だんだんと家族が老いていっているのがよくわかる。そうもうすぐ来るのだろう家族と別れる日が。
障害者総合支援法による相談事業にて、市から相談員が定期的に自宅へ訪問に来ている。そこで少し過激な演出をして世の中の障がい者の実態というのを聞き出そうとしてみた。
案の定相談員は世の中でうまくいっているレアなケースの障がい者の話をしてきた。しかしそれでは意味がないので99%の障がい者はどんな様子か話してもらおうと努力してみた。
するときちんと話をしてくれた。自分が思っていた(知っていた)通り障害年金に足りない分を生活保護といった様子で生活をしているらしい。
ただ問題