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風景の世紀(The Centuries of Landscapes):ポーと超英文学論

2017-12-24 06:23:33 | その他、雑記
 高山宏という文学研究者が17~20世紀の英文学の歴史を他の多くの文学研究者とは異なる視点で述べた本があります[Ref-1]。著者の主張は次のようなものです。

 1. シェイクスピア(1564-1616)没後ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719)が出るまで英文学史は100年間の空白であった。
 2. ニュートンの『光学(オプティックス)』(1704)は刊行されるやベストセラーになり文学者(当時は多くが詩人)の間でもよく読まれた。その結果「色と光について新知見を持ったから、色の描写の詳細化からはじまって、形態の描写などの精緻化へ、いわゆる「ニュートン詩人たち」の「スペクトル象徴好み」へつながっていく。」
 3. それまでは「行為、行動を表す動詞が中心」だった文学(詩)が色や形を描写する文体が中心になっていった。
 4. また当時、ヨーロッパ大陸の主要都市や名所旧跡をめぐるグランド・ツアーが大規模に始まった。要するに観光ブームが起きた。
 5. グランド・ツアーでイタリアなどの美術鑑賞により色や形や風景の描写に目覚めた

 そういえば19-20世紀の日本の小説と西洋の小説とを比較すると、西洋では人物の姿かたちや室内の様子をしつこいくらい事細かに描写する場面が多いのですが、あのような文体は18世紀初頭に始まったのですね。この本は"超"とか"奇想天外"とか銘打ち、既存の英文学研究を「ジジむさいイメージを脱せられずに」などと批判的に見て自身の独自性を強調していますが、上記の結論はすべて史実に基づくものであり歴史学的観点からはまっとうすぎるほどにまっとうな研究に見えます。

 さてこの社会状況や文学の傾向は19世紀(1800年代)に至ってもますます進展したようで、写真やジャーナリズムの発展で実際に旅行にいかなかった場所の風景さえも目にすることができるようになったことも拍車をかけたことでしょう。以下の記事で紹介してきたポーの作品もこの傾向を強く受けているようです。

  名探偵デュパンの時代--(1)ポー『盗まれた手紙』より
  名探偵デュパンの時代--(2)ポー『盗まれた手紙』より
  名探偵デュパンの時代--(3)ポー『モルグ街の殺人』より
  名探偵デュパンの時代--(4)ポー『モルグ街の殺人』より
  探偵小説を探せ: ポーの作品で探偵小説はどれなのか? (Seek the detective fictions)
  気球に乗って月旅行 - ポー『ハンス・プファアルの無類の冒険』より
  気球に乗って月旅行(後編) - ポー『ハンス・プファアルの無類の冒険』より
  ポーが見た未来世界(1) - 『メロンタ・タウタ(Mellonta Tauta)』より
  ポーが見た未来世界(2) - 『メロンタ・タウタ(Mellonta Tauta)』より
  ポーが見た未来世界(3) - 『メロンタ・タウタ(Mellonta Tauta)』より
  大都会、それは・・ ;ポー『群衆の人(The Man of the Crowd)』より

 そもそもポーは少年時代に英国で暮らしたくらいでほとんどアメリカ国外へ行ったことがないようなのですが、写真を見ていれば諸外国の風景もしっかりわかるでしょうね。『大渦巻への下降(A Descent into the Maelström)』[Ref-2]の迫真の描写もそうして産まれたのではないでしょうか。ポー自身は実物のノルウェーの大渦巻を見ていない可能性が強いと思います。

 『アッシャー家の崩壊』[Ref-2a]などは映画のような描写がひとつの読みどころと言われており、まさに"色や形や風景の描写"、さらには"動きの描写の模範例"です。そしてポーはさらに"風景の描写"のみが主題としか思えないような小説を書いています。

1) 『庭園』創元社版全集第3巻[Ref-3a]。英語タイトルは"The Landscape Garden (1842/10)"["関連テキスト一覧"のText-02]
2) 『アルンハイムの地所』創元社版全集第4巻[Ref-3b]および春秋社版全集第4巻[Ref-3c]。英語タイトルは"The Domain of Arnheim 1847/03"["関連テキスト一覧"のText-06]
3) 『ランダーの別荘(アルンハイムの地所の続編)』創元社版全集第4巻[Ref-3b]または『ランダアの家―「アルンハイムの地所」の付録』春秋社版全集第4巻[Ref-3c]。英語タイトルは"Landor's Cottage (A PENDANT TO ‘THE DOMAIN OF ARNHEIM.’)"["関連テキスト一覧"のText-02]

 この中で1)と2)は実は同じ作品の別バージョンで、3)は上記の通り、その続編です。これらの作品は莫大な金と時間を手に入れた人物が究極の風景美を創り出すという話ですが、私が普通の物語に期待するようなストーリーとか結末というものがありませんでした。結局は"究極の風景美が如何にすごいか"という描写に終始しているだけで、特に何事もなく結末を迎えるので最初に読んだときは戸惑いました。これはいわば"風景小説"とでも呼べる作品です。しかし考えてみれば、絵画や彫刻ならばこれは普通のことです。文学でも詩であれば、風景美を讃える多数の作品があります。詩ではストーリーのあるものは特別に叙事詩と呼ばれて区別されるほどです。でも小説では極めてまれだったので戸惑ったのでした。

 さらに、創元社版全集第4巻[Ref-3b]では「ウィサヒコンの朝(Morning on the Wissahiccon)」、春秋社版全集第4巻[Ref-3c]では「角鹿(The Elk)」と題されている作品が、似たような"風景小説"の雰囲気を持っています。これは同一の物語ですが英文でも両方のタイトルでのブリントが残されています。"The Edgar Allan Poe Society of Baltimore"のサイトでポーの作品や関連情報が公開されていますが、インデックス"M" のページでは "classified as a sketch rather than a tale"(物語というよりもスケッチと分類している) と書かれています。

  1) 作品の書誌事項
  2) "Morning on the Wissahiccon"と題されたテキストのひとつ(1843)
  3) "The Elk"と題されたテキストのひとつ(1902)


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Ref-1 a,bとも内容は同一である。
 a) 『奇想天外・英文学講義―シェイクスピアから「ホームズ」へ (講談社選書メチエ)』講談社(2000/10) ISBN-13: 978-406258200-1
 b) 『近代文化史入門 超英文学講義 (講談社学術文庫)』講談社(2007/07/11) ISBN-13: 978-406159827-0

Ref-2) "A Descent into the Maelström" の邦訳には以下がある。光文社版の表題が一番原文に近いが、春秋社版の表題は「マウント富士山」みたいだ(^_^)
 a) 「大渦巻への下降」 『アッシャー家の崩壊/黄金虫 (古典新訳文庫)』光文社(2016/05/12)978-433476065-6に収録 ISBN13:
 b) 「メエルシュトレエムに劑まれて」『ポオ小説全集3(創元推理文庫 522-3)』(1974/06/28) ISBN13:978-448852203-2 に収録
 c) 「メエルストルムの渦」 『ポオ小説全集〈3〉冒険小説』春秋社(1998/09) ISBN13:978-439345033-8 に収録

Ref-3)
 a) 『ポオ小説全集3(創元推理文庫 522-3)』(1974/06/28) ISBN13:978-448852203-2
 b) 『ポオ小説全集4(創元推理文庫 522-4)』(1974/09/27) ISBN13:978-448852204-9
 c) 『ポオ小説全集〈4〉探美小説』春秋社(1962) ISBN13:978-439345034-5

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