうことができるが、救出運動は継がせるもんではない。こういう思いをするのはオレ一代でいい」。自分に言い聞かせるような、静かな口調だった。
電脳補完録 拉致問題解決までより
今年4月、東京都港区のホテルで開かれた拉致被害者家族会の総会。まな娘を取りもどす活動を続ける父親が、同じ境遇のもう一人の父親をいたわった。
「先が見えない運動だから、命を削ってまでしなくていい。少し休んだほうがいい」
総会の席上、家族会代表の横田滋さん(74)が、体調面を理由に退任の意向を明らかにしたことを受け、拉致被害者・有本恵子さん(当時23歳)の父、明弘さん(79)はそう言葉をかけた。
多くの家族会メンバーの声を代弁していたが、中には「家族会の顔として頑張ってほしい」と慰留する意見も。結局、今年11月までは横田さんが代表を継続することが決まった。
「あの人は10年間先頭を走ってきた。体は相当きついと思うんだが」。苦難の日々を誰よりも理解するだけに、明弘さんは横田さんの体を気遣った。
明弘さんと嘉世子さん(81)の夫妻が、恵子さん救出の活動を始めたのは、1997年の家族会結成より9年も前のことだ。
88年9月、北海道の拉致被害者、石岡亨さん(80年欧州で拉致、当時22歳)の実家に、「有本恵子さんと北朝鮮にいる」と書かれた手紙が届いた。手紙には、同じく拉致被害者の松木薫さん(同、当時26歳)も一緒だと記してあった。
「亡くなったと思い、あきらめかけていた。それが元気だと分かり、いてもたってもいられなくなった」(嘉世子さん)。夫妻は、すぐに国会議員に救出を訴えた。その中で唯一、親身になってくれたのが安倍首相の父、晋太郎氏(故人)の事務所だった。
上京した嘉世子さんを、晋太郎氏の秘書が各省庁を連れて歩いてくれた。何か具体的な成果があったわけではないが、嘉世子さんは「あのころは、みんな拉致と聞くと逃げていた時代だったんです」と振り返る。
和歌山県海南市の総合体育館で6月16日、拉致被害者救出を訴える「国民大集会」が開かれた。政府で拉致問題を担当する中山恭子首相補佐官らも出席し、用意された1500席は満席となる盛況ぶりだった。
「安倍さん以外にだれが拉致問題を真剣にやってくれるのか」。壇上に立つ有本さん夫妻は、北朝鮮との対決姿勢を崩さない安倍首相にエールを送った。
選挙戦のような「演説」に会場からは戸惑いの声も漏れた。だが、明弘さんは「北朝鮮に意見を言える首相を19年間も待ち、ようやく力強い人が現れた。応援する気持ちも分かってほしい」と心情を吐露した。
夫妻には子どもが6人いる。娘が5人で、男は1人。娘たちは嫁ぎ、長男は明弘さんとともに鉄工所で汗を流す。子どもたちは家族会の活動には本格的には参加していないが、恵子さん帰国を願う気持ちは一緒だ。
恵子さんとの再会を夢見て、計19年間も活動してきた夫妻は、会合に顔を出す家族会メンバーの中では最高齢だ。
問題の解決が長引いた場合のことを尋ねると、明弘さんはこう答えた。「経営している鉄工所はおれの息子に継いでもらうことができるが、救出運動は継がせるもんではない。こういう思いをするのはオレ一代でいい」。自分に言い聞かせるような、静かな口調だった。
電脳補完録 拉致問題解決までより