カトリック情報 Catholics in Japan

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◆20、「わたし教皇様を見たの・・・」

2016-07-09 06:43:51 | ファティマの聖母

アントニオ・アウグスト・ボレッリ・マシャド著(成相明人神父訳)『ファチマの聖母』1997年(原著初版1975年)


★ 三章 数回にわたる私的示現

 ご出現の後、フランシスコと特にジャシンタが地上で過ごしたほんのわずかな期間中、そしてご出現があった期間中さえも、彼らは何回か個人的示現を受けています。ジャシンタに恵まれた示現の主なものをここに紹介しましょう。

◆20、「わたし教皇様を見たの・・・」

 ある日の正午頃、ルシアの家の井戸のそばでジャシンタはルシアに「ね一。あんた教皇様を見なかった?」と聞いたものです。

 「いいえ」

 「どのようにしてかは言えないけれど、わたし教皇様が大きな家にいらっしゃるのを見たの。テーブルの脇にひざまずいてらっしゃつたわ。手を顔に当てて泣いてらっしゃつたのよ。家の外にはたくさん人がいて、その中のある人たちは教皇様に石を投げつけていたわ。教皇様をのろったり、ののしったりしている人たちもいたわよ。おかわいそうな教皇様!わたしたち教皇様のためにたくさん祈らなければいけないわね」(回想録3の228ページ、デ・マルキ98-99ページ、ウォルシュ85ぺージ、アイレス・ダ・フォンセカ137ページ参照)。

 一九一七年夏のある午後、子供たちがカベソの丘の玉石に座っていたとき、ジャシンタは突然天使から教わっていた祈りを唱え始めました。そして深い沈黙の後ルシアに言いました。
 「大通り、路地、野原で、おなかがすいているのに食べ物が何もないので泣いている人たちがたくさんいるのが見えない?教皇様はマリア様の汚れない御心のご像の前で祈っていらっしゃるわ。たくさんの人たちも一緒に」(回想録3の228ページ、デ・マルキ99ぺージ、ウォルシュ84ぺージ、アイレス・ダ・フォンセ137ぺージ参照)。

 ある日ジャシンタの家でルシアは彼女が何か深く物思いに沈んでいるのを見て聞きました。

 「ジャシンタ、あんた何考えてるの?」。

 「次の戦争よ。たくさんの人たちが死ぬわよ。そしてほとんどの人たちが地獄に行くの。たくさんの家が焼け、たくさんの神父様たちも殺されるのよ。いいこと?わたしは天国に行くわ。このことがすべて起こる前、夜、天に光が現れるってマリア様がおっしゃったわよね?あんたも天国に逃げておいでよ」(回想録3の228ぺージ、デ・マルキ238ぺージ、ウォルシュ85ぺージ、アイレス・ダ・フォンセカ161ー162ぺージ参照)。

◆21、ジャシンタが見た最後の示現

2016-07-09 06:42:42 | ファティマの聖母

アントニオ・アウグスト・ボレッリ・マシャド著(成相明人神父訳)『ファチマの聖母』1997年(原著初版1975年)

◆21、ジャシンタが見た最後の示現

 一九一八年十月の終わり、フランシスコとジャシンタはほぼ同時に病気になりました。ルシアが二人を見舞ったとき、ジャシンタは実に嬉しそうな顔をしていたのです。彼女はその訳を以下のようにルシアに説明しました。

 「マリア様がわたしたちを見舞って下さったの。もうすぐフランシスコを天国に連れて行くっておっしゃったわよ。マリア様はわたしにもつと罪人の回心のために祈りたいかって聞かれたの。わたしは『はい』って返事したわ。するとマリア様はわたしが病院に連れて行かれて、そこでとっても苦しむっておっしゃったのよ。だけど罪人の回心のために捧げるその苦しみは汚れない御心に反して犯される罪の償いとイエズス様への愛のしるしになるんですって。わたしは、あんたもわたしと一緒に天国に行くことになるだろうかって聞いたのよ。マリア様は違うっておっしゃったわ。それが一番残念だった。わたしを病院に連れて行くのはお母さんですって。それからわたしはそこに一人っきりで残るの」(回想録1の70ぺージ、デ・マルキ227ぺージ、ウォルシュ146ページ、アイレス・ダ・フォンセカ153ぺージ参照)。

 ルシアは彼らが病気だったとき、しばしば見舞いに行っています。彼らは自分たちが主役を務めることになったあの出来事について何時間も話し合うものでした。ここにジャシンタの言ったことの中のいくつかを再現してみましょう。

 「もうすぐわたしは天国に行くわ。あんたはここに残って、世界にマリア様の汚れない御心の信心を広める神様の望みを知らせることになるんだわ。あんたが話すときが来たら隠れたりしたら駄目よ。みんなに言ってちょうだい。神様はそのお恵みを、マリア様の汚れない御心を通じてわたしたちに下さること、人々はマリア様の助けを願うべきであること、イエズス様の聖心はマリア様の御心もご自分と同様に尊敬されることを望んでいらっしゃること、人々はマリア様の汚れない御心から平和を祈り求めなければならないことを。だって神様はマリア様に世界の平和をお任せになったんだから。わたしの胸の中で燃えているこの炎をみんなの心に分けて上げたいわ。イエズス様の聖心とマリア様の汚れない御心をこんなに愛することができるようになるこの炎を」(回想録3の234ページ、デ・マルキ224ページ、ウォルシュ156ページ参照)。

