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◆15、秘密の第二部 - 天罰の警告とそれを避ける方法(4)

2016-07-09 07:11:44 | ファティマの聖母
アントニオ・アウグスト・ボレッリ・マシャド著(成相明人神父訳)『ファチマの聖母』1997年(原著初版1975年)

◆15、秘密の第二部 - 天罰の警告とそれを避ける方法(4)


注(ファチマの祈り)

14 この祈りの少し変形したものがしばしば唱えられています。小さな違いといえばイルマ・ルシアの手記とか面接時の記録の中にさえも見いだされます。わたしたちが引用している版は回想録四の三百四十と三百四十ぺージにあるもので、ウォルシュ博士がイルマ・ルシアに面接した上きに確認されたものです。しかしグルベン博士の質問に答えてイルマ・ルシアは最後の部分を「そして特にあなたの憐れみをもっとも必要とする霊魂を・・・」と書きました(レイス A Videbte de Fatima dialoga 39ぺージ参照)。

 この版は他とはもっとも違っているもので、この文書以外には見当たりません。レイス神父がそれを自分の著書に入れたとき、彼が手記から直接書き写したのか、それともタイプされたコピーの中の一枚から書き写したのかは不明です。もし後者であれば、書き写す際に間違わなかったかどうかを調べるためにタイプされたコピーと手記とを比較すればいいのではないかと思います。

 子供たちはこの祈りを唱えるときには、それが永遠の破滅の大きな危険にある魂を意味するものであり、煉獄の魂ではないと理解していまLた。イルマ・ルシアはこれをゴンサルヴェス神父にあてた一九四一年一月十八日の書簡の中で確認しています。「彼らはそれを煉獄の魂のための願いに変えてしまいました。何故かと言えば、彼らが言うには、彼らは最後の言葉の意味を理解することができなかったからです。しかしわたしは聖母がもっと大きな破滅の危険にある魂のことを指していたと信じています。それがわたしの受けた印象でした。神父様も七月の三回目(のご出現のとき)に聖母がこの祈りを教えて下さったことを思いながら、わたしが秘密について書いたことをお読みになれば同じように感じられることでしょう」(回想録442ぺージ参照)。それ故に「おお、イエズスよ、わたしたちの罪をお許し下さい。わたしたちを地獄の火から守り、煉獄の霊魂、特に、もっとも見捨てられた霊魂を憐れんでください」という祈りは明らかに不正確であるということになります。

◆16、秘密の第二部 - 天罰の警告とそれを避ける方法(5)

2016-07-09 07:11:00 | ファティマの聖母

アントニオ・アウグスト・ボレッリ・マシャド著(成相明人神父訳)『ファチマの聖母』1997年(原著初版1975年)

◆16、秘密の第二部 - 天罰の警告とそれを避ける方法(5)



15 このご出現の後、幼い目撃者たちは聖母から彼らが何を聞いたかしつこく訊かれることになりますが、彼らは「それは秘密です」と答えるだけでした。

 「それは良いこと?それとも悪いこと?」と訊く方も食い下がります。子供たちは「ある人たちには良いけれど、他のひとたちには悪い」とだけは答えました(デ・マルキ24ページ、英語版ウォルシュ84ページ参照)。

 最後のご出現の前に、司教座聖堂参事会会員マヌエル・ヌネス・フォルミガオ神父がフランシスコとジャシンタにこう訊きました。「人々はもしその秘密を聞いたら悲しむだろうかね?」彼らは「そう思います」と答えました(デ・マルキ151-152ページ、ウォルシュ121ページ参照)。

 一九三九年から一九四五年の間にあった戦争は七月のご出現の中で予言された天罰だったのでしょうか?この予言を分析すると、どうも第二次世界大戦は大いなる天罰の始めにしか過さないという結論になるようです。

