今度の12月23日(土)に開催されるカフェロゴ「霊は存在するか?-カント『視霊者の夢』を読みながら」では、カフェマスター渡部によるカントの議論と、もう一人のマスターぼぶ・れのんによる自身の豊富な心霊体験を交差させながら、テーマについて皆さんとの対話を行います。
とはいえ、みなさん、「ぼぶ・れのんって、誰?」と訝しがっていると思います。
もしかすると、すんごい霊媒師で、俺たち、洗脳されちゃうのかもって思って参加を迷っている人もいらっしゃるかもしれません。
そこで、彼の人となりを紹介したいと思います。
ぼぶ・れのん(以下、ぼぶ)は、僕とほぼ年代が変わらない40半ばのおっさん演劇人です。そして、高校の先生です。
彼は僕より若干年上だった気がしますが、図々しくも一目会ったその瞬間から、「おぉ!わが友よ!(ジャイアン風)」と直観してしまったくらい、ベタ惚れした人です。
とにかく、アツい。アツ苦しいくらい、アツい。そして、そのアツすぎる精神は、時として身体を超越して酷使してしまうほどです。
でも、おもしろい。おもしろすぎる人です。
彼のつくる演劇も、まさにそのイメージ通りのものばかりで、鑑賞していると「あぁ、ぼぶってるなぁ」というものばかりです。
そんな彼は、いつも心霊体験を笑いを誘う語り口でおもしろく語って聞かせてくれます。
僕が、そんな彼の霊能力者としてのスタンスを気に入っているのは、「その場で自分しか霊を見なかった場合には、それは錯覚だと思うようにしている。けれど、同じ場所に居合わせた人が同時に同じ霊現象を見たというときには、そういう存在がいるんだなと思うようにしている」という点です。
とても、謙虚な霊能力者だなぁと思うし、それをドン引きさせないように語れるセンスをもち合わせた人なんです。
その割には、かなりの心霊体験をしているし、とにかくそれが見える人ってなんなんだ!という彼に対する憧憬にも似た思いが、ずっと僕の中にあったわけです。
彼と知り合ったのは、11年前に他界したある親友Kを介してですが、彼と会うと話が止まらない、けれど定期的に合うような関係ではないという不思議な関係です。
エピソードを紹介すると、Kが急逝した後、僕らは郡山のとある喫茶店に集い、10時間Kについて語り合ったことがあります。
ランチでそこのビーフシチュー食べて、ディナーも同じものを食べたとき、そこのマスターから「一日に二度同じものを注文したのは、あんたたちが初めただ」と言われたことがあります。
そんなに語り合えるんだから、しょっちゅう会っているのかといえば、まったくそうではなく、実は、彼と再会するのは震災以来初めてです。
それでも、会った瞬間、まず握手するかハグする仲で、ある意味、彼とはそんなに言葉は必要ないのかもしれないと思うこともあります。
実は、そんな彼と震災後に再開したのは、先日、彼が顧問をする演劇部の公演を観たときでした。
その公園の脚本は、彼自身が書いたものであり、その内容はわれわれをつなげてくれた、亡きKを題材にしたものです。
彼が主催する「こっから座」という演劇集団での初舞台では、涙しながら観入ったものです。
で、終演後、出口で待つ彼と言葉なしに涙ながらにハグしました。
まるで、桜木花道と流川楓が山王工業戦の最後に、思わず握手をしてしまうような感じでした。
そんな彼の作品「ARBがやってきた!」を観た感想の速記録を、以下にアップします。
少しでも彼に興味を抱いた方は、12月23日(土)16:00より、サイトウ洋食店でお待ち申し上げます。
「ARBがやってきた!」
親友ぼぶ・れのんが顧問をする演劇部の発表を鑑賞した。
まだ熱のあるうちに速記で書き残しておく。
この脚本は我々二人にとって忘れがたい友人を物語化したものであり、彼を深く知る人たちにとっては、亡くなった彼が再びよみがえってきたかのような懐かしい印象を受ける物語だ。
仮にその友人をKとしよう。
Kは11年前に突然この世を去った。
あまりにも唐突すぎて、われわれ二人は何が何だかわからなかったような気がする。
その彼が演劇の舞台で、しかも若い高校生たちによって再生されたことは、羨ましくも感銘を受けた。
しかも、その再生されたKはまだ大学新卒の20代である。
