第二の《断食と節食について》は、《主のために》胃その他の体力を維持し強めるべきで、これを弱めてはならないと思います。それは次の理由によります。《第一に》人が、どんなにささいなことであれ、知りながら神にそむくよりもこの世の生を失うことを選ぶというほど、よく心構えができ決心しているとき、また《第二に》、敵〔なる悪魔〕と世間と肉とのいろいろな誘惑にとくに悩まされていないときには ー あなたが神の恩恵により、第一の点でも第二の点でも、その状態におられることを疑いませんが ー 魂も肉体も主なる創造主の賜物であり、いずれについても責任を負っているということを、肝に銘じていただきたいからです。それに、体力が弱くては内的な力も働くことができませんから、肉体の力を衰弱させられることのないように、心から希望します。ですから、私も以前には、断食や大・小斎や日常の食事も節することをたいへん称賛しましたし、しばらくこれを喜んで行なっていましたが、もうこれからは称賛しないつもりです。それは、このような断食と節食をつづけていますと、胃がよく働かなくなってしまい、肉類その他、人体に滋養となるものを摂っても、なかには消化できないものが出てくることがわかったためです。それよりも、どうかできるだけ体力をつけるよう苦心されて、給仕された食事はなんでも、また他の人々に失礼とならないかぎり、いつでも必要なだけ、何回でも召し上がるようにしてください。まことに私たちは、肉体が魂に従い、これを助けるかぎり、肉体をいとおしみ愛さなければなりませんし、また魂は、このように肉体に助けられ従われてこそ、主なる創造主に奉仕し賛美をささげるのに、よりよく備えられるものだからです。
聖イグナチオ・ロヨラ 「フランシスコ・デ・ボルハ公への書簡」1548年9月20日
聖イグナチオ・ロヨラ 「フランシスコ・デ・ボルハ公への書簡」1548年9月20日