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『魔法株式会社』がハードファンタジーではない理由:序

2018-08-05 09:00:08 | 架空世界
 さてWikipedia英語版"Hard fantasy"の記事には発表年順にハードファンタジーとされる作品が例示されています。
    (1941) L. Sprague de Camp and Fletcher Pratt"The Incomplete Enchanter""The Roaring Trumpet"(邦訳は『神々の角笛』[*1a])と"The Mathematics of Magic"(邦訳は『妖精郷の騎士』[*10b])の2作を含む。
    (1941) Robert A. Heinlein"Magic, Inc."、邦訳は『魔法株式会社』[*2]
    (1961) ポール・アンダースン(Poul Anderson)作"Three Hearts and Three Lions"、邦訳は『魔界の紋章』[*3]

 2017/12/30の記事で私は、「私の感覚では『魔法株式会社』やハロルド・シェイシリーズ(『神々の角笛』と『妖精郷の騎士』)を"ハード"とは呼びたくない気がします。」と書きました。では私はどんなものを"ハード"と考えるのかという話をします。wikipedia英語版での定義は2017/12/30の記事の注釈[*1)]で紹介しましたが、かなり抽象的で具体的には各人の感性によらざるをえないような定義です。また"ハードファンタジー"という言葉をいつ誰が使い始めたとかいう記載もなく「出典表記が不十分だ」との警告の原因になっているようです。

 ということで個人的に、「ハードSF」における"ハードさ"と似たようなもの、という感覚から考えてみます。

 私は"ハードさ"の大事な要素は"予測可能性"だと考えます。架空世界の基本的な設定をしたならば、その後に起きる様々な現象は、その設定から予測可能でなくてはなりません。その反対が御都合主義です。例えば、主人公がそれまで持っているとは予測しえないような能力を突如発揮するとか、絶体絶命の危機に存在すら予測できない神様みたいなのが突如干渉してきて正義が勝つとか、ですね。

 むろんほとんどの作者はそれなりに作品の中での「自然法則」「ルール」みたいなもののイメージを持っていて、それに沿って自然なストーリーを考えだしているのだと思います。特に「人の心の動きとはこんなものだ」というイメージだったら登場人物を描く上では必須のものでしょうし、同様にして、「この世界では物事はこんな風に動くのだ」というイメージはあるでしょう。そして読者もそのイメージを納得できるものとして共有できるからこそ、自然にフィクション世界に入り込めるのです。

 例えば超能力おもちゃ箱(2017/11/10)でも触れた『ワンピース』の"悪魔の実の能力"や『僕のヒーローアカデミア』の"個性"などの性質は、能力に付けられた名前のイメージで読者は納得してしまうのです。しかしこれでは突き詰めると、いや大して突き詰めなくてもどこかで矛盾が出てきそうですが、作者も読者もそこはあまり細かくは気にしていないでしょう。明らかに"ハードさ"などは無視しているのです。

 同記事でも触れたおなじ"おもちゃ箱的世界"でもピアズ・アンソニイ(Piers Anthony)『魔法の国ザンス(Xanth)』での魔法能力や魔法的存在の性質は「西洋文化の育ちなら子供の頃に知ったはずの伝説のイメージ」から予測でき納得できるものになっています。これは多くの西洋発ファンタジーも同じだし、日本発であれば日本人の多くが知っているはずのイメージ、中国発なら中国人の多くが知っているはずのイメージ、などと各民族発のファンタジーでも使わている方法です。というか、そういう社会共通の伝説のイメージに乗っかって書かれた作品がファンタジーと呼ばれてきたのです。オーストラリア先住民の伝説をもとにしたパトリシア・ライトソン("Patricia Wrightson")作の『ウィラン・サーガ(The Song of Wirrun)』というシリーズもありますが、もととなる伝説になじみがないせいか私にはちょっと入りにくかった記憶があります[[*4,5]]。

 これら伝説の世界はそれなりに納得されて受け継がれてきたものではあるけれど、人の認識という間違いやすいフィルターを通ったものなので矛盾は生じていることが普通です。"ハードさ"を追求するならば、その矛盾はできるだけ解消すべきです。というよりも、普通にファンタジーを書くだけなら気にしないか目をつむるだろう矛盾にあえて対峙していく姿勢こそが"ハードファンタジー"を意識した作品と言えるのではないでしょうか?

 その意味では『魔法株式会社』は上記の姿勢というものは持っているので"ハードファンタジー"たらんとしているとは言えそうです。ただそれは「論理破綻のない架空世界を構築する」のが狙いではなくて、「普通のファンタジーでは気付かれないか気付かないふりをされてきた矛盾を敢えて暴露することで、一種のからかいやユーモアを狙っている」、というように見えるのです。見方によっては「野暮なツッコミを入れている」とも言えます(^_^)。それがおもしろいんだけれども。

 姿勢がこのようなものだからでしょうが、『魔法株式会社』の世界は、私から見るとハードと呼ぶには法則性に欠けるという気がするのです。詳しくは続きで書きましょう。


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*1)
 a) L.S.ディ・キャンプ;F.プラット;関口幸男(訳)『神々の角笛(ハヤカワ文庫 FT 33 ハロルド・シェイ 1)』早川書房(1981/07/31) ISBN-13:978-4150200336
 b) L.S.ディ・キャンプ;F.プラット;関口幸男(訳)『妖精郷の騎士(ハヤカワ文庫 FT 37 ハロルド・シェイ 2)』早川書房(1982/01/31) ISBN-13:978-4150200374
*2) ロバート A.ハインライン;冬川亘(訳)『魔法株式会社 (ハヤカワ文庫 SF 498)』早川書房 (1982/12/31)
*3) ポール・アンダースン;豊田有恒(訳)『魔界の紋章(ハヤカワ文庫―SF)』早川書房(1978/02) ASIN:B000J8R6BY
*4) ウィラン・サーガの邦訳
 a) 『氷の覇者(ハヤカワ文庫 FT 62―ウィラン・サーガ 1)』早川書房(1984/04/15),ISBN-13: 978-4150200626 [原作"The Ice Is Coming (1977)"]
 b) 『水の誘い(ハヤカワ文庫 FT 63―ウィラン・サーガ 2)』早川書房(1984/05/31),ISBN-13: 978-4150200633 [原作"The Dark Bright Water (1978)"]
 c) 『風の勇士(ハヤカワ文庫 FT 64―ウィラン・サーガ 3)』早川書房(1984/06/30),ISBN-13: 978-4150200640 [原作"Behind the Wind"]
*5) ウィラン・サーガの感想。HANNAのファンタジー気分から。
 a) 夏に氷が攻めてくる――『氷の覇者』P・ライトソン(2010/09/06
 b) 「ウィラン・サーガ」つづき『水の誘い』『風の勇士』 (2) ,(2010/10/17)

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