先月ゆりの里で花が開き始めたとニュースで出たので行ってみると
バラも咲いていたのでアップしました、香りは濃く香っていました
ほのかに香るバラ
あじさいも少々
以上です。
先月ゆりの里で花が開き始めたとニュースで出たので行ってみると
バラも咲いていたのでアップしました、香りは濃く香っていました
ほのかに香るバラ
あじさいも少々
以上です。
柳川市の川下り
並倉
柳川は堀が網目状に巡る水郷のまち。
川下りは、竹竿一本で操る長さ8m 程の「どんこ舟」で
柳川の風景を見ながら楽しみながら
堀割沿いの城下町の風景を味わうことができます
柳川市観光案内所 赤レンガ建物
川下り(お堀めぐり)をここで聞いて乗り場までの案内など細かく聞けます
船乗り場で新郎新婦のどんこ舟でのCM用の撮影がありました
柳川地方では、昔から女の子が生まれると初節句に子供の健やかな成長を願い
ひな段と一緒に色とりどりの「さげもん」を飾り、盛大に祝うのが習わしとの事です
さげもんとは、縁起の良い鶴やウサギ、ひよこ、這い人形などの布細工と鮮やかな糸で
巻き上げた「柳川まり」とを組み合わせたもので、幸福や健康安全など、親の願いが込められているそうです
柳川雛祭さげもんめぐり3月2日~でしたが私が行ったのは4月の後半でした
気候が良くてとても良かったです、
吉野ヶ里歴史公園
紀元前5世紀から紀元後3世紀
弥生時代の遺跡 吉野ヶ里遺跡は、佐賀県神埼郡の3つの町村にまたがった大きな遺跡で
弥生時代集落の全貌や、移り変わりを知るうえで貴重な資料が集まっています
魏志倭人伝に出てくる「邪馬台国」の九州説の有力資料と言われています
見ると確かに大きな遺跡ですが随分手が加えられて公園らしくなっていました
北部九州の7世紀前後のお墓が朝鮮半島の古代のお墓とよく似ているので
この周辺が「邪馬台国」かもしれませんね
楼門
武雄温泉の入口に立つ朱塗りの楼門 「武雄温泉楼門」は佐賀県武雄市にある重要文化財
東京駅を設計した『辰野金吾』の設計で、大正4年(1915年)4月12日に完成
武雄温泉はとても歴史が古く、1300年前の『肥前風土記』に記録
温泉はなかなか良かったです
福井県の越前市大滝町に岡太神社(おかもとじんじゃ)・大瀧神社という2社があります、
古くからの越前和紙の産地で春には薄墨桜のさくところで、狭い範囲で紙漉きの会社が
軒を並べているところです、川上御前は地元の神様で古くからとても大事にされている
紙漉きの神様です、縁起では泰澄大師が元正天皇の命を受けて、養老三年(719)大瀧神社を
ひらいたようです、若狭の恵比寿神社は718年でここが偶然開山されたわけではないようです、
2月の行事の告知板
新年早々恵比寿神社参りです、恵比寿神社と少名彦命の関係が同一神みたいで興味があるからです、
若狭の恵比寿神社はやはり古いものです、
養老二年甲子九月二十八日蛭子之神を祝い祀り養老三年三月二十三日社殿を祭る。
となっていますが西暦718年のことです、712年には古事記が編纂されています、
参道が長い
少名彦命社----いつも恵比寿さんと蛭子大神 ヒルコノオオカミは同一神で、かつ少名彦命も同一神と思っています、
最後に恵比寿神社
福井県の若狭町にある恵比寿神社を見に行ってきました,
古い神社である事は聞いてはいましたができたのが養老年間と言われており,
祀ってある神様は蛭子大神、大国主大神、陶津耳之命すえつみみのみこと、
三柱で1300年位の歴史を持つています、この地域ではえびすさん、
西の神さんと言われている、子どもたちの守り神とも言われています、
社内には少彦名命、大国天などまつられています、蛭子神と恵比寿神の
事は古事記のなかより出て、同一神としてまつられていますがいつから
土着の神々と同化したのか興味のあるところでした、
若狭町にある恵比寿神社はやはりとても古く神話の世界から出てきています、
今年冬まじかに名前のわからないランが咲きました、何年も前にDIYショップで花が終わって、処分されそうなのをもらってきたもうのだと思うのです、今まで1度も花が咲かなかったのが初めて咲いたわけです,どちらにしても名前は不明,
次に菊やピンクのバラと黄色オレンジのバラが咲いたので写しておきました,