2018/01/08の記事で高田大介『図書館の魔女』をファンタジーの衣を着た現実小説と評しました。小説投稿サイトである小説家になろう(または小説を読もう)に女大公カイエンという作品が連載中ですが、こちらもそう評せそうな小説です。とはいえ獣人とよばれる種族とか蟲とよばれる謎の寄生体とかが登場しますが、これらはSF的説明が付きそうでもあります。
ということで、この2作品以外にもいくつかの作品のネタバレがありますので注意です。
実はこの作品は悪役令嬢というキーワードで検索して見つけたのですが、悪役令嬢物では全然ありません。ちなみに悪役令嬢とは、乙女ゲームや少女漫画の典型プロットで主人公の敵役となるイジワルかつ高慢で金持ちだったり身分が高かったりする令嬢のことです。小説家になろうで典型的な悪役令嬢物では、主人公が乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生してしまったというパターンがほとんどで、そこで現実には・・・というわけです。典型パータンをひっくり返して楽しむオマージュ作品と言えばよいでしょうか。誰もが知っている昔話のオマージュというものも多く創作されていますが、それと似たようなおもしろさがあります[*1]。
話を女大公カイエンに戻して、多様な人物像を内面も含めてしっかり描写しているという点では、なろう系作品の中ではかなり異色ではないかと思います[*2]。主人公の男たち、それに女たちも、へたすれば一人で一作品の主人公になれそうだし、単なる善人でも単なる悪人でもありません。今のところラスボスと目される人物が、いやーなんというか、なろう系以外でも見たことのない設定ですね、私の知る範囲では。第1主人公のカイエンも万能型ではなく成長していきますし。ただ成長した先が現代の一般市民ではないので、どう成長したのかが感覚的にわかりにくいところはあります。全体的にみれば、現代のフィクションの中でも一頭地抜けているのではないでしょうか。
そして文明の退行した異世界の物語としては珍しく、火器が登場します。ちょうど海戦に大砲が使われだしたという設定です。さらに印刷も十分に発達していて民間の新聞社まで存在し、あろうことか為政者達のゴシップを流すことがある程度は許されていて、マスコミ操作なんてものの力に目覚めた政治家がちらほらしています。16-17世紀ヨーロッパ、それも啓蒙専制君主治世下の、という雰囲気でしょうか[*3]。
そして物語が進むうちに、どうもこの世界は大昔に人類が宇宙進出して植民した惑星のひとつであり、現在の住人達は植民者の子孫で自分たちの真の由来を忘れたのではないか、ということが示唆されてきます。
このように自分たちの由来を忘れて退行した、もしくは独自の文明文化を築いた宇宙植民惑星の世界という設定はSFでは比較的昔から見られる設定です。多くのSF作品は、そのような元植民惑星を訪れる文明世界人の視点から描かれていますが、物語の最初では地球とは異なる異世界ということしか明らかではなく、徐々に元植民惑星であるらしいことがわかってくるという作品も書かれています。さらには最後まで元植民惑星であることは明示されないという作品もあります。日本のジュブナイルでは荻原規子『西の善き魔女』(1992~)が最後まで元植民惑星であることは明示されないタイプです。でもチェスの強さのレベルを調整できるAIとかバレバレのSFガジェットも登場しますし、ファンタジーと銘打ってはいても背後の設定は宇宙SFだと言ってよいでしょう。スティーヴン・バクスター『天の筏』も当初は人類がこの世界に元々いたのかどうかは明確ではありませんでしたが、やがて別の世界からやってきたのだということが判明するストーリイです。ハリー・ハリスン『囚われの世界(Captive Universe)』(1969)[*4]もちょっと異色の植民世界です。
ところが女大公カイエンの世界を地球とは別の植民惑星と考えると、不思議な点がひとつあるのです。それは、この世界には明るい月がただ一つだけあるらしいことです。現実の地球の月に匹敵しそうなほど明るいらしいことは何度か描写されています。
「高窓から入る月の光に男の~獰猛な顔が照らし出された。」[24.獣たちの産声]
「しかし、月明かりで見えた彼はただそこに倒れていただけで、」[49.賎民は意味もなく虐げられるべきではない]
「細い弓月のように上がった眉の下」[33.炎を抱いて来た女]
「月蝕の赤銅色の月」[96.月蝕]
存在すれば、満ち欠けがあるのは不思議ではありません。そして月が複数だとの言及がないこともさりながら、月の神ディアナが一人だけらしい点からも月はひとつしかないと結論できるでしょう[128.月は無慈悲な黄昏の女王]。
さらに暦の描写を見ると、ほぼ1年12ヶ月と現実の地球に非常に似ています。1ヶ月とは当然ながら月の満ち欠けの周期であり、惑星と太陽とを結ぶ直線に対する月の運動の周期です。このように現実の地球と月と同じような大きさと運動周期を持つ惑星と衛星との組み合わせが存在する確率は極めて低いと考えられます。それは太陽系内の衛星を見てもそうですし、今や数千個を超える数が見つかっている系外惑星の中に、地球と同じ程度の大きさと公転周期を持つ星が稀であることからもわかります[*5]。
『図書館の魔女』と同様に、「人類誕生までの歴史はほぼ我々と同じで、海陸分布や文明化以降の歴史はかなり違ってしまった地球を舞台にしている」と考えてもいいのですが、そうすると文明をもたらしたという神々とは地球以外のどこから来たのかという疑問が出てきます。実は、人類が進化しなかった並行世界の地球へと植民したのだ、というなら一番無理がなさそうですね。
というわけで、もしも異世界に飛ばされるようなことになったなら、まずは天体を眺めてみれば色々な状況がわかってサバイバルに役立つこともあるでしょうから御参考までに(^_^) 月は真実を映す鏡である、なんてね。
まあこんな野暮なツッコミなど無視すれば、プロットも複雑で読み応えのある大人向けの小説と言えるでしょう。そういえば『図書館の魔女』との間にひとつの共通点がありました。女性主人公が肉体的に不自由な点を抱えていることです。
----------------------------
*1) 主人公が転生者ではないという設定も稀にある。例えば破滅した悪役令嬢が田舎にやって来たは個人的に気に入っている。
*2) 心理描写の良しあしを私がきちんと評価できるかと言えば、まったく自信はないが。
*3) wikipediaの記事で啓蒙専制君主の例とされている君主たちに関して言えば、『女大公カイエン』よりも科学技術が進んだ時代に生きていたのだが。
*4) ハリイ・ハリスン(Harry Harrison);島岡潤平(訳) 『囚われの世界(サンリオSF文庫)』(1978/12):ASIN:=B000J8K1DE、原作"Captive Universe"(1969)。なおロバート・A・ハインライン(Robert_A. Heinlein)『宇宙の孤児(Orphans of the Sky)』という作品もある。
*5) 衛星の観測はまだまだ難しい。
ということで、この2作品以外にもいくつかの作品のネタバレがありますので注意です。
実はこの作品は悪役令嬢というキーワードで検索して見つけたのですが、悪役令嬢物では全然ありません。ちなみに悪役令嬢とは、乙女ゲームや少女漫画の典型プロットで主人公の敵役となるイジワルかつ高慢で金持ちだったり身分が高かったりする令嬢のことです。小説家になろうで典型的な悪役令嬢物では、主人公が乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生してしまったというパターンがほとんどで、そこで現実には・・・というわけです。典型パータンをひっくり返して楽しむオマージュ作品と言えばよいでしょうか。誰もが知っている昔話のオマージュというものも多く創作されていますが、それと似たようなおもしろさがあります[*1]。
話を女大公カイエンに戻して、多様な人物像を内面も含めてしっかり描写しているという点では、なろう系作品の中ではかなり異色ではないかと思います[*2]。主人公の男たち、それに女たちも、へたすれば一人で一作品の主人公になれそうだし、単なる善人でも単なる悪人でもありません。今のところラスボスと目される人物が、いやーなんというか、なろう系以外でも見たことのない設定ですね、私の知る範囲では。第1主人公のカイエンも万能型ではなく成長していきますし。ただ成長した先が現代の一般市民ではないので、どう成長したのかが感覚的にわかりにくいところはあります。全体的にみれば、現代のフィクションの中でも一頭地抜けているのではないでしょうか。
そして文明の退行した異世界の物語としては珍しく、火器が登場します。ちょうど海戦に大砲が使われだしたという設定です。さらに印刷も十分に発達していて民間の新聞社まで存在し、あろうことか為政者達のゴシップを流すことがある程度は許されていて、マスコミ操作なんてものの力に目覚めた政治家がちらほらしています。16-17世紀ヨーロッパ、それも啓蒙専制君主治世下の、という雰囲気でしょうか[*3]。
そして物語が進むうちに、どうもこの世界は大昔に人類が宇宙進出して植民した惑星のひとつであり、現在の住人達は植民者の子孫で自分たちの真の由来を忘れたのではないか、ということが示唆されてきます。
このように自分たちの由来を忘れて退行した、もしくは独自の文明文化を築いた宇宙植民惑星の世界という設定はSFでは比較的昔から見られる設定です。多くのSF作品は、そのような元植民惑星を訪れる文明世界人の視点から描かれていますが、物語の最初では地球とは異なる異世界ということしか明らかではなく、徐々に元植民惑星であるらしいことがわかってくるという作品も書かれています。さらには最後まで元植民惑星であることは明示されないという作品もあります。日本のジュブナイルでは荻原規子『西の善き魔女』(1992~)が最後まで元植民惑星であることは明示されないタイプです。でもチェスの強さのレベルを調整できるAIとかバレバレのSFガジェットも登場しますし、ファンタジーと銘打ってはいても背後の設定は宇宙SFだと言ってよいでしょう。スティーヴン・バクスター『天の筏』も当初は人類がこの世界に元々いたのかどうかは明確ではありませんでしたが、やがて別の世界からやってきたのだということが判明するストーリイです。ハリー・ハリスン『囚われの世界(Captive Universe)』(1969)[*4]もちょっと異色の植民世界です。
ところが女大公カイエンの世界を地球とは別の植民惑星と考えると、不思議な点がひとつあるのです。それは、この世界には明るい月がただ一つだけあるらしいことです。現実の地球の月に匹敵しそうなほど明るいらしいことは何度か描写されています。
「高窓から入る月の光に男の~獰猛な顔が照らし出された。」[24.獣たちの産声]
「しかし、月明かりで見えた彼はただそこに倒れていただけで、」[49.賎民は意味もなく虐げられるべきではない]
「細い弓月のように上がった眉の下」[33.炎を抱いて来た女]
「月蝕の赤銅色の月」[96.月蝕]
存在すれば、満ち欠けがあるのは不思議ではありません。そして月が複数だとの言及がないこともさりながら、月の神ディアナが一人だけらしい点からも月はひとつしかないと結論できるでしょう[128.月は無慈悲な黄昏の女王]。
さらに暦の描写を見ると、ほぼ1年12ヶ月と現実の地球に非常に似ています。1ヶ月とは当然ながら月の満ち欠けの周期であり、惑星と太陽とを結ぶ直線に対する月の運動の周期です。このように現実の地球と月と同じような大きさと運動周期を持つ惑星と衛星との組み合わせが存在する確率は極めて低いと考えられます。それは太陽系内の衛星を見てもそうですし、今や数千個を超える数が見つかっている系外惑星の中に、地球と同じ程度の大きさと公転周期を持つ星が稀であることからもわかります[*5]。
『図書館の魔女』と同様に、「人類誕生までの歴史はほぼ我々と同じで、海陸分布や文明化以降の歴史はかなり違ってしまった地球を舞台にしている」と考えてもいいのですが、そうすると文明をもたらしたという神々とは地球以外のどこから来たのかという疑問が出てきます。実は、人類が進化しなかった並行世界の地球へと植民したのだ、というなら一番無理がなさそうですね。
というわけで、もしも異世界に飛ばされるようなことになったなら、まずは天体を眺めてみれば色々な状況がわかってサバイバルに役立つこともあるでしょうから御参考までに(^_^) 月は真実を映す鏡である、なんてね。
まあこんな野暮なツッコミなど無視すれば、プロットも複雑で読み応えのある大人向けの小説と言えるでしょう。そういえば『図書館の魔女』との間にひとつの共通点がありました。女性主人公が肉体的に不自由な点を抱えていることです。
----------------------------
*1) 主人公が転生者ではないという設定も稀にある。例えば破滅した悪役令嬢が田舎にやって来たは個人的に気に入っている。
*2) 心理描写の良しあしを私がきちんと評価できるかと言えば、まったく自信はないが。
*3) wikipediaの記事で啓蒙専制君主の例とされている君主たちに関して言えば、『女大公カイエン』よりも科学技術が進んだ時代に生きていたのだが。
*4) ハリイ・ハリスン(Harry Harrison);島岡潤平(訳) 『囚われの世界(サンリオSF文庫)』(1978/12):ASIN:=B000J8K1DE、原作"Captive Universe"(1969)。なおロバート・A・ハインライン(Robert_A. Heinlein)『宇宙の孤児(Orphans of the Sky)』という作品もある。
*5) 衛星の観測はまだまだ難しい。
こちらの記事は、エゴサしていて偶然見つけました。正直申し上げまして、びっくりいたしました。記事をお書きくださり、有り難く、感謝いたしております。
私はこの「女大公カイエン」では、ストーリーや設定に遊びを持たせつつも、読み手の方の読む深さに応じて楽しんでいただけたらいいな、と思って書いております。
こちらの記事を拝見いたしますと、かなり深いところまで読み込んでいただいている事がわかります。
