国道45号線(仙塩街道)が榴ヶ岡公園北側で右にカーブする場所を起点にして、原町本通りが45号線と並行して宮城野区役所方面に向かって続いています。一方通行の約1.5km直線道路が商店街です。開いている店はだいぶ少ないですが、よく整備された道かと思います。商店街の入り口に道標があります。
頑張っている原町商店街のHPは こちら
平日の昼過ぎ、少し閑散としていました。
入口から100mほど、左手に仙台三十三観音の十番札所「千手観音堂」があります。
境内の大銀杏に誘われて参拝しました。
商店街に入って400mほどの左手マンションの入り口に、
59番辻標「原町(はらのまち)/大源横丁(だいげんよこちょう)」が設置されています。
「原町」は、いにしえは、歌枕の”宮城野”の原野に臨む原町が原点でもあり、藩政時代には、財政を支える米蔵や材木蔵が置かれたり、仙台城下東の宿駅でもあったりと、歴史的にみても興味の尽きない重要なエリアです。
「大源横丁」は、明治38年に地元の慈善家で、呉服商の大内源田右衛門の篤志に開通した道。今は公園になっている清水沼と原町をむすぶ生活路として重宝されました。名前から2文字とって命名されています。また、大町にあった大内屋の八代目で数多くの社会的貢献をされています。
実は、この原町本通りには、横丁が4本あります。1本がこの大源横丁で、三本は遠藤横丁、岩井横丁、佐々木横丁です。遠藤横丁は、旅館、岩井横丁は、酒屋、佐々木横丁は、質屋に由来します。いずれも宮城野原に向かう農道でした。
遠藤横丁には、標識らしきものは発見できませんでした。
商店街が続いています。
どういうご商売だったか、昭和の建物発見。
岩井横丁の標識があります。
佐々木横丁の標識発見。
きれいに整備された原町カッコウ公園です。因みに仙台市の鳥は「カッコウ」だそうです。
歴史ある町原町の代表格、それはこちらの1836年創業の「鳥山米穀店」ですね。17軒あった米穀商のひとつ、よく保存され、いまも営業されています。
商店街の東端に、「道しるべ石」が建っています。
仙台城下の東端で、東西南北への重要な道しるべだったんですね。
仙台市内がどんどん都市化され、藩政時代はもちろん、明治大正昭和の遺物が消されていく中、こちらの商店街には、歴史的遺物や寺社もあり、祭など通じて頑張ってほしいものです。
参考資料・引用
「辻標」 仙台市文化財パンフレット第三十五集 編集発行 仙台市教育委員会文化財課
「仙台城下の町名由来と町割」定価1,500円(税別) 著者 古田義弘 発行所 本の森