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コロナウィルス感染拡大で、天平の疫病禍が思い浮かびました ②

2020年04月02日 | 日々のこと
前回の記事の続きです。

天平9年は
疫病の第二波、再流行が発生しました。

今回も太宰府管内の流行から始まって、中央に報告のあった4月には、九州の人的被害が甚大の様子です。

九州被害の報告のあった同じ4月中に、藤原四兄弟の次男藤原房前が亡くなりました。

※ちなみに藤原北家の祖です。
平安時代には、藤原氏の中で房前さんの子孫が生き残って栄えていきました。
藤原良房や道長、北山抄や和漢朗詠集の撰者の藤原公任も北家です!!

そして6月初めには、官吏の罹患者が多すぎて、通常業務ができない状況になりました。政府高官、大臣クラスの人もバタバタ亡くなるという事態に!
聖武朝廷、ほんとに大変!

7月には四男藤原麻呂、続いて長男藤原武智麻呂、8月に三男藤原宇合が相次いで亡くなりました。

藤原四兄弟は、光明皇后のお兄さんです。天皇の身近な親族でもあり政治的に左大臣、右大臣、参議という立場にあったので、疫病対策、混乱に拍車がかかったでしょう。

疫病が蔓延して医療危機、さらに数年に渡る不作続きで深刻な食糧危機です。
加えて、今で言うと、国家公務員、地方公務員が多数罹患して行政の機能不全…。

天平…疫病蔓延により全然平かとは程遠く、聖武朝は日本は、未曾有の危機だった、といえると思います。

その時、政権は疫病対策としてどんなことを行ったかというと…。

まずは疫病→疫神を鎮撫鎮圧するためのご祈祷をしています。

神道、仏教あげて、その時できるすべての祈祷、儀式、神事を行った、と見えます。
特に大般若経、最勝王経の転読、悔過、放生、写経…といった仏教系の祈祷、儀式が目立っています。

今なら祈るより先にすることあるだろう?!と思いますが…。

当時の人の心情や被害の状況の悲惨さ、身近な人がどんどん亡くなる悲しみと恐ろしさを考えたら…
もう祈らずにはいられない心境でもあったのだろうと思いました。

飢えて困窮している人々に対しては、食糧を給付し、税の減免を行いました。
実際には、これが最も庶民には効果と恩恵があったのでは、と思います。

やっぱり…広く民に国の助けを行き渡らせるのは、税の減免なんでしょうか?
当時は貨幣経済でもないですから、税を減免して、食べ物などの現物支給の方がいいのでしょうね。

医療の面では典薬寮による治療法の各地への発布がされました。
その治療法に効果があったかは、記載からはわかりませんが…。
天然痘の根絶は今世紀に入ってからなので、治療法の頒布に効果があったとは考え難いです。

しかし…なんとか流行は収まったようです。
その翌年以降に疫病の記載がないので、感染は収束に向かったと考えていいと思います。

以上が続日本紀の大まかな読み取りです。

天平7年の時には、いったん収まったかに見えましたが、また9年に、さらなる勢いで感染爆発してしまいました。

流行前に、海外からの帰国者、来日の使節の記事があり、始まりがどちらも九州からというのを見れば、どちらも、水際の疫病対策ができてなかったことが原因の一つかとみえます。

そして、どちらの場合も、3月、4月から始まり、その年の秋冬にかけて流行が続いていました。
一旦、各地に広まってしまうと、それくらいの期間はかかってしまうのでしょう。

奈良時代の医療は、今から見れば無いに等しいかもしれませんが、人口の数が違います。感染爆発してしまったら、医療機関で十分な治療を受けられない人々の数の違いは…もしかしたら、そう大きく違わないといかもしれません。
今、イタリアが置かれている状況を考えると…疫病に覆われてしまった聖武朝の事態は、時代の隔たりほどには大きくないかも…?!
というのは、単なる私の印象、私見ですが。

このような感染症に対して国が取るべき基本的な対策は、当時とあまり変わらないのかも?とは思います。

人々を生活の困窮から救うため、食糧を確保し、医療を行き渡らせ、治安を維持し、経済的に支援する。

それが必要かなと。

あとは…それぞれの心。
それぞれ、神仏に祈るか、山川に祈るか、祖霊に祈るか、亡くなった人を供養したり、死者も己れも安んじて、平かな心で…。
冷静であれ、というのは昔も今も変わりないのだろうなと思います。

〜〜〜 〜〜〜 〜〜〜

久しぶりに続日本紀を読んでみようと思ったのは…
最近のモンスター的な異常気象が地球の末期的な症状で、とうとう全人類に及ぶ疫神がやってきた?!風に感じていたからでもあります。

でも…程度の違いはあっても、昔から異常気象みたいな現象はあったんだなぁと、
なんだか目の覚める思い。

干魃&猛暑→作物の不作+台風+地震という災害の重なりのあと、その時点で最強の疫神がやってくる!
という自然のサイクルがあるような…??

大飢饉というのは、歴史的に何度かありましたが…近年の水害、猛暑、地震などの災害で大飢饉が起こってないのが、人が歴史の中で学んできた分の進歩なのかも。

天平期の疫病は全く防ぎようもなく、疫病にやられるばかりで、完全に感染爆発を起こし、甚大な被害を出した模様ですが、令和の現在はどうなるでしょう??

昨日今日、政府は瀬戸際、ギリギリだと言っています。

私も、確かにギリギリ、瀬戸際という印象があります。

ギリギリ…回避できるのか??

何百年後の人が、今回の記録を読んだ時、令和の疫病について、どんな印象を持つだろう?と思います。




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