火器のくだりは、この先の物語進行で必要なためと、大昔に何があったのか、という本筋とは別の部分をこれから本筋に絡めて行くためでした。まさに、大航海時代から先のあたりをイメージしています。
新聞のところはそれよりも先の歴史をあえて「先行」させて書いております。我々の歴史観と照らし合わせるとどうしても「違和感がある」感じにしたいというのが意図です。
次に、地球かどうか、というところですが、これは今の所は「明かさない」つもりで書いています。月のところはまさにご指摘通りで、深読みしてくださる方のために? 異世界としては違和感がある、という含みを持たせる小道具として書いています。ご存知ように、地球の大きさに対して月は大きすぎる衛星ですので、そうそう、偶然に同じような星に植民できるとは思えません。
最後に、カイエンの肉体的不自由さについても言及くださり、ありがたく思いました。
主人公が活発に行動できない事で、物語としては制約を受けるのですが、あえてこういう無力な主人公を据えました。肉体的に問題を抱えている主人公というのは、欧米のSF、ファンタジーでは例がありますが、日本ではあまりないかな、と思ったこともあります。主人公の視点が、普通の人間と違うことで今までになかった感じに書けたらいいな、と思っております。
長くなりました。
拙作はなろうではかなり底辺の物語です。読んでくださる方はそう多くありません。カクヨムにも転載していますが、どちらでもこういう話を面白がってくださる方は少ないと思います。
そういうこともあって、こちらの記事には、言葉では言い尽くせない元気をいただきました。本当にありがとうございます。
すみません、最後に余計なことですが記事の中の「女大公カイエン」のリンクが繋がっていないようです。本当にすみません、余計なことなんですが。
今後も拙作をたまにでも覗いていただけましたら、と思います。生きている限りは先を書き続けます。
尊野
お名前をしっかり書くこともせず、申し訳ございませんでした。
尊野
>我々の歴史観と照らし合わせるとどうしても「違和感がある」感じにしたいというのが意図です。
>次に、地球かどうか、というところですが、これは今の所は「明かさない」つもりで書いています。月のところはまさにご指摘通りで、深読みしてくださる方のために? 異世界としては違和感がある、という含みを持たせる小道具として書いています。
わお、先が楽しみですね。やはり野暮なツッコミだったようで失礼いたしました。
>拙作はなろうではかなり底辺の物語です。読んでくださる方はそう多くありません。カクヨムにも転載していますが、どちらでもこういう話を面白がってくださる方は少ないと思います。
読者の好みは多様ですからね。でも個人的には、もし完成までにどこの出版社も目を付けなかったとしても、適切なところに応募すれば佳作は確実、競争相手次第でトップも可能な作品になりうると思っています。逆にこれくらい通向き?の作品しか好まないような人だとなろうサイトなどはあまり見ないかも知れません。膨大な作品中から好みのものを探すのもなかなか大変ですから。
私が見つけた経緯は本文に書いた通りですが、水晶が混じっていそうなガラスの集まりを網にかけてみたらなぜかダイヤモンドが見つかったような気分です。正確過ぎずに揺らぎのあるソフトウェアもいいものですね(^_^)
>肉体的に問題を抱えている主人公というのは、欧米のSF、ファンタジーでは例がありますが、日本ではあまりないかな、と思ったこともあります。
そうなのですか。そういえばオーディンも戦神チルもハンディを抱えていましたね、というのは古すぎますか(^_^)。ふと考えると『図書館の魔女』の他に『本好きの下克上』の主人公も肉体的ハンディを抱えているんですよね。何故に私の好きな作品は・・。たまたまだと思うのですが。
>今後も拙作をたまにでも覗いていただけましたら、と思います。生きている限りは先を書き続けます。
はい楽しみにしておりますので、ぜひぜひお願いします。でも余計なことかも知れませんが無理はなさらずに適切なペースで。
もし差し支えなれば、御姓名の読みを教えていただけますか?
コメントにご返信いただき、ありがとうございます。
肉体的に問題を抱えている女性主人公、私が未読なだけで、他にもたくさんいそうですね。
しかし、前回書き忘れましたが、悪役令嬢で検索して出てきたとは驚きです。
私のペンネームですが、「タカノ レイラ」と読みます。普通の日本人の姓としては尊野は「ソンノ」ですが、日本人の姓は訓読みが多いので、あえて「タカノ」にしてみたものです。
自分が中学生の時、最初に書いた小説の主人公の名前です。
これからもマイペースで進めてまいります。
ゆっくりお付き合い頂けましたら、幸せです。
今後の展開を楽しみにしております。