彼岸に母方の祖父母の墓参りに、久し振りに葉山まで出かけた。 保土ヶ谷駅近くの父の墓参りを午前中に済ませた足で、保土ヶ谷から逗子までの小旅行だ。 母と家内の3人連れで出かけるのも、随分と久し振りだった。
母も嫁いでから必ず毎年ここを訪れている訳でもなく、以前は、墓地の敷地内のお堂に線香が置かれ、墓参の時期には、裏の米屋で花を売っていたと聞くが、今回訪れた際には、線香も花も手に入らなかった。 米屋に至っては、昨日今日閉まったようには見えない...。
写真に地図をリンクしたが、周囲にそんなものを売っている店などなさそうだ。 逗子駅から墓地までタクシーを利用した...までは良かったが、以降の「足」は確保していない、着の身着のままの旅行の「ツケ」が、唐突に降って湧いた。
結果、足の悪い母に家内を付けて、お堂で座って待つよう言いつけ、自身近隣の人から聞いた「店」を探すために歩くこととなった。 地図のポイント辺りから、葉山マリーナ前を抜け、森戸神社へ出る道の手前のY字路にあるローソンまで、線香を求めて歩いた訳だ...。
まぁざっと1キロ程度の道のりだが、本当に「店」が存在するのか疑惑を抱いたままの炎天下は、体感的に1キロじゃ済まなかったような気がする...。 ともあれ、線香とライターを購入して帰る道すがら、この記事の話を、実体験したのだった...。
「
◇危険知らせぬ「静けさ」
「まるで透明の車」。横浜市に住む全盲の久保智(さとし)さん(39)はその体験を鮮明に記憶している。
丘陵地の住宅街にある狭い坂道。鍼灸(しんきゅう)術を学ぶために学校へ歩く途中、前方から小さな音を感じた。「ライトをつけた自転車が走るような音」。次の瞬間、至近距離からクラクションが鳴った。「ハイブリッド車だ」。慌てて路肩に避ける久保さんの脇を、自動車が過ぎ去る気配が残った。
× ×
「音は光」と久保さんは言う。視覚障害者は、危険が迫っていることを音などで判断する。ガソリンエンジンとモーターを併用し燃費がよいハイブリッド車。人気は高まっているが、時速15キロほどの低速時にモーターの力で走る方式だと、走行音はほとんど聞こえない。環境に優しい一方、視覚障害者にとっては新たな不安材料だ。
メーカー側も意識は共有する。トヨタ自動車のグループ会社・トヨタ自動車九州(福岡県宮若市)は、視覚障害者の要望に応え、ハイブリッド車の走行音について知ってもらう体験会を06年から4回開いてきた。
ホンダが2月に発売したハイブリッド車は、低価格で低速時にもエンジンを使う方式。これだと走行音が出るのも一つの特徴だ。
一方、「日本自動車工業会」は06年夏から、ハイブリッド車の走行音対策の検討を始めた。「車両接近を音で伝える装置がつけられないか」。しかし、発音装置は“新たな騒音源”になりかねない。議論は続いている。
今年2月には、自動車騒音に関する国連の会議の分科会が、静音性の問題を初めて議題に取り上げた。
ハイブリッド車の静音性と歩行者の安全性を研究する慶応大経済学部の中野泰志教授(障害者心理学)は「子どもや高齢者も事故に巻き込まれる可能性がある」と指摘。「ドライバーから『クラクションほどではない音で伝えられないか』という声も出ている。環境とバリアフリーの共存へ向け、業界全体で解決策を模索してほしい」と話す。【青木絵美】
」
観光地故の渋滞か、マリーナから逗子駅へ向かう道は、切れ目なく車の列が続いていた。 線香を求めて歩いた折には、この内の一台でも、ヒッチハイクに応じてくれないものか...と、都合の良いことを考えつつ、それでも車に注意を払いながら歩いていたが、帰り道は、とりあえず購入を終えて、それまで我慢していた飲み物も手に入れ、帰りつく時間も大方予想できたことで、かなり気を抜いて歩いていた...のだと思う。
切れ目なしの渋滞状態とは言え、当然車は全く止まっている訳ではない。 時として相応の距離を、時速15キロ程度は出して走れるフェーズが訪れる。 道幅が、かなり狭い場所に歩きついた時だった。 それまで続いていた車がふっと途切れたような気がした。 あぁまた何台かスピードを上げてくるな...。 通常であればこの段階で、排気音から凡そ、次の車との距離感を意識する。 時には、この距離でそのスピードはなかろう!...というような車がすり抜けて行くようなこともあるので、耳を欹て、自然身構える。...が、今回、前を行く車との間に、相応の距離が開いたにも関わらず、後ろからのエンジン音はほとんどない...。 これはまた、妙なタイミングで、渋滞が途切れたものだ...と、ほんの少し気を緩めた、その瞬間だった。 プリウスが唐突に、かすめるように、右後方から走り抜けて行った...。