Kとは友人だといったが、実は彼は17歳も年上である。
友人ではなく完全に先輩である。
しかし、彼はそんな境界を取り払うおおらかな人だった。
当然、20代の頃の彼の姿など見たことはない。
しかし、彼が酔いながら若かりし頃のほろ苦い教師体験を思い出しながら静かに語る思い出噺は、僕ら若輩者に共鳴を呼び起こさせながら、その見ざる光景をフラッシュバックさせたものだった。
その「見ざる光景」を再現前させたのが、今回のあさか開成高校の「ARBがやってきた」だ。
舞台は1983年のとある高校。
まだロックが不良の代名詞であり、そのライブに行くことそのものが校則違反の対象とされるような時代だ。
ARBは石橋凌をヴォーカルとした社会派ロックバンド。
話は、そのライブを高校生が企画したことを高校側が耳にしたことが発端となる。
ライブ会場へ出入りしないように取り締まりに行こうとする生徒指導部長・権田とベテラン女性教師・西園寺に向かって、「なぜロックがダメなのかわからない」と、その指導に異論を唱える若手講師・夏目。そのあいだに挟まれる若手女性教師(名前、ど忘れしちゃった!)。
なぜロックはダメなのかと納得できない夏目を、生徒指導の常識でたたく権田と西園寺。青臭いともいえる夏目は、そのまんまあだ名が「坊っちゃん」。
厳しい生徒指導ができない教員を蔑む目で見る教員文化があることは、手に取るようにわかるし、いっぽう何かを許容することは一気に秩序の崩壊を招きかねないコワさもがあることもわかる。
だから、権田の中にも夏目の言い分がわからないわけではないところがある。けれど、立場上、学校の常識を激しく振舞わざるを得ないし、むしろベテラン二人はそれが身体化してしまっている。
まだ、当時のスカート指導がミニスカートを下げなさいではなく、「上にあげなさい!」だったという時代性にも笑わされる。
服装の基準なんて時代相対的なものだ。そんなものに、なぜ目を吊り上げて、生徒との関係性を壊してまで躍起にならなきゃならないないだ。
実際に、多くの現役教師はそう思っている。
夏目はあの手この手を使って権田を説得にかかる。
自分だってARBのライブに行きたいから、主催した生徒からライブチケットを購入したともいう。
権田が好きな演歌や西園寺が好きなクラシックとどう違うのか、と説得する。
挙句の果てには、権田が社会科の授業で少数意見を尊重する民主主義を熱く説いていたことを衝いて、この件についてもっと議論することを求める。
若手女性教師は立場の弱い講師である夏目をなだめつつ、自分自身もその生徒指導に納得がいかないことを訴える。
それに対するベテランの答えは、決まって「誰が責任を取るんだ」である。
この場合の責任とは、それをきっかけに学校秩序が崩壊したときにどうするんだ、ということだ。
時代はヤンキーや暴走族が暴れまくっていた時代だ。
その教師側の恐怖心はわからないではない(事実、中学生のころ、僕は教師が中学生に殴られるシーンを何度も見た)。
しかし、夏目はそれだけで生徒たちの芽がつぶされることに納得を示さない。
その中で、夏目の高校演劇部時代の恩師がコンクールを終えた後に、自分の無力さを嘆く夏目に向かって、ビールを一杯飲ませながら叱咤したというエピソードを語るシーンがある。
劇中でも夏目が語るように、高校生に酒を飲ませる教師なんて、世間的には悪い教師である。
しかし、それでも生徒に寄り添うような教師に自分はなりたいと訴える。
青い。まったく青臭い教師観である。
原則を犯してでも生徒に寄り添える教師。
いつでも、そのような教師は生徒に尊敬の混ざなしを受け、同僚に蔑んだ目で見られるものだ。
後者の目に耐えられる現場教員は少数派である。
ややもすると、それは「学校」という世間を知らない「坊っちゃん」としてしか見なされないことに耐えられないことの言い換えである。
だから、若い女性教師は夏目の意見に共感しつつも、最終的には自分自身の考えはないと嘆きながら、ベテラン側に着く。
しかし、最終場面。
ライブ会場見回りが決定し、そこへ向かおうとする西園寺と女性教員に、ふと権田はライブ会場とは異なる会場を、意図的に間違えて伝える。
それぞれが、暗黙の裡に権田の意図を理解する。
どんなに厳格な教師であっても徹頭徹尾原則を曲げないわけではない。
