今日で阪神淡路大震災から11年が経った。
今でもあの朝のことは鮮明に覚えている。地震の少し前に目が覚めて、その直後に大きな揺れが来た。岐阜でも震度4ぐらいだったと思う。すぐにNHKをつけた。宮田アナウンサーが地震があったことを伝えていた。初めに住吉神社の様子が写り、大きな燈籠が倒れていた。ずっと宮田アナウンサーが話し続けていた。
なぜかどうしてもボランティアに行きたいと思ったが、当時の強烈な上司からは休暇の許可がもらえず、おりある毎に何となくテレビで報道を見ているだけだった。震災から一年ぐらいたって消防団の研修旅行で淡路島の北淡町へ義援金を持って行った。一年以上経っていても、ほとんどの屋根にはブルーシートがのっていた。震災の凄さを感じた。当時は神戸がクローズアップれていたが淡路島も大きな被害を受けていた。
それからは災害が起きると自分がその場所に行くのにかかる旅費の半分でも募金しようと思うようになった。しかし悲しいかな、最近では自分の生活もあるので一万円を上限に日赤に寄付をするようになった。
東海大地震のような災害はいつか必ずやってくる。しかし、うちの会社の人達はのんきなもんだ。もっと真剣に考えて欲しい。
改めて震災での犠牲者の方のご冥福をお祈りします。合掌