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散歩記録(2022/03/05)

2022-03-06 00:26:44 | 日記
#当日中に掲載出来なかったので、翌日掲載となります。

本日は午前中に用事があって東新宿駅近辺に来ていました。
11:00頃、用事が済んだので散歩開始。
本日のルートは以下の通り。

ルート:東新宿駅~戸山公園(箱根山地区)~地蔵坂通り~高田馬場駅~おとめ山公園~相馬坂~新宿下落合氷川神社~七曲坂~下落合野鳥の森公園~久七坂~西坂~霞坂~市郎兵衛坂~見晴坂~六天坂~振り子坂通り~一の坂通り~蘭塔坂通り(二の坂)~三の坂通り~四の坂通り~五の坂通り~六の坂通り~七の坂通り~八の坂通り~ごりょう坂通り~バッケの坂~紅葉山公園~笹塚駅

まず、駅から北東方向、直線距離約410m先の「戸山公園(箱根山地区)」を目指します。
11:10頃到着しました。

団地に囲まれているかのような公園です。
見所は、園内にある「箱根山」でしょうか。

かつてこの一帯にには尾張徳川家下屋敷「戸山莊」があり、
その庭園の一画にあった築山が現在の「箱根山」です。
山手線内の最高峰(高さ44.6m)でもあります。
戸山公園サービスセンターでは登頂証明書を発行しているそうです。

次の場所へ移動する前に、
隣接する「都営戸山ハイツアパート」に給水塔が立っていたので写真に収めてみました。

かなり錆が浮いているので、現在は使われていないかもしれませんね。

次の目的地は、北北西方向、直線距離約1.8km先の「おとめ山公園」です。

移動途中、「地蔵坂通り」に通りかかった際に写真撮影。

本日は「新宿区の坂道」を探訪するというテーマを設定しております。
時間の都合で、この坂は坂下から写真を撮るのみで移動しました。

更に移動途中、「高田馬場駅」の高架下の壁画を写真撮影しました。

上の写真は西武鉄道側の壁画。

上の写真はJR側の壁画。
高田馬場は一時期「手塚治虫」の仕事場があり、
現在も「手塚プロダクション本社」がある事から、
その縁で壁画が設けられたようです。
ちなみに、JR高田馬場駅の発車メロディーは「鉄腕アトム」です。

当初目的地には12:50少し過ぎ頃に到着しました。

神田川が形成した河岸段丘「落合崖線」に残された斜面緑地を整備して公園としたもののようです。
当初、「おとめ」は「乙女」の事かと思っていましたが、
かつて公園付近には将軍家の狩猟場があって、
一帯を立ち入り禁止区域として「おとめ山(御留山、御禁止山)」と呼ばれていた事にちなむそうです。
公園内には湧水スポットもあり、またホタルの保全活動も行われているようでした。

次の目的地は、「おとめ山公園」の西側に隣接する「相馬坂」です。

名称碑によると、明治時代に相馬家がこの一帯の土地を購入して屋敷を建てたため、
そう呼ばれるようになったとの事です。

次の目的地は、「相馬坂」の坂下から直線距離約170m先にある「新宿下落合氷川神社」です。
13:10頃到着しました。

梅と桜が見頃を迎えていました。
今いち梅と桜の見分けがつかないので帰宅後に調べてみたところ、
花弁の先に切れ込みが入っていれば桜、
花弁の先が丸ければ梅、
ついでに、花弁の先が尖っているものは桃だそうです。

次の目的地は、神社からすぐ近くの「七曲坂」です。
13:15頃に到着。

由来碑によると、折れ曲がった坂である事からその名がついたとの事です。

次の目的地は、「七曲坂」の坂上から南西方向、直線距離約150m先の「下落合野鳥の森公園」です。
13:20少し過ぎ頃に到着しました。

野鳥の集う公園と思われたので訪れてみましたが、
その時は一羽もいませんでした。。。

次の目的地は、西方向、直線距離約210m先の「久七坂」です。

移動途中、階段の坂道があったので写真撮影。

名称碑などは設けられていませんでした。

目的地には13:30頃到着。

由来碑によると、もとは田んぼへ行き来するための道で、
ゆかりのある村人の人名にちなむと思われるとの事でした。

次の目的地は、「久七坂」の坂下から西北西方向、直線距離約160m先の「西坂」です。

移動途中、坂名の入った標識柱を見かけたので写真撮影。

坂上に「聖母病院」がある事から名付けられたものと思われます。

目的地には13:35少し過ぎ頃に到着しました。

由来碑によると、江戸時代後期の絵図「下落合村絵図」にその名があるそうです。

次の目的地は、「西坂」の坂上から直線距離約130m先の「霞坂」です。
13:45頃到着。

由来碑によると、明治時代に開かれた新しい坂であるとの事です。

次の目的地は、「霞坂」の坂下から直線距離約60m先にある「市郎兵衛坂」です。
13:50頃到着。

由来碑によると、この坂にゆかりのある人物の名前であろうとの事でした。

次の目的地は、南方向、直線距離約170m先の「見晴坂」です。

移動途中、坂名のない坂道があったのでついでに写真撮影しました。

新宿区中落合一丁目七番地と八番地の間にある坂道です。

目的地には14:00頃到着しました。

由来碑によると、昔、この坂からの眺望が良かったので、
それにちなむ名前であろうとの事でした。

次の目的地は、「見晴坂」の坂下から直線距離約80m先の「六天坂」です。

由来碑によると、かつて坂上に第六天の祠があったため、それにちなむ坂名のようです。
祠は現在、坂の途中に設置されています。

次の目的地は、北北西方向、直線距離約50m先の「振り子坂通り」です。
14:10頃到着。

由来の記載はありませんでした。
「振り子坂通り」の手前に「山手坂通り」もあったので、
こちらも一緒に写真撮影。


次の目的地は、「振り子坂通り」の坂上から直線距離約300m先の「一の坂通り」です。
14:15少し過ぎ頃に到着しました。

ここからは西南西方向へと、一から順に八の坂通りまで並んでいます。

次は「蘭塔坂通り(二の坂)」です。

ここには由来の記載がありました。
それによると、かつては坂の途中に蘭塔と呼ばれる塔婆があって、
それにちなむ坂名のようです。

次は「三の坂通り」です。


次は「四の坂通り」です。

途中が石段になっていました。

次は「五の坂通り」です。

次は「六の坂通り」です。

次は「七の坂通り」です。

次は「八の坂通り」です。


「八の坂通り」の坂下から北西方向、直線距離約90m先には「ごりょう坂通り」があります。

坂の途中に「中井御霊(ごりょう)神社」がある事にちなむ坂名と思われます。
ただし、神社の正面は「八の坂通り」の方にあって、
「ごりょう坂通り」の方は神社の裏側に通じているようです。

「ごりょう坂通り」から北北西方向、直線距離約120m先には「坂上通り(バッケの坂)」があります。

標識に由来が記載されておりました。
それによると、この地域の斜面は古くから「バッケ」と呼ばれていて、
坂下のバッケが原への近道として利用されていたため、
バッケの坂と呼ばれるようになったのだとか。

坂巡りはここまで。
次の目的地は、南南西方向、直線距離約1.6km先の「紅葉山公園」を目指します。
15:25頃に到着しました。

ここを目的地にしたのは、帰宅ルートの途中にあるのと、
静態保存の蒸気機関車(C11型)が設置されているからだったのですが、
疲れていたためか、うっかり蒸気機関車を拝み忘れて公園を後にしてしまいました。

以上で本日の目的地は全て巡り終えたので、
南方向、直線距離約3.3km先の京王線「笹塚駅」を目指します。

移動途中、「善福寺川」と「神田川」の合流地点を通りかかったので、
写真に納めてみました。

写真の左手側が「善福寺川」、右手側が「神田川」です。

16:35頃、笹塚駅へ到着。
本日の散歩は以上です。


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