 「わたしたちの主はとても悲しんでいらっしゃるのよ。だってマリア様が、主はすでにひどく傷つけられているのだから、もうこれ以上傷つけられてはいけないってわたしたちに言われたのにだれも気にしないんだもの。人々は同じ罪を犯し続けているじゃない?」(回想録3の236ぺージ、デ・マルキ243ぺージ、ウォルシュ157ぺージ参照)。

 一九一九年十二月の終わり、聖母は再びジャシンタにご出現になりました。以下は彼女がその様子をルシアに語ったときの記録です。

 「マリア様は、わたしがリスボンの別の病院に行くことになるっておっしゃったわよ。そして、もうあんたとも、お父さん、お母さんとも会うことができないんだって。わたしはたくさん苦しんでから死ぬのよ。だけど怖がってはいけないって。マリア様がわたしを天国に連れて行くためにいつもそばにいるからって」(回想録1の74、76ページ、デ・マルキ245ぺージ、ウォルシュ157ぺージ、アイレス・ダ・フォンセカ162ぺージ参照)。

◆22、「だれからこんなことを全部教わったの?」

2016-07-09 06:41:59 | ファティマの聖母

アントニオ・アウグスト・ボレッリ・マシャド著(成相明人神父訳)『ファチマの聖母』1997年(原著初版1975年)

◆22、「だれからこんなことを全部教わったの?」

 リスボンに連れて行かれたジャシンタはまず奇跡の聖母教会の隣にあった孤児院に収容され、その後ドナ・エステファニア病院に入院しました。その際彼女の面倒を見たのはマードレ・マリア・ダ・プリフィカソン・ゴヂンニョでした。彼女がー常に、聞き取ったとおりとは言えませんがージャシンタの最後の言葉を書き取ってくれていました。預言者的色合いがあり、深い洞察と教えを含む彼女の最後の言葉のいくつかを以下に紹介しましょう。デ・マルキ神父は主題別に分類した上で発表してくれています。


◆ 戦争について

 「マリア様は世界に戦争と争いがたくさんあるとおっしゃいました」
 「戦争は世の罪に対する天罰以外の何物でもありません」
 「マリア様は、御子がこの世の上に振り上げた腕をもう止めることができません。償いをしなければいけません。もし人々が生き方を変えるなら主はこの世を許して下さるかもしれません。しかし、もしそうしなければ天罰が下るでしょう」
 「主はポルトガルで犯されている罪と犯罪にとても怒っていらっしゃいます。そのためにわたしたらの国、特にリスボンは社会の大変動のために苦しむことになります。無政府主義もしくは共産主義による内乱が起こって略奪、暗殺、火災、その他いろいろな災難が伴うでしょう。首都は本当に地獄のようになってしまうので、神の正義が怒りの中にそれほど恐ろしい天罰を下すとき、できる人は皆この町から逃れなさい。今預言されているこの天罰は少しずつそしてそれなりに用心深く発表されるべきです」(デ・マルキ225ページ、ウォルシュ160-161ページ参照)。

 「もし人々がその生き方を変えないのなら、今まで人々が経験したこともないような天罰が世界に下されます。それはまず・・・スペインに下されることでしょう」(デ・マルキ92ページ参照)。

 ジャシンタは「一九四〇年頃起こる世界的な大事件」についても語っています(デ・マルキ92ページ参照)。

◆23、司祭と統治者について

2016-07-09 06:41:36 | ファティマの聖母

アントニオ・アウグスト・ボレッリ・マシャド著(成相明人神父訳)『ファチマの聖母』1997年(原著初版1975年)

◆23、司祭と統治者について

 「母様、罪人のために祈って下さい。司祭たちと修道者たちのためにたくさん祈って下さい。司祭たちは教会のことに専念しなければなりません。司祭たちは純潔を大事に、とっても大事にしなければなりません。司祭たちや修道者たちが長上や教皇様たちに不従順であるとき彼らは神様にひどく背きます」

 「母様、国を治める人たちのために祈って下さい。わたしたちの主の教会を迫害するものたちはのろわれます。教会をわずらわさず聖なる信仰に自由を与える政府は神の祝福を受けます」(デ・マルキ255-256ページ、ウォルシュ161ページ)。



23「母様」(原語では"Madrinha"つまり「代母」)というのは、孤児院の子供たちがマードレ・ゴジンニョにつけた愛称。(日本のカトリック児童福祉施設では修道女がしばしば「母様」と呼ばれていますー訳者。)

24 読者は一九一〇年の反聖職主義的革命を念頭に置かねばなりません。政教分離が政策になり、教会財産は没収され、修道会は解散を命じられ、司祭服等の着用すら禁止されていました。法律には「聖職者には何らの特権もない」ことが規定されていましたー英語版への訳者。

◆24、罪について

2016-07-09 06:40:51 | ファティマの聖母

アントニオ・アウグスト・ボレッリ・マシャド著(成相明人神父訳)『ファチマの聖母』1997年(原著初版1975年)

◆24、罪について

「他のどの罪よりも多くの魂を地獄に落としてしまうのは肉欲の罪です」
「わたしたちの主がお喜びにならないファッションが流行するでしょう。神に仕える人たちが流行を迫ってはなりません。教会は流行と無関係です。わたしたちの主はいつでも同じですから」
「世の罪は本当に大きいのです」
「もし人々が永遠を理解することができたら、彼らは自分たちの生き方を変えるために何でもするでしょうに!」
「人々はわたしたちの主の死について考えもしないし、償いもしないので滅びてしまいます」
「たくさんの結婚が良い結婚でないので主を喜ばせません。神様に祝福されてもいません」