「困難に敗れる人もいれば、鍛えられる人もいる。最後には天国へ行く事を願い、努力し続ける罪人の魂を斬れるほど鋭い斧はない」。こちらは南アフリカ共和国の政治家で弁護士でもあるネルソン・マンデラ(Nelson Rolihlahla Mandela、1918年7月18日 - 2013年12月5日)氏の名言。同国の8代目大統領でもあった。その名言だが、「鍛錬された人の意思こそ、強いものはない」てなものか?さて今日は休みである。午前中は母の付き添いで病院に行くが、健康は何とか保っているので、その後も元気でいてもらいたいものだ。北野武さんが、こんな事を言っていた。それは、26日放送の「ビートたけしのTVタックル」(テレビ朝日系)での事。番組ではカスタマーハラスメント問題を取り上げており、タクシーの客が運転手に 対して暴言を吐いたり、店に対してクレームをつけることが正しい社会になってしまった風潮について、北野氏曰く「われわれが子どものときは店に文句をつけるのは恥ずかしいことだったからね。昔は『嫌だったら二度と行かなきゃいいんだ。一回はしょうがねえ、いい勉強だよなんて』言ったもんだけどね。二度と行かなきゃいいんだって、なぁなぁにすましていたけど、初めて行った店でこうなったから文句つけるっていうのは、おいらの後の世代だよね」。更には「個人の権利とか言い出して、自分の主張をするようになった。それがいいことなのか悪いことかよくわからないけども、いろいろとトラブルが出るね」とコメントをしていた。(記事元:サンスポ)所詮はそう言う事だと思う。いつの間にか、人の心に余裕の無い世の中になってしまった。
時に「日本人って、こんな民族だったっけ?」と思う事が多々ある。それは学校教育以前の家庭での児童教育に問題があると思うのだが如何なものか?つまり躾(しつけ)だ。子供に対し、極当たり前の物事の善し悪しを教えていない親が増えた感じがしてならないのだ。それは前職が写真屋だったので、その時に気がついた事でもあるのだが、とにかく先生は生徒が何をしようが叱らない。つまりその行為が生徒に対し、カスタマーハラスメントとなるからだが、親にも躾が碌にされていない子供を学校で正さないと「どんな大人になるのやら?」と思う。その結果がその国の民度に影響をするからだ。その後の祭りが、あんな状態な訳で、言うのも面倒だ。こんな言い方も何だが「中国人みたいになってしまうぞ」と。話は変わり訃報だ。経済アナリストの森永卓郎さんが亡くなった。享年67歳、死因は原発不明癌だった。殆ど前日まで仕事をしていたそうだ。御冥福をお祈りする。もうテレビで氏を見れないのは寂しい。自ら癌宣言をしながら普通にテレビやラジオの仕事をした。それも死の前日までだ。「性根が座る」とは、正にこの事か?意思の強さは、時に病魔をも覆す。氏の晩年が、それを証明してくれた。人の一生を振り返った時の「有意義な時間とは?」と自問してしまう。
ビートたけし、深刻化するカスハラ問題に「個人の権利とか言い出して、自分の主張をするようになった」
https://www.sanspo.com/article/20250126-S3WDK5LRHJHBRMHMRJY6L53XDM/
経済アナリスト 森永卓郎さん死去 67歳 がんで闘病公表
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250128/k10014706331000.html
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます