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映画「林竹二の授業」を語る会・記録①

2024-12-08 | 教育

映画「林竹二の授業」を語る会@如春荘 2024年11月25 日(140mins)
◎「林竹二の授業」上映実行委員
【阿部】 阿部泰宏(フォーラム福島支配人) 
【中村】 中村 晋(高校国語科教諭)
【林】   林 薫平(福島大学食農学類准教授)
【渡部】 渡部 純(高校公民科教諭)
◎ゲスト 
【宮前】 宮前 貢(みやさき みつぐ)

※以下、発言された参加者はアルファベッドで表記した。プライバシーにかかわる発言は部分的に割愛した。聞き取りにくい部分や意味が取りにくい部分は適宜加筆修正を施した。

阿部:
 以前、今回の(林竹二の授業記録映画「ビーバー」、「カマラとアマラ」、「開国」)3本を上映したんですけども、あのときの反響というのがすごく、自分の中で印象に残っておりました。見終わった後に劇場内のロビーあちこちに島ができて、見終わったお客さんたちが激論を交わしてる光景があったんです。ちょっと耳を傾けてみますと皆さん、多分学校の教員の方らしくて、「今のどう思う?」みたいな感じであちこちでこういう議論が起きてるんですね。あれはすごく自分の中で印象的で、やはりあの公開されるべき映画だなと思ったんです。そこから僕も林竹二を読むようにはなったんですけど、自分は全然門外漢ですので。
 あれから30年経って、自分ももうそろそろキャリアの終わりに来てる。今思うのは、70年代80年代とか、あの辺りのサブカルチャーも含めた文化文物っていうものが、今マーケットになりつつあるんですね。果たして、あの時代のいろんな物言いとか、あとはそういったカルチャーとか、芸術も、あらゆるものが、果たして今この現代に本当にどこまでアクチュアルなのだろうかっていうのがあって、今古い映画をちょこちょこスポット当てていきたいなって思ってる中で、今日はこの林竹二の授業をやってみようと企画したわけなんです。忌憚のない意見の交換ができたらいいなというふうに思ってます。
前置き長くなってしまったんですけど、今日はどうもよろしくお願いします。はい。今渡部さんがおっしゃったように、我々4人で企画したんですけどちょっと中村さんから一言お願いします。

中村:
  実行委員の一人として名前が挙がってました中村です。普段は、そこの森合の工業高校に勤めてまして定時制の方で学んでいます。学んでるというか教えています。教えながら学ぶという感じなんですけども、阿部さんにこういう映画があるんだけどもってきた言われたときに、私も定時制の方で長く教えてるというか、震災前に一回同じ学校でやってましてその頃はかなり荒れてていて、生徒も大変だったんですけども、そのときに、あの林竹二の本 を読んで学ぶことを教えることとは一体何なのかってことを非常に考えさせられた。それがやっぱりずっと残ってましたので、その話を聞いたときにはぜひ映像の中でもいいので、その肉声を聞いてみたい。そんなことで協力できればなと思って、今回実行委員をさせていただきました。本当に今日学ぶことが多いかなと思いますので、いろんな話し合いができればなと思いますよろしくお願いします。

林:
  皆さん、こんにちは。福島大で農業、林業を教えています林と申します。私もこのフォーラム福島から如春荘で深く語り合いながらテーマを味わうカフェロゴさんに繋げてもらい、前回の『越後奥三面』(姫野忠義監督)という民俗学の作品を語る会のときから一緒に参加させてもらってます。
 私は農業の歴史や農村の歴史などを勉強してる中で、田中正造さんのことを研究してるうちに、その田中正造研究の中ですごく個性的な議論の仕方をしている林竹二さんを知り、若い頃から一方的にどういう方なんだろうかと思って本を読んできました。今日いくつか資料を持ってきました。
 林先生っていうのは、最初は東北大学で哲学を教えながら、教育行政に対して少し批判的なスタンスをとって議論をしていくようなお仕事をされて、その後一つの転換点を迎える。それが宮城教育大移った後ですね。全国の小学校とか、定時制高校などで授業をしてまわる第二の人生で、さらに僕自身の感じ方からするとその中でも前半と後半があって、前半は小学校が多いです。後で宮前先生にお話しいただきますが、郡山の白石小学校を始めとして小学校での出前講義始めて、そのまた後半に湊川と出会うということが起こるわけです。そこからいわば、社会の中ですごく取り残された世界ででも、授業の仕方によっては、その青年たちの生き生きとした表情を引き出せるという。これが林先生が最後にたどり着いたところだったなと思います。そのときに、ようやく林先生は田中正造研究をまとめる踏ん切りがついたんですよ。それまでの断片的な考察や色んな雑誌に書いていた短文を、湊川に出会ったときに、田中正造のこともわかったという逆の現象が起こると、私自身は思ってます。
 ですので、今日のテーマである学校で授業をしていくということと、竹二先生の田中正造を終生追い求めたということが林先生の中では、裏表で繋がってたということですね。皆さんの「人間について」の授業を見た感想などを共有しながら、私自身も勉強させてもらいたいと思ってます。はい、よろしくお願いします。

渡部:
 渡部です。普段は福島市内の高校で社会科(公民科)の教員をやっています。実は、薫平さんがおっしゃっていた湊川の授業実践の本(『教育の再生をもとめて』・筑摩書房)というのは、僕が学生時代にずっと読んでいた本です。僕は教員養成学部出身ですが、割と教員養成学部だと林竹二の実践は当たり前に知っている話なんです。特に僕の6歳ぐらい上の先輩が田中正造を研究していて、林竹二の授業を熱く語る人がいました。でも、その熱さがいまいちよくわからないというのがずっと印象に残ってました。
 今回の映画上映の話は、中村さんと阿部さんの間で出たのですが、その時期に、実は僕、若干鬱気味だったんです。僕はいわゆる進学校というところに勤め始めて6年目なんですね。それまでは実業系の高校をまわって、やんちゃな生徒たちを追っかけまわしたりしていたんですが、でも、授業だけは唯一救いでした。生徒の反応があって楽しかったんです。ところが、いわゆる進学校に来てみたら、もう2、3ヶ月で円形脱毛症になってしまいました。というのは、詰め込み教育と課外、課題のオンパレードで、国公立にとにかく100人以上いれるとか、そんな僕が高校生の頃に言われていた昭和の価値観の教育が令和の時代になってもまだやっていることに我慢がならなくて、精神的に追い詰められて円形脱毛症になったんです。それでも、まぁなんとか耐えながら5年間やってきたんですけれども、とうとうですね、この春にもうやってられない思いになっていた。そんな時に、ふと本棚にあった、この『教育の再生をもとめて』を手にしたときに救われたんです。
 その一部が今日お渡しした資料にありますが、この中の9ページに4行目あたりに「教師は子どもたちの不幸に対して自分に加害責任のあることほとんど気づいていない」とあります。僕は、よく課外授業の「課外」を「加害」と読み替えて言うのですが、それを職場で共有できる人がいなかった。まぁ、去年あたりからちょっとずつ仲間は増えてきてはいるんですが。そんな絶望していたときに、林竹二に再び出会った。そのときに阿部さんと中村さんが上映会をしようという話がドンピシャリにあって、そこに薫平さんが加わって上映会をしようとことになったわけです。
 薫平さんもおっしゃった湊川での授業実践というのは、底辺の高校生たちにも授業が通じるんだっていうことに意義があったかと思うんですが、それが一周まわって今、進学校と言われるところの子どもたちや教員にこそ、こういう話が必要だなと思っています。ただ、今日はあの映画を見てですね、自分の中でいろいろ問題含みの授業だなという感想をもった部分もありますので、そういった話を皆さんと共有できればいいかなと思っています。よろしくお願いします。