渋滞時にエンジンをブン回すために、ハイブリッドカーを購入する人は、まずいないだろう...。 エンジン音が全くないことに気を許して、少し車道側にはみ出した間隙を縫われたようにすら感じた。 感覚としては、右後方に時空のねじれでも発生して、突如車がそこから走り出してきたようなものだ。 無防備この上ないタイミングを、あえて選ばれたような、嘲笑われたような、半分馬鹿にされたような、奇妙な不快感だけがそこに残った。 車は文字通り「音もなく」過ぎ去ってゆく...。
先日、TV番組の何かの特集で、ホンダの福井社長が、感慨深げに水素カーを試乗している姿を見かけた覚えがある。 何よりも走行時の静かさと、環境に対する配慮が行き届いている点に、ほぼ、自画自賛状態だったと思う。 燃料の水素を、低コストでどう運ぶか!?が解決すれば、近い将来、ガソリン車に取って代わる日が来るかもしれない...何しろ、駆動輪を動かすための電力を得た結果は、化学反応の結果である「水」しか発生させないのだ。 環境面では、ほぼ満点に近い「エコ・カー」だ。
ただし「恐ろしく静か」な車は、記事にある通り、視覚障害者のみならず、子どもや高齢者に対しても、新たな事故の要因を生む。 先に記した『恐怖』は、体験した者でないと、本当の意味を理解し難いと思うが、五体満足とは、ある意味罪なものだ...記事を目にするまで、自身スッカリ忘れていた。
記事を読む限り、ホンダのインサイドでは、葉山の状況再現はなさそうだが、むしろ本当の恐怖は『静かな高速運転』にこそある。 解決策の模索は、業界のみならず、皆で知恵を出し合うべきではないか?...自身何ができるか!?を棚に上げたままの状態ではあるが、漠然とそんな風に思い至った次第である...。
母も嫁いでから必ず毎年ここを訪れている訳でもなく、以前は、墓地の敷地内のお堂に線香が置かれ、墓参の時期には、裏の米屋で花を売っていたと聞くが、今回訪れた際には、線香も花も手に入らなかった。 米屋に至っては、昨日今日閉まったようには見えない...。
写真に地図をリンクしたが、周囲にそんなものを売っている店などなさそうだ。 逗子駅から墓地までタクシーを利用した...までは良かったが、以降の「足」は確保していない、着の身着のままの旅行の「ツケ」が、唐突に降って湧いた。
結果、足の悪い母に家内を付けて、お堂で座って待つよう言いつけ、自身近隣の人から聞いた「店」を探すために歩くこととなった。 地図のポイント辺りから、葉山マリーナ前を抜け、森戸神社へ出る道の手前のY字路にあるローソンまで、線香を求めて歩いた訳だ...。
まぁざっと1キロ程度の道のりだが、本当に「店」が存在するのか疑惑を抱いたままの炎天下は、体感的に1キロじゃ済まなかったような気がする...。 ともあれ、線香とライターを購入して帰る道すがら、この記事の話を、実体験したのだった...。
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◇危険知らせぬ「静けさ」
「まるで透明の車」。横浜市に住む全盲の久保智(さとし)さん(39)はその体験を鮮明に記憶している。
丘陵地の住宅街にある狭い坂道。鍼灸(しんきゅう)術を学ぶために学校へ歩く途中、前方から小さな音を感じた。「ライトをつけた自転車が走るような音」。次の瞬間、至近距離からクラクションが鳴った。「ハイブリッド車だ」。慌てて路肩に避ける久保さんの脇を、自動車が過ぎ去る気配が残った。
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「音は光」と久保さんは言う。視覚障害者は、危険が迫っていることを音などで判断する。ガソリンエンジンとモーターを併用し燃費がよいハイブリッド車。人気は高まっているが、時速15キロほどの低速時にモーターの力で走る方式だと、走行音はほとんど聞こえない。環境に優しい一方、視覚障害者にとっては新たな不安材料だ。