 実に聖母は「いくつかの国は滅亡してしまうでしょう」と警告なさいました。確かにいくつかの国は戦争の間とその後にひどく苦しみました。しかしそれらの国が滅亡してしまったとは言い切れません。

 それだけではありません。戦争がすでに終結していた一九四六年七月一五日、イルマ・ルシアはウォルシュ博士との面談に同意しました。そのとき彼女は「もし、それ(ロシアの奉献)が実現すれは、あの方(聖母マリア)はロシアを回心させて下さり、平和が訪れるでしょう。もしそれが実現しなかったらロシアはその誤謬を例外なく世界のすべての国に広めることになります」と話し、ウォルシュ博士が「それはあなたの意見ですか?」と尋ねると、彼女は「そうです」と答えています。(英語版ウォルシュ226ページ参照)。

 世界各地における共産主義の伸長とその思想の拡散は戦後さらに顕著になったので、神の母が預言した天罰は進行中であると結論されねばなりません。

 最後に、もし天罰がすでに済んでいるのであれば、至聖なるマリア様の勝利と「最後に、わたしの汚れない心は勝利を収めるでしょう」という言葉によって示された、その統治の確立について語るメンセージのあの部分も実現されていなければなりません。しかし世界はその逆のコースを突っ走っています。ですから、第二次世界大戦のあのひどい苦しみは、聖母が預言なさったこれから来るであろうあの天罰のほんの前触れにしか過ぎないように思われます。

◆17、四回目のご出現 ー 一九一七年八月十三日

2016-07-09 07:10:21 | ファティマの聖母

アントニオ・アウグスト・ボレッリ・マシャド著(成相明人神父訳)『ファチマの聖母』1997年(原著初版1975年)

◆17、四回目のご出現 ー 一九一七年八月十三日

 八月十三日、四回目のご出現の日、子供たちはコヴァ・ダ・イリアに行くことができませんでした。ヴィラ・ノヴァ・デ・オウレンの村長が彼らの秘密を聞き出そうとして、幼い目撃者たちを無理矢理自分の所につれて来させていたからです。しかし子供たちは頑として口を割ることがありませんでした。

 コヴァ・ダ・イリアではいつもの時刻になると稲妻に伴われた雷鳴が聞こえてきました。見物人たちは柊の上に数分聞白い雲が漂っているのを目撃しています。人々の顔、着物、木々、地面の色が変化する現象が見られました。聖母は確かにいらっしゃったのですが、子供たちを見つけることができなかったのです。

 八月十五日の午後四時頃、ルシアがフランシスコともう一人のいとこと、一緒に彼女の叔父の一人の所有地であったヴァリンニョスにいたときのことです。コウァ・ダ・イリアで聖母のご出現があるときと同じような大気の変化、急速な気温の低下、太陽のかげりが始まりました。何か超自然の現象が始まり、自分たちを包み込むのを感じたルシアは大急ぎでジャシンタを呼びに行かせました。それでジャシンタもいつものまぶしい光に続くマリア様のご出現にやっと間に合いました。ご出現はコヴァ・ダ・イリアのそれより少し背の高い柊の上の方でありました。

ルシア

 あなた様はわたしに何をお望みなのでしょうか?

聖母

 わたしの望みはあなたたちが毎月コヴァ・ダ・イリアに行き、毎Hロザリオを唱えることです。最後の月にはみんなが信じるようにわたしは奇跡を行いましょう。

ルシア

 コヴァ・ダ・イリアに来る人たちの献金はどうしたらいいのでしょうか?

聖母

 携帯式祭壇を二つ作ってもらいなさい。あなたとジャシンタと他に一人の女の子が白いドレスを着て一つを運んでいらっしゃい。もう一つはフランシスコと他に三人の男の予が運んで来ればいいでしょう。それら二つの祭壇はロザリオの聖母の祝日のためです。残りのお金は先々ここに建てる聖堂の建設資金として寄利したらいいでしょう。

ルシア

 病人が何人かいるのですがいやしの恵みを願っていいでしょうか?