阿部:
 はい。基本的には皆さんも自由にも発言していただくような形をとっていきたいなと思ってるんですけど、ちょっとその前にご紹介したい方がいます。実は林竹二が初めて退官後に小学校で授業をされるにあたってスタートになったのが、福島県郡山市にある白岩小学校っていうところなんですね。薫平さんがそこにちょっと関心をもって、その白岩小学校で林竹二を呼んだ元教員の方をいろいろ調べていただいたところ、そのとき林竹二の愛弟子だったという宮前貢さんに今日来ていただいています。薫平さんからちょっとご紹介していただいていいですか。

林:
 本によれば、郡山市の白岩小学校での授業は1971年2月です。林先生は自分が大学院で教えていた宮前という先生が、若い先生として働いてるところだから、そこにまず行ってみたということを書かれてましたので、郡山の教育委員会に連絡とって、この人まだ生きてますかと聞いてみました。宮前先生は、最後は金透小学校の校長先生までされた方なんですけど、まだご健在でしょうかっていうことを聞いたら、生きてるも何もご健在で、なおかつ退職後に福島大学で教授やってるじゃないですか、あなたのとこにいるじゃないですかって言われました。その後、阿部さんと一緒に宮前先生のところにお会いしにいったところ、今日の映画鑑賞とこちらの哲学カフェにもご参加いただけることになりました。
 宮前先生は1970年度、71年度に白岩小学校小学校の6年生の担任の先生をされていました。だから、林竹二先生が宮教大に行った最初の時期ですね。70年代だから、林竹二先生としては東北大時代の仕事が一段落して、少し動けるような状況になっていた。多分大学紛争でバリケードをしたっていうハードな時期が少し落ち着いた頃だったのかなと思うんですけど、宮前先生に当時のそのクラスの様子と、後に活字になって有名になりましたけども、生徒たちの全員分の感想文の現物をまだ保存していらっしゃいましたので、そのようなエピソードを含めて今日共有していただけるということになり、二本松から遠路お越しいただきました。

宮前貢:
 どうも皆さんこんにちは。いつの間にか83歳になってました。実は私、東北大学大学院で林竹二先生のご指導をいただいて、それで小学校の先生になりたいと、福島県の石川町立山形小学校という小さな小学校に赴任しました。その後、郡山市立白岩小に勤めて、5年生と6年生を受け持っていて、6年生のときに林先生が「君のところにぜひ行って授業やりたい」という話をくださった。私としては大変驚いたし、「君が小学校の先生になるってことだから、ぜひ学校に行って応援したいんだ」という思いが林先生にはあって、あの白岩小学校に来てくださったんですね。
 実は、今日の映画を見に見て、子どもが書いた感想文の中に、こういう感想があったのを思い出しました。ちょっと読みますね。「林先生との一時間は宮前先生とちがって、目も先生の方を向きっきりで意見もズバズバと思い浮かぶし、喋るときはあるけど、宮前先生のときとは大違いです」。この感想のように本当にね、私と林先生の授業との違いをズバズバ言います。それで、今日の授業を見たときに、子どもたちが本気になって林先生の問いかけに対応して頑張ってる姿を改めて見せていただいて、そうなんだよな、これが林先生の授業なんだよなってことを改めて思い、いろいろお話したいことがあります。
 後でお話したいと思うんですけれど、こういう企画に、これだけの先生方が集まってくださっているということは、私はすごいことだと思ってます。小中高校の先生、先輩の先生とご一緒してね、林先生の授業からいろいろ学びたい、あるいは学んだことはこういうことだ、これからやっぱりこうあるべきじゃないかっていうような話がね、できればすごく素晴らしい会議になるなと思います。どうぞよろしくお願いします。

阿部:
 はい。ありがとうございます。どなたから発言されたい方いらしたら、挙手いただきたいんですけど。多分、今日はほとんどの方が教職員の方が多いのかなと思いますが、僕のような一般人っていうのが割と少ないと思うんで、我々一般市民とちょっと的な感じなんですけども。逆に僕からお聞きしたいんですけど、先生方は今の映画を多分見て、どういう所感を持たれたのか、忌憚のない意見をちょっと伺いたいんですね。渡部さん、今ちょっといろいろ問題含みだなっていうふうに言ったと思うんですけど、そこの部分もちょっとお聞きしたいんですけれど、いいですか?

渡部:
 問題含みの話は後でもいいかなと思います。僕は、やっぱり24年間教員をやって、授業をやってきたのですが、いま勤めている進学校の生徒に「なんでこんなに疲れてるんだろう」、「何でこんなにみんな目が死んでるのかな」という印象が一番にあります。僕も下手な授業ですけどね、授業をやっていて自分がおもしろいなって思うものをやると、こういう眼差し(※林竹二の授業を受けた児童の眼差しを写した写真)で見てくれる瞬間があって、それがあるから教員をやめられないでいるんです。でも、正直にいうと、今日の映画に映っていた児童の微動だにしない集中した眼差しで授業を受ける授業って、ありうるんだろうかというのが正直な印象と驚きです。あのままの(林竹二の)授業をうちの生徒にやったら、たぶん生徒全員が寝るんじゃないかなと感じたのですけれど、小学校5年生6年生って、こういうことはありうるんですか?(小学校の先生へマイクを渡す)

参加者A:
 はい。同じ感想を持ってました。ちょうど映っていた子どもたちは、多分、私と同じぐらいの年代だと思います。今私は50代後半ですけれども、自分もあの小学5年生、6年生だったときはあんなんだったんだなと思います。
 林先生の授業は、いわゆる講義形式ですよね。子どもたちは他に書く作業もないし、ずっと聞いている。45分間聞いてるっていう授業。あれを今やったらすごい怒られると思います。子どもたちも残念ながらついてこれないんじゃないかなっていうふうには思います。だから今一番、授業のスタイルとしてはやってはならない、そういうスタイルだと思います。もちろん、授業内容はおもしろいと思いますけれども、今の子どもたちはおそらくついてこれないんだろうなっていうのが正直な感想です。
 学習内容的は、特に「開国」の授業は小学6年生にとっては相当高度ですよね。私は聞いておもしろかったですけれども、高校生でもいいぐらいのテーマと内容じゃないですかね。中学生や高校生にするくらいだと思います。だから、最後の感想で子どもたちが言ってました。別に嘘を言っていたとは思いませんけれども、どれだけの子がどれぐらい理解をしていたのか。でも、それは大人がいう理解で、彼らは彼らなりの理解とかおもしろさを感じ取っていたんだろうなというふうには思います。
 林先生がどれぐらいのことを子どもたちに狙っていたのか。自分の言ってることが全部そういうふうに理解してほしいということではなくて、何かその知識を獲得する上でその刺激だとか、学ぶことの楽しさとかそういうことを掴んでもらいたいという思いだったりするのかなと思いますけれども。あの授業スタイルっていうのは、本当に昭和の感じで、あの当時の子どもたちは、すごいわきまえてたなって思います。だから驚きました。

渡部:
 僕が林竹二に今年ずっとはまってる理由の一つに、彼の著作集に入っている授業論があるんですよね。そこで、授業は子どもたちの学びを組織化するとか、子どもの主体性を組織化するっていうことが強調されています。それは今でこそ当たり前のように言われてるけれど、やっぱりそれでも僕はやっぱりそういうことだよなって思っています。今回の竹二さんの授業を見たときに、ずっと子どもたちがすごい真剣な目で彼を見てるけども、あの反応をどう受け止めればいいのか自分の中でまだ咀嚼できてないですね。

参加者A:
 例えば、大村はまさんの授業なんかは、もっと子どもたちが動きますよね、ああいう授業だと。

参加者B:
 授業のことを言いますと、授業の形っていいますかね、たしかにあれは教師主導という形にしか見えないかもしれません。しかし、ここでやっぱり教育的な解釈をしてみる必要があるのかなっていうふうに思います。というのは、指導の中に水平的指導というのがあります。それはですね、子どもたちの意見をいっぱい引き出してそれを繋いでっていうことです。それからもう一つ、垂直的指導っていうのがありますが、それは教師が引き上げていくっていうことですね。そこを組み合わせていくっていうのが、私が教育に携わっている学生や生徒、子どもたちにとってすごく大事なことなのかなというふうに思っておりました。
 今日の表情を見てみますと、あの表情とそれから林先生の授業の投げかけが一緒に出てくるんですね。どういう投げかけをしたときにどんな表情をするのかっていうことを丁寧に拾っていると思います。今日のドキュメンタリーですね、私考えましたのは、先生は一方的に話してるようなんだけれども子どもたちはそれどういうふうに受け取ってるのかって考えたときに、私はですね、わからないところもあるけどわかるところもある。しかし、自分で深いところまでいってそれを繋いでいるのがあの子どもたちの真剣な表情なのかなと思う。表情が崩れないですよ。なんか深くなればなるほど、いい表情になっていくっていうのを林先生の授業の中の特色だと思いますね。
 難しい言葉がたくさん出てきます。阿部正弘(大老)のこととか、自分のところ(沖縄)にペリーが来たとか、そういうことを繋ぎながら、自分で納得をして、深いところに行こうとしている姿が、今日の授業の子どもたちの表情だったんではないのかなっていうふうに思いました。
 今、いろんな授業を見せていただきますと、どうしてもですね、形といいますか、子どもたちは授業でタブレットを見ていろんなことをやりながらっていうことになりますけど、それで本当に深いところに行けるのかって言ったときに、教員はやっぱりここで引き上げているのか。子どもたちに任せてはいないのかっていうところです。あえてここで教員が出て、引き上げてやる必要はないのか。そんなことで、みんなOK、OKって言ってですね、子どもたちが喜んで、今日はいい授業だって言って、みんな先生方は言うんだけれど、本当に深められたのかという納得は、授業者が負うべきなのかなっていうふうに思いました。林先生はそれを自分で課して、あえてあの難しいことを子どもたちに投げかけているのかなということもたちがそれを引き取っている表情がこの授業の中に出ているのかなというふうに、私は今思っておりました。
 さきほど「解釈」という言葉を使ってしまったんですが、それを取り消します。「解釈」なんていうことを、そんな軽々しいことではなくてですね、私がその授業を見たときの「思い」です。

阿部:
 今のお話を受けてですね、30年前には僕が見たときにはストレートに、そのまま子どもの表情いいなっていうふうに思ったんですけれど、改めて見直したときに若干違和感を持ったものがあります。それは何かというと、今ってアクティブ・ラーニングっていう言葉があって、何か一方通行じゃなくて双方向のやり取りっていうのがすごく大事だ、みたいなことを聞いたことあるんですよ。それに照らすと、あのスタイルというのは果たして今、Aさんが今言われたように、あの授業をやったら怒られちゃうじゃないですけど、そういうことでよかったんですか?そこら辺に関しては皆さんやっぱり違和感を持ったりされるんですけど、教員の方はどうですか?

渡部:
 僕は福島大学で教えることもあるのですが、アクティブ・ラーニングなんて内容がなかったら何も教えないのと同じだ、と学生に伝えます。教材がまずあって、それで生徒が動くのだという話をとにかくするんですね。教材を徹底して勉強しなきゃ駄目なんだってことは、まさに林竹二が言ってることなんだけど、それを学生に言ったら、「そんなこと言ったのは先生が初めてです」という感想をもらったことがあります。つまり、福大の教職科目担当の先生は、ほぼ全員が「とにかくアクティブ・ラーニングなんだ」と連呼し、子どもを動かすことだけを強調して要求する。教材研究のことなんて言われたことないですっていうんですね。今おっしゃった垂直的な授業も教材があって初めて可能になるものだと思うんです。その研究を授業者がどれだけ深めてるかが重要なのだと思うんです。そこがやっぱり徹底されてないと絶対にアクティブ・ラーニングなんてできないよなという思いはすごくあります。

参加者B:
 深いところにいってるかどうかっていうのは、林先生は多分ね、表情を見ながら、顔を見ながら進めてる。そこで自分の教材研究した教材をどう投入していったらいいのかっていうと、組み替えたり、ここでずっと教えた方がいいなとか、多分頭の中ではもうずっと葛藤しながら、しかしその表情に後押しされながら進めていったのかなっていう感じはしておりました。

参加者D:
 映画を拝見しました。子どもたちが全員寝てないのがすごいっていう話が出ましたが、私は定年退職後に福大で200人の履修者がいる日本国憲法を教えているんですが、日々悩んでおりまして、それもあってこういうものにも触れてみたいなと思ってきました。
それで、私なりのいろんなツッコミがありました。それは子どもたちが感想で言ってましたよね。「今日は偉い先生の授業を受けるんだ」というのと、あと「映画を撮ってるからすごく緊張したし、頑張った」という感想。あれは本当に正直な感想で、それが授業のすべてだったとは思わなかった。それから、ゴーという音が途中に聞こえたときは、あそこが那覇の久茂地であるっていうことで、もしかしてこれ戦闘機の音かななんて思いながら拝見していました。でも、子どもたちが中学年のときには誰も眼鏡かけてなかったのに、高学年に上がったら3人ほど眼鏡かけてたって、これもその当時の時代を反映してるのかななんて思いました。
 いろんなお話が出てましたけど、私も桜の聖母短期大学で教えてるときに、まさにキャリア教育の中に、アクティブ・ラーニングを入れなきゃいけないっていうことで、英語学科の責任者でもあったので、そうした領域について法学が専門なんですけど、短大は何でもやらされたのでいろいろな大学に行って研究してきたんです。そのときにしみじみ感じたのは、確かに喋れるようになったり、プレゼン能力が高まるんですよ。でも、知識が乏しい。そこがなければ、何の説得力を持たないっていうのをしみじみ感じて、学生たちへ伝えてきました。
 幸いなことに、みんな素直なのでよく勉強してくれて、編入も20人ぐらい国立大学に入っていったりして、そういう達成感はあったんですけれども、今、福大ではちょっと悩み多きところです。ネットの影響があまりにも強すぎて、今週の授業では象徴天皇制を取り上げて、自分の気づきとか、感想でもいいし、思うことを書きなさいっていうリアクションペーパー200人分を毎週見るのはつらいんですけど、頑張っております。私は授業で丁寧に資料も作って説明したはずなのに、「これは日本の伝統である文化である。崩しちゃいけない」っていう強硬な意見とか、それから私が「授業の中で慰霊の旅って言ってるけれども、むざむざと死ななければならなかった若者の家族がね、遺族がその慰霊の旅で本当に喜ぶのかどうかっていうような意見もあります」って意見があったんですよ。そういう意見も世の中にはありますと言ったことについて不届きだって。あの人たちの死があったから、平和な日本があるのに、ああいうことは口にするべきではないっていうのが何人か出てきて、すごくびっくりしました。
 こういう中で、私は常に伝えてるのは、私はもうそのうち死ぬけれども、皆さんがこの21世紀を生きていく上でいろんなこと考えなきゃならないことがたくさんあるんだよっていうスタンスで、日本国憲法の条文を一つ一つ丁寧に見ていってるんですけれども、なかなか難しい壁もあるっていうことで、改めて過去からのいろんな教育方法とかいろんな先生方のいろんな理論に学びつつ、丁寧にやっていきたいなと思ったので、今回の映画は、私なりの学びもあるところでした。今日はいろんな方々のお話が聞けたので楽しみにしてまいりました。以上です。


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