高田大介の『図書館の魔女』と『図書館の魔女 烏の伝言(からすのつてごと)』の話です。以下、ネタバレを避けようとしているために、読んでない人には意味不明の文章もあると思いますが、御容赦のほどを。
私は『烏の伝言』を先に読んでしまったのですが、却ってよかったような気もします。『烏の伝言』はやんごとなき姫君を護衛するプロフェショナル達が主人公で、彼らは見えざる陰謀に巻き込まれるのですが、本格推理小説の趣があります。そして最後にさっそうと登場する名探偵が鮮やかな推理を披露します。
この物語のあとで『図書館の魔女』を読むと、まるで名探偵のシリーズものを何作か読んだ後に、その名探偵の出自とか最初の事件とかの物語を読むような気分になりました。とはいえ、こちらは本格推理小説というよりはもっと幅広い、権謀術数を駆使した戦いの物語です。当然、敵の謀略を感知するためには推理力が必要になります。
これらの作品は「超弩級異世界ファンタジー」との謳い文句がなされていて、現実の地球上には過去未来を通して実在しそうにない世界が舞台ですから確かにそう見えるのですが、ある意味ではファンタジーでは全くありません。なぜなら、この異世界の自然法則は我々の現実世界と全く違いがありませんし、我々の現実世界の科学で説明不能な魔術や超自然現象や妖怪変化は一切登場しないからです。ただしここは近代科学文明以前のレベルの世界であり、そのような超自然現象を8割がたは信じている人々が大多数である世界なのですが、主人公の通称"魔女"はそのような迷妄を断固として拒否する人物です。さらにSFに登場するような超科学技術も登場しないばかりではなく、我々の現実世界には実在していてもこの異世界の技術レベルは超えているような科学技術も登場しません。
ではファンタジーでもSFでもないこの作品をなんと呼ぶべきか? 空想言語学小説(Linguistics Fiction)とでも呼びましょうか? 実際、両作品とも言語学や脳科学における言語認知問題についての最新成果をよく取り込んでいます。例えば『烏の伝言』では失語症関連でよく知られている事実とか。
Ref) 言語障害の基礎知識
Ref) 失語症の症状改善
この世界の大国のひとつニザマ帝国では本字という表意文字と仮名という表音文字が使われ、庶民の間では記憶する文字数が少ない仮名がもっぱら使われています。まさに漢字とかな文字を持つ日本語のような話ですが、『図書館の魔女』の方を読むと、実はまさしく本字とは漢字に他ならないということが明らかです。実際に図示されてはいませんが、本字が漢字そのものでなければ、あの複雑な描写が成立しないでしょう。なにせ特殊な活字を作ってまで、ではなくて特殊な外字を作ってまで仕掛けたトリックですからねえ。確認したときにはほとほと感心しました。
そして『図書館の魔女』の方では、めくるめく手話の世界が展開します。しかし、ひとつの言語体系を造ってしまうとは恐ろしい才能です。
さらに、この世界に存在して、英知や戦略眼の指標とも考えられている"将棋"というゲームですが、日本将棋に極めて近そうです。矢倉などという定跡があるし(^_^)。名前のイメージからすると"囲い"に特徴のある定跡のようですので、チェスのような動きの大きいタイプではあまり主要定跡にはなりそうもないし。さらに"二丁替え"という言葉も出てきますが、取った敵駒の再使用がないルールでも"二丁替え"という概念は成立するので何とも言えませんが、なんとなく再使用可能ルールのような気がします。
そして「東方の想像上の獣類の長」などという、我々の世界のものによく似た伝説上の動物が存在し、人の二つ名として使われています。
またこの異世界の住人たちは現実のホモ・サピエンスそのものと考えてよい者達で、体内に持つ色素も我々との違いはないようです。したがって、「南方系の人々はメラニン色素が多い」などという推測がそのまま成立すると思われます。青とか紫とかの色素は生合成してはいないようです。
我々の世界との類似はそれだけではありません。あまり明記されてはいなかったかも知れませんが、この惑星の自転周期や公転周期、さらにその衛星に関しても我々の地球とそっくりのようです。まあ、太陽とほぼ同じ視角を持つ衛星の存在まで含めて、現在の我々の地球とそっくりな世界が舞台となるのは、ファンタジーと呼ばれる作品の特徴のひとつとも言えます。これがSFだったら、もっと多様な惑星系が登場しますからね。さらにファンタジーと呼ばれる作品では架空生物は大概実在の伝説の中に登場する生物であり、その分SFよりも範囲が限られています。あえて誤解を恐れずに言えば、ファンタジーというものは作者の想像力に対して実在の伝説という枷がはめられているジャンルだとも言えます。
まあそういうわけで、『図書館の魔女』シリーズの世界はいうなれば、人類誕生までの歴史はほぼ我々と同じで、海陸分布や文明化以降の歴史はかなり違ってしまった地球を舞台にした、魔法も超科学もないリアルな世界の物語、と言えるでしょう。そしてその設定はしっかりしており、抜群におもしろい物語です。
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Ref-1)
1-a1) 『図書館の魔女 第一巻』講談社(2016/04/15), ISBN-13: 978-4062933650
1-a2) 『図書館の魔女 第二巻』講談社(2016/04/15), ISBN-13: 978-4062933667
1-a3) 『図書館の魔女 第三巻』講談社(2016/05/13), ISBN-13: 978-4062933872
1-a4) 『図書館の魔女 第四巻』講談社(2016/05/13), ISBN-13: 978-4062933889
1-b1) 『図書館の魔女(上)』講談社(2013/08/09), ISBN-13: 978-4062182027
1-b2) 『図書館の魔女(下)』講談社(2013/08/09), ISBN-13: 978-4062182034
Ref-2)
2-a1) 『図書館の魔女 烏の伝言』講談社(2015/01/28), ISBN-13: 978-4062188692
2-b1) 『図書館の魔女 烏の伝言 (上)』講談社(2017/05/16), ISBN-13: 978-4062936538
2-b2) 『図書館の魔女 烏の伝言 (下)』講談社(2017/05/16), ISBN-13: 978-4062936545
私は『烏の伝言』を先に読んでしまったのですが、却ってよかったような気もします。『烏の伝言』はやんごとなき姫君を護衛するプロフェショナル達が主人公で、彼らは見えざる陰謀に巻き込まれるのですが、本格推理小説の趣があります。そして最後にさっそうと登場する名探偵が鮮やかな推理を披露します。
この物語のあとで『図書館の魔女』を読むと、まるで名探偵のシリーズものを何作か読んだ後に、その名探偵の出自とか最初の事件とかの物語を読むような気分になりました。とはいえ、こちらは本格推理小説というよりはもっと幅広い、権謀術数を駆使した戦いの物語です。当然、敵の謀略を感知するためには推理力が必要になります。
これらの作品は「超弩級異世界ファンタジー」との謳い文句がなされていて、現実の地球上には過去未来を通して実在しそうにない世界が舞台ですから確かにそう見えるのですが、ある意味ではファンタジーでは全くありません。なぜなら、この異世界の自然法則は我々の現実世界と全く違いがありませんし、我々の現実世界の科学で説明不能な魔術や超自然現象や妖怪変化は一切登場しないからです。ただしここは近代科学文明以前のレベルの世界であり、そのような超自然現象を8割がたは信じている人々が大多数である世界なのですが、主人公の通称"魔女"はそのような迷妄を断固として拒否する人物です。さらにSFに登場するような超科学技術も登場しないばかりではなく、我々の現実世界には実在していてもこの異世界の技術レベルは超えているような科学技術も登場しません。
ではファンタジーでもSFでもないこの作品をなんと呼ぶべきか? 空想言語学小説(Linguistics Fiction)とでも呼びましょうか? 実際、両作品とも言語学や脳科学における言語認知問題についての最新成果をよく取り込んでいます。例えば『烏の伝言』では失語症関連でよく知られている事実とか。
Ref) 言語障害の基礎知識
Ref) 失語症の症状改善
この世界の大国のひとつニザマ帝国では本字という表意文字と仮名という表音文字が使われ、庶民の間では記憶する文字数が少ない仮名がもっぱら使われています。まさに漢字とかな文字を持つ日本語のような話ですが、『図書館の魔女』の方を読むと、実はまさしく本字とは漢字に他ならないということが明らかです。実際に図示されてはいませんが、本字が漢字そのものでなければ、あの複雑な描写が成立しないでしょう。なにせ特殊な活字を作ってまで、ではなくて特殊な外字を作ってまで仕掛けたトリックですからねえ。確認したときにはほとほと感心しました。
そして『図書館の魔女』の方では、めくるめく手話の世界が展開します。しかし、ひとつの言語体系を造ってしまうとは恐ろしい才能です。
さらに、この世界に存在して、英知や戦略眼の指標とも考えられている"将棋"というゲームですが、日本将棋に極めて近そうです。矢倉などという定跡があるし(^_^)。名前のイメージからすると"囲い"に特徴のある定跡のようですので、チェスのような動きの大きいタイプではあまり主要定跡にはなりそうもないし。さらに"二丁替え"という言葉も出てきますが、取った敵駒の再使用がないルールでも"二丁替え"という概念は成立するので何とも言えませんが、なんとなく再使用可能ルールのような気がします。
そして「東方の想像上の獣類の長」などという、我々の世界のものによく似た伝説上の動物が存在し、人の二つ名として使われています。
またこの異世界の住人たちは現実のホモ・サピエンスそのものと考えてよい者達で、体内に持つ色素も我々との違いはないようです。したがって、「南方系の人々はメラニン色素が多い」などという推測がそのまま成立すると思われます。青とか紫とかの色素は生合成してはいないようです。
我々の世界との類似はそれだけではありません。あまり明記されてはいなかったかも知れませんが、この惑星の自転周期や公転周期、さらにその衛星に関しても我々の地球とそっくりのようです。まあ、太陽とほぼ同じ視角を持つ衛星の存在まで含めて、現在の我々の地球とそっくりな世界が舞台となるのは、ファンタジーと呼ばれる作品の特徴のひとつとも言えます。これがSFだったら、もっと多様な惑星系が登場しますからね。さらにファンタジーと呼ばれる作品では架空生物は大概実在の伝説の中に登場する生物であり、その分SFよりも範囲が限られています。あえて誤解を恐れずに言えば、ファンタジーというものは作者の想像力に対して実在の伝説という枷がはめられているジャンルだとも言えます。
まあそういうわけで、『図書館の魔女』シリーズの世界はいうなれば、人類誕生までの歴史はほぼ我々と同じで、海陸分布や文明化以降の歴史はかなり違ってしまった地球を舞台にした、魔法も超科学もないリアルな世界の物語、と言えるでしょう。そしてその設定はしっかりしており、抜群におもしろい物語です。
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Ref-1)
1-a1) 『図書館の魔女 第一巻』講談社(2016/04/15), ISBN-13: 978-4062933650
1-a2) 『図書館の魔女 第二巻』講談社(2016/04/15), ISBN-13: 978-4062933667
1-a3) 『図書館の魔女 第三巻』講談社(2016/05/13), ISBN-13: 978-4062933872
1-a4) 『図書館の魔女 第四巻』講談社(2016/05/13), ISBN-13: 978-4062933889
1-b1) 『図書館の魔女(上)』講談社(2013/08/09), ISBN-13: 978-4062182027
1-b2) 『図書館の魔女(下)』講談社(2013/08/09), ISBN-13: 978-4062182034
Ref-2)
2-a1) 『図書館の魔女 烏の伝言』講談社(2015/01/28), ISBN-13: 978-4062188692
2-b1) 『図書館の魔女 烏の伝言 (上)』講談社(2017/05/16), ISBN-13: 978-4062936538
2-b2) 『図書館の魔女 烏の伝言 (下)』講談社(2017/05/16), ISBN-13: 978-4062936545
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