有子山城
2013/4/27 但馬遠征(2泊3日)
兵庫県豊岡市のお城めぐり
但馬山名氏が築いた石垣造りの最後の居城
≪ お城の概要 ≫
城名: 有子山城
よみ: アリコヤマ
別称: 有子城・高城
所在地: 兵庫県豊岡市出石町伊木1
現状: 山
築城年代: 天正二年(1574)
築城者: 山名祐豊
形式: 山城
遺構: 本丸・第二曲輪・第三曲輪・第四曲輪・第五曲輪・第六曲輪・千畳敷・石垣・堀切・竪堀・土橋・土塁
規模: 250m×100m、標高321m、比高310m
文化財: 市指定文化財
訪城日: 2013/4/27
≪ 訪城記 ≫
但馬遠征(2泊3日) 初日のお昼前に出石城前の有料駐車場に到着。
舞鶴若狭道福知山ICを降りて国道9号山陰道を西進、羽合付近から北上、牧川を越えて牧三叉路信号を左折、国道9号山陰道をそのまま西進、野花三叉路信号を右折、国道426号を北上、京都府から兵庫県へ入り、ひたすら道なりに進み登尾トンネルを抜けて、さらに道なりに進み出合三叉路信号を左折、国道426号をそのまま進み、乙女橋三叉路信号を右折、出石川堤防沿いの道を北上、1.7㎞進んだところで川を渡り、すぐの交差点の次の三叉路を右折、東へ約250mで賑やかな出石城の城下町跡に着く。突き当りに豊岡市役所出石支所の有料駐車場がある。ここに車を駐車する。他にも周辺に有料駐車場有。
出石支所の南側に出石城があり、その左側に稲荷神社の参道がある。有子橋を渡り真っ赤な鳥居の参道道を登っていく、途中に出石城の石垣を見ることができる。
稲荷神社の入り口に手水があり、その左側に「有子山登山口」の看板が建っている水道施設の横を山に登っていく。ここに有子山城址碑が建っている。
ここから急峻な尾根道をひたすら登る。あと720m地点で堀切、土橋、竪堀跡を見ることができる。さらに登ってあと240m地点で削平地らしき曲輪で登り道が右へ折れて、山の裾を歩くつづら折れの道になり、しばらく行くと右の崖下に苔むした石垣跡が残っている。
さらに登っていくと段曲輪になった所に出る。削平地と石垣跡が残っている。第6、第5、石切り場、第4曲輪と登っていくと、石垣が良く残っている第3曲輪へ出る。第3曲輪に残り長い石垣の右側を通って、さらの進むと本丸と千畳敷の間に大きなV字型堀切があり、この堀切の左上が本丸で、右上が千畳敷です。
堀切を登って本丸跡へ、一番高い場所が本丸跡で東屋の休憩所と説明板があり、台地状の削平地南側に土塁跡らしき盛り上がりが残っている。本丸北回りに壮大な石垣が良く残っている。北方向の見晴しが良く絶景のパノラマです。本丸から西の一段下が第2曲輪で、その下が第3曲輪で、降りていくと第3曲輪の左側に出られます。
もう一度、第3曲輪の長い石垣横の道を通って堀切に出て、今度は右側を登っていくと広い千畳敷に出ます。東へ三段の曲輪です。
稲荷神社まで下山し、ここから出石城へ
≪ 歴 史 ≫
永禄十二年 (1569) 羽柴秀吉による但馬攻めで山名氏の居城此隅城が落城し、その後、天正二年(1574)に山名祐豊が子の氏政と共に大規模な石垣を何段にも構えた有子山城を築く。
天正三年 (1575) 丹波の荻野直正が但馬へ攻め入り、織田信長に助けを求める。
天正五年 (1577) 羽柴秀吉による第一次但馬征伐が始まる。
天正八年 (1580) 第二次但馬征伐で有子山城も攻められ、有子山城主山名氏政は因幡へ逃げ、父祐豊も病死する。
天正十三年 (1585) 前野長康が城主となるが、関白秀次事件に連座して子の長重とともに殺される。