聖母

 そうね。その中の何人かは今年中にいやしてあげましょう。

 「聖母は悲しそうなお顔をなさり、再度犠牲の実行を勧められ、最後に『たくさん祈りなさい。だれも罪人たらのために祈ったり、犠牲を捧げたりしないのだから、彼らのために犠牲をしなさい』とおっしゃいました」
 「いつものようにマリア様は東の力に昇って行かれました」

 子供たちは聖母ご出現の場所になった柊の真ん中の枝を切って家に持って帰りました。その枝からはかぐわしい香りが漂い続けたということです(回想録2の150ページ、4の342、344ページ、デ・マルキ127-129ページ、ウォルシュ109-110ページ、アイレス・ダ・フォンセカ61-62ページ、ガランハ・デ・オリヴェイラ89ページ参照)。

◆18、五回目のご出現 - 一九一七年九月十三日

2016-07-09 07:09:24 | ファティマの聖母


アントニオ・アウグスト・ボレッリ・マシャド著(成相明人神父訳)『ファチマの聖母』1997年(原著初版1975年)

◆18、五回目のご出現 - 一九一七年九月十三日

 推定二万人にも及ぶ群衆がそれ以前のご出現のときと同様な大気の現象ー急速な気温低下、星影さえも見えるほどの太陽のかげり、にじ色にきらめく花びらか地面に落ちる前に溶けてしまう雪片のような雨ーを目撃しました。今回のご出現の始めには東から西に、終わりには反対の方角に向かってゆっくりとそして堂々と移動する光る球体が目撃されました。子供たちは柊の下に光を見たすぐ後、そこにマリア様を見ています。

聖母

 戦争が終わることを願ってロザリオを折り続けなさい。十月には世界を祝福するためにわたしたちの主イエズス、御悲しみの聖母、カルメル山の聖母、御子イエズスをお連れになった聖ヨセフもいらっしゃいます。神様はあなたたちの犠牲を喜んでいらっしゃいます。だけど寝るときにも荒縄を体に巻きつけることを神様はお望みになりません。それは一中だけでいいのです。


ルシア

 みんなからたくさんの願い事を頼まれています。病気の人のこととか耳が聞こえなくて口の利けない人のいやしとかを。


聖母

 その中の何人かはいやしてあげましょう。だけどいやされない人たちもいます。みんなが信じるように十月には奇跡を行いましょう。

「そしていつものように聖母は空に昇って、お姿が見えなくなりました」

(回想録2の156ページ、4の346、348ページ、デ・マルキ138-139ページ、ウォルシュ115-116ページ、アイレス・ダ・フォンセカ70-71ページ、ガランバ・デ・オリヴェイラ93ページ参照)。




 子供たちは償いのために結び目のある太い荒縄を腰に巻き始めていました。彼らは夜もそれを外そうとしなかったのでしばしばよく眠ることができませんでした。聖母のおほめの言葉と提案はこのような事情を説明Lます。

◆19、六回目そして最後のご出現 ー 一九一七年十月十三日

2016-07-09 06:44:51 | ファティマの聖母
アントニオ・アウグスト・ボレッリ・マシャド著(成相明人神父訳)『ファチマの聖母』1997年(原著初版1975年)

◆19、六回目そして最後のご出現 ー 一九一七年十月十三日

 いつものように、子供たちはまずまぶしい光を見た後、柊の上に聖母のお姿を見ました。


ルシア

 あなた様はわたしに何を望みでしょうか?