メーカー側も意識は共有する。トヨタ自動車のグループ会社・トヨタ自動車九州(福岡県宮若市)は、視覚障害者の要望に応え、ハイブリッド車の走行音について知ってもらう体験会を06年から4回開いてきた。
ホンダが2月に発売したハイブリッド車は、低価格で低速時にもエンジンを使う方式。これだと走行音が出るのも一つの特徴だ。
一方、「日本自動車工業会」は06年夏から、ハイブリッド車の走行音対策の検討を始めた。「車両接近を音で伝える装置がつけられないか」。しかし、発音装置は“新たな騒音源”になりかねない。議論は続いている。
今年2月には、自動車騒音に関する国連の会議の分科会が、静音性の問題を初めて議題に取り上げた。
ハイブリッド車の静音性と歩行者の安全性を研究する慶応大経済学部の中野泰志教授(障害者心理学)は「子どもや高齢者も事故に巻き込まれる可能性がある」と指摘。「ドライバーから『クラクションほどではない音で伝えられないか』という声も出ている。環境とバリアフリーの共存へ向け、業界全体で解決策を模索してほしい」と話す。【青木絵美】
」
観光地故の渋滞か、マリーナから逗子駅へ向かう道は、切れ目なく車の列が続いていた。 線香を求めて歩いた折には、この内の一台でも、ヒッチハイクに応じてくれないものか...と、都合の良いことを考えつつ、それでも車に注意を払いながら歩いていたが、帰り道は、とりあえず購入を終えて、それまで我慢していた飲み物も手に入れ、帰りつく時間も大方予想できたことで、かなり気を抜いて歩いていた...のだと思う。
切れ目なしの渋滞状態とは言え、当然車は全く止まっている訳ではない。 時として相応の距離を、時速15キロ程度は出して走れるフェーズが訪れる。 道幅が、かなり狭い場所に歩きついた時だった。 それまで続いていた車がふっと途切れたような気がした。 あぁまた何台かスピードを上げてくるな...。 通常であればこの段階で、排気音から凡そ、次の車との距離感を意識する。 時には、この距離でそのスピードはなかろう!...というような車がすり抜けて行くようなこともあるので、耳を欹て、自然身構える。...が、今回、前を行く車との間に、相応の距離が開いたにも関わらず、後ろからのエンジン音はほとんどない...。 これはまた、妙なタイミングで、渋滞が途切れたものだ...と、ほんの少し気を緩めた、その瞬間だった。 プリウスが唐突に、かすめるように、右後方から走り抜けて行った...。
渋滞時にエンジンをブン回すために、ハイブリッドカーを購入する人は、まずいないだろう...。 エンジン音が全くないことに気を許して、少し車道側にはみ出した間隙を縫われたようにすら感じた。 感覚としては、右後方に時空のねじれでも発生して、突如車がそこから走り出してきたようなものだ。 無防備この上ないタイミングを、あえて選ばれたような、嘲笑われたような、半分馬鹿にされたような、奇妙な不快感だけがそこに残った。 車は文字通り「音もなく」過ぎ去ってゆく...。
先日、TV番組の何かの特集で、ホンダの福井社長が、感慨深げに水素カーを試乗している姿を見かけた覚えがある。 何よりも走行時の静かさと、環境に対する配慮が行き届いている点に、ほぼ、自画自賛状態だったと思う。 燃料の水素を、低コストでどう運ぶか!?が解決すれば、近い将来、ガソリン車に取って代わる日が来るかもしれない...何しろ、駆動輪を動かすための電力を得た結果は、化学反応の結果である「水」しか発生させないのだ。 環境面では、ほぼ満点に近い「エコ・カー」だ。
ただし「恐ろしく静か」な車は、記事にある通り、視覚障害者のみならず、子どもや高齢者に対しても、新たな事故の要因を生む。 先に記した『恐怖』は、体験した者でないと、本当の意味を理解し難いと思うが、五体満足とは、ある意味罪なものだ...記事を目にするまで、自身スッカリ忘れていた。
記事を読む限り、ホンダのインサイドでは、葉山の状況再現はなさそうだが、むしろ本当の恐怖は『静かな高速運転』にこそある。 解決策の模索は、業界のみならず、皆で知恵を出し合うべきではないか?...自身何ができるか!?を棚に上げたままの状態ではあるが、漠然とそんな風に思い至った次第である...。