そこに情の備わったある種の理を直感したとき、別の判断を働かせるものだ。
それを担保するのは、もしかしたら権田自身が若いころに同じ葛藤を経験したことにあったのかもしれない、と言ったら読みすぎだろうか。
実際のKの経験は、これとは別だ。
当時、講師だったKは生徒指導部長にライブ会場のなかに生徒がいないか見回りに行けと命じられ、渋々会場の中へ入っていった。
もともと、くだらねぇと思って見回りのふりをするうちに、ついつい自分もARBの音楽に乗って、いつしか手を振り上げてジャンプしていたといっていた。
そこには、夏目のような血気盛んな坊ちゃんのような姿はない。
むしろ、ウジウジと上意に従いつつ、面従腹背のしたたかさも持ち合わせていないけれど、どこか底抜けの行動に転じてしまうKの人柄がにじみ出てしまっている。
この演劇でのやりとりをKが経験したわけではないだろう。
しかし、理不尽な生徒指導に直面したKの頭の中では、このようなやりとりがあったのかもしれない。
いや、少しでも一方的な原理主義の生徒指導に違和感を覚える教師は、すべからくこのような葛藤を心の劇中で繰り広げているのだろうと思う。
「ARBがやってきた」の秀逸さは、それを演劇によって再現したことだ。
正確には覚えていないが、ある審査委員が、激しい言葉のやり取りや過剰ともいえる演技に対し、乱痴気騒ぎで子どもっぽさと評した。
もっと現実の教師は、あんなにあけすけに意見をぶつけ合っているはずもないし、演劇はリアルを求めていかなければいけないみたいなことも述べていた。
現実の生徒指導協議の場面が、あのような激しさになるわけがないのは当然である。
しかし、そのリアルとは別のリアルがあることを示すのが、文学であり演劇ではないのだろうか。
この演劇はある種の戯画化であり、戯画化しなければならないほどくだらない事をまじめに遂行しようとする教師の原理主義を相対化するためには、最高の起爆剤なのである。
なにより、当の指導対象たる高校生たちが、指導する主体の内側に入って演じるということは、彼らにとっても指導主体の論理を考える機会なのではないか。
そこから思考や対話の可能性は開ける。
逆に、この作品は教師が見て、感情や心をざわつかせた方がいい。
それは、単にかつて自分の中にあった「坊っちゃん」の青臭さを懐かしむのではなく、自分の中にもある違和感をよみがえらせるためである。
そして、本当はあの劇中の4人のようにアツく議論を交わしたうえで、納得して前へ進みたいという思いを想い起すためにである。
あさか開成高校の演劇部部員の演技は「見事」という言葉しか見当たらなかった。
幕が上がった冒頭、ライブに熱狂する若者を演じる迫力はすごかった。
朝から抱いていたもやもや感が奪われ、一気に劇中に引きずり込まれた。
4名の教員役途中から「現場の教員」にしか見えなかった。
それぞれのセリフのテンポも絶妙であり、一瞬たりとも気を抜ける場面がなかった気がする。
不思議なのは、個人的にKやぼぶを知っているからなのだろうか。
権田の叫ぶセリフはぼぶの叫びにしか聞こえないし、彼の葛藤はKとぼぶの葛藤にしか聞こえない。
若かりしころのKは、夏目のような清廉さがあったようには思えないし、もっとじめじめとしていたであろうはずなのに、そのセリフはKの言葉そのものであったように思う。そして、それは同時にぼぶの言葉であるように。
権田と夏目の取っ組み合いは、いつのまにか、するはずもないKとぼぶの取っ組み合いのようにも見え、そこには二人の演技のはずなのに4人の姿が混在して乱闘しているかのような不思議な光景を何度も何度も見た気がする。
偶然、ぼぶと開演前に言葉を交わす機会があった。
ぼぶはKからもらったという額入りの絵を持参してきていた。
まるで遺影だ。
でも、ぼぶにとって、Kはまだまだ死んでいないどころか、何度でもこの作品によって再生されている。
今度は、ぼぶがこの作品によって何度でも何度でもこの世界に二人いっしょに再生されていくのだろう。
心の底から、この物語られる二人が羨ましいと思った。(渡部 純)
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