聖母

 ここにわたしのための聖堂を建てなさい。わたしはロザリオの聖母です。ロザリオを毎日唱え続けなさい。戦争はもうすぐ終わり、兵隊たちもすぐ自分たちの家に帰ることができるでしょう。


ルシア

 わたしにはたくさん願い事がございます。病気の人とか、罪人の回心とか・・・


聖母

 ある人たちは治ります。他の人たちは治りません。彼らはまず生活を改め、自分たちの罪の赦しを願わなければなりません。


「もっと悲しそうなお顔でこうも言われました。『人々がこれ以上わたしたちの主に背くことがありませんように。主はすでに多くの背きを忍んでいらっしゃいます』そして両手を広げられると、そこから太陽に向かって光が輝き出ました。そして立ち上がられると全身からの輝きが太陽に映し出され続けました」その瞬間ルシアは「見て、お日様を!」と大声で叫びました。マリア様が空の中にお姿を消されると、まずロザリオの再びの玄義、次に悲しみの玄義、最後に栄えの玄義を象徴する三つの情景が続けざまに見せられました。ルシアにだけ全部の玄義が見せられましたが、フランシスコとジャシンタが見たのは最初の玄義だけでした。

 第一の情景。聖ヨセフが御子イエズスとロザリオの聖母を伴って太陽のそばにお現れになりました。それは聖家族の情景でした。聖母は白いお召し物に肯い上着を着けておられました。ヨセフ様も白い着物を着ていらっしゃいました。御子イエズスのお召し物は薄赤色でした。聖ヨセフは十字架の印を三回なさって群衆を祝福して下さいました。御子イエズスも同じようになさいました。

 第二の情景。この場面は胸に剣が刺さっていないおん悲しみの聖母の示現に続きました。その後、ルシアは悲しみに打ちのめされてカルワリオに向かう主イエズスのお姿を見ました。主イエズスは人々を祝福するために十字の印をなさいました。

 でも、ルシアが見たのは主イエズスの上半身だけでした。

 第三の情景。最後に栄光の中に天地の元后に挙げられたカルメル山の聖母が御子を抱いてお現れになりました。

 これらの情景がルシアに見せられている間、七万人もの大群衆は太陽の奇跡を目撃しています。ご出現があった間、雨が降りしきっていました。聖母とルシアの会話の終わりに聖母が立ち上がられ、ルシアが「見て、お日様を」と大声で叫んだそのときー雲が分かれ、巨大な銀の盆のような太陽が見えました。太陽はそれまでになかった強さで人々を照らしつけましたが、彼らの目が見えなくなるようなことはありませんでした。これが続いたのはほんの一時で、すぐに巨大な球は「踊り」始めました。太陽が巨大な火の円盤のように回り始めたのです。その後、太陽は動きを一時止めました。そして、再びそれまで以上に激しい回転が始まり、その縁は朱色に変わりました。太陽は、回転しながら炎を空中にまき散らし、まぶしい色合いと色がくるくる変化するその光は地上にも、木にも、やぶにも、人々の顔や着物にも反射しました。

 この不思議なパターンを三回繰り返した後、その火の球はブルブル震えたり、揺れたりし始めるように見えました。それからそれは悲鳴を上げる群衆の上にシグザグの進路を取って落下し始めました。

 この現象が続いたのは十分間ぐらいでした。最後に太陽は同じようにジグザグの進路に従って元の位置に納まり、動きも止まり、平常の明るさに戻って輝き始めました。六回目のご出現はこのようにして終わりました。人々はそれまでの南でずぶぬれになっていた自分たちの服がすっかり乾いていることに気付きました。

 この太陽の奇跡を、ご出現の場所から四十キロほども離れたところにいた数多く人たちも目撃しています。

(回想録2の162ページ、4の348、350ページ、デ・マルキ165-166ページ、ウォルシュ129-131ページ、アイレス・ダ・フォンセカ91-93ページ、ガランバ・デ・オリヴェイラ95-97ページ参照)


幻一九四一年.正月十八日の書簡で.イルマ・ルシアはこの点に関してイエズス会のジョセ・ベルナルド・ゴンサルヴエス神父に聖母がその年の中にそれらの願いの}のいくつか.だけをかなえるとおっし}つた.ともう少し詳しく説明します