文禄四年 (1595) 小出吉政が出石に移され、有子山城主となる。
慶長九年 (1604) 岸和田城主小出秀政が死に吉政が岸和田城主となり、出石には子の吉政が城主となり、山麓に出石城を築くまで有子山城は残っていた。
≪ 写 真 ≫
稲荷神社登り口の有子橋
有子山城登城口
登城口にある有子山城址碑
急峻な尾根道
尾根道途中の堀切
尾根道途中の土橋
登り道途中の崖下の苔むした石垣跡
第5曲輪付近の石垣跡
石切り場の土塁跡
第3曲輪の石垣
第3曲輪の道沿いの長い石垣
本丸と千畳敷の間の大きな堀切
本丸跡
本丸の土塁跡
本丸西北側の石垣
本丸東北側の石垣
広い千畳敷
現地案内板の縄張図(リンク付サムネイル)
≪ アクセス ≫
<公共交通機関>
JR山陰本線豊岡駅からバスで出石下車、本丸跡まで約1時間。
<車>
舞鶴若狭道福知山ICを降りて国道9号山陰道を西進、羽合付近から北上、牧川を越えて牧三叉路信号を左折、国道9号山陰道をそのまま西進、野花三叉路信号を右折、国道426号を北上、京都府から兵庫県へ入り、ひたすら道なりに進み登尾トンネルを抜けて、さらに道なりに進み出合三叉路信号を左折、国道426号をそのまま進み、乙女橋三叉路信号を右折、出石川堤防沿いの道を北上、1.7㎞進んだところで川を渡り、すぐの交差点の次の三叉路を右折、東へ約250mで賑やかな出石城の城下町跡に着く。突き当りに豊岡市役所出石支所の有料駐車場がある。他にも周辺に有料駐車場有。
≪ 位置図 ≫
稲荷神社登り口の有子橋
稲荷神社からの登城口
本丸跡
紹介したお城の数 59城
2013/4/27 但馬遠征(2泊3日)
兵庫県豊岡市のお城めぐり
但馬山名氏が築いた石垣造りの最後の居城
≪ お城の概要 ≫
城名: 有子山城
よみ: アリコヤマ
別称: 有子城・高城
所在地: 兵庫県豊岡市出石町伊木1
現状: 山
築城年代: 天正二年(1574)
築城者: 山名祐豊
形式: 山城
遺構: 本丸・第二曲輪・第三曲輪・第四曲輪・第五曲輪・第六曲輪・千畳敷・石垣・堀切・竪堀・土橋・土塁
規模: 250m×100m、標高321m、比高310m
文化財: 市指定文化財
訪城日: 2013/4/27
≪ 訪城記 ≫
但馬遠征(2泊3日) 初日のお昼前に出石城前の有料駐車場に到着。
舞鶴若狭道福知山ICを降りて国道9号山陰道を西進、羽合付近から北上、牧川を越えて牧三叉路信号を左折、国道9号山陰道をそのまま西進、野花三叉路信号を右折、国道426号を北上、京都府から兵庫県へ入り、ひたすら道なりに進み登尾トンネルを抜けて、さらに道なりに進み出合三叉路信号を左折、国道426号をそのまま進み、乙女橋三叉路信号を右折、出石川堤防沿いの道を北上、1.7㎞進んだところで川を渡り、すぐの交差点の次の三叉路を右折、東へ約250mで賑やかな出石城の城下町跡に着く。突き当りに豊岡市役所出石支所の有料駐車場がある。ここに車を駐車する。他にも周辺に有料駐車場有。
出石支所の南側に出石城があり、その左側に稲荷神社の参道がある。有子橋を渡り真っ赤な鳥居の参道道を登っていく、途中に出石城の石垣を見ることができる。
稲荷神社の入り口に手水があり、その左側に「有子山登山口」の看板が建っている水道施設の横を山に登っていく。ここに有子山城址碑が建っている。
ここから急峻な尾根道をひたすら登る。あと720m地点で堀切、土橋、竪堀跡を見ることができる。さらに登ってあと240m地点で削平地らしき曲輪で登り道が右へ折れて、山の裾を歩くつづら折れの道になり、しばらく行くと右の崖下に苔むした石垣跡が残っている。
さらに登っていくと段曲輪になった所に出る。削平地と石垣跡が残っている。第6、第5、石切り場、第4曲輪と登っていくと、石垣が良く残っている第3曲輪へ出る。第3曲輪に残り長い石垣の右側を通って、さらの進むと本丸と千畳敷の間に大きなV字型堀切があり、この堀切の左上が本丸で、右上が千畳敷です。
堀切を登って本丸跡へ、一番高い場所が本丸跡で東屋の休憩所と説明板があり、台地状の削平地南側に土塁跡らしき盛り上がりが残っている。本丸北回りに壮大な石垣が良く残っている。北方向の見晴しが良く絶景のパノラマです。本丸から西の一段下が第2曲輪で、その下が第3曲輪で、降りていくと第3曲輪の左側に出られます。
もう一度、第3曲輪の長い石垣横の道を通って堀切に出て、今度は右側を登っていくと広い千畳敷に出ます。東へ三段の曲輪です。
稲荷神社まで下山し、ここから出石城へ
≪ 歴 史 ≫
永禄十二年 (1569) 羽柴秀吉による但馬攻めで山名氏の居城此隅城が落城し、その後、天正二年(1574)に山名祐豊が子の氏政と共に大規模な石垣を何段にも構えた有子山城を築く。
天正三年 (1575) 丹波の荻野直正が但馬へ攻め入り、織田信長に助けを求める。
天正五年 (1577) 羽柴秀吉による第一次但馬征伐が始まる。
天正八年 (1580) 第二次但馬征伐で有子山城も攻められ、有子山城主山名氏政は因幡へ逃げ、父祐豊も病死する。
天正十三年 (1585) 前野長康が城主となるが、関白秀次事件に連座して子の長重とともに殺される。
文禄四年 (1595) 小出吉政が出石に移され、有子山城主となる。
慶長九年 (1604) 岸和田城主小出秀政が死に吉政が岸和田城主となり、出石には子の吉政が城主となり、山麓に出石城を築くまで有子山城は残っていた。
≪ 写 真 ≫
稲荷神社登り口の有子橋
有子山城登城口
登城口にある有子山城址碑
急峻な尾根道
尾根道途中の堀切
尾根道途中の土橋
登り道途中の崖下の苔むした石垣跡
第5曲輪付近の石垣跡
石切り場の土塁跡
第3曲輪の石垣
第3曲輪の道沿いの長い石垣
本丸と千畳敷の間の大きな堀切
本丸跡
本丸の土塁跡
本丸西北側の石垣
本丸東北側の石垣
広い千畳敷
現地案内板の縄張図(リンク付サムネイル)
≪ アクセス ≫
<公共交通機関>
JR山陰本線豊岡駅からバスで出石下車、本丸跡まで約1時間。
<車>
舞鶴若狭道福知山ICを降りて国道9号山陰道を西進、羽合付近から北上、牧川を越えて牧三叉路信号を左折、国道9号山陰道をそのまま西進、野花三叉路信号を右折、国道426号を北上、京都府から兵庫県へ入り、ひたすら道なりに進み登尾トンネルを抜けて、さらに道なりに進み出合三叉路信号を左折、国道426号をそのまま進み、乙女橋三叉路信号を右折、出石川堤防沿いの道を北上、1.7㎞進んだところで川を渡り、すぐの交差点の次の三叉路を右折、東へ約250mで賑やかな出石城の城下町跡に着く。突き当りに豊岡市役所出石支所の有料駐車場がある。他にも周辺に有料駐車場有。
≪ 位置図 ≫
稲荷神社登り口の有子橋
稲荷神社からの登城口
本丸跡
紹介したお城の数 59城
日本の城 完全名鑑 増補改訂版 (廣済堂ベストムック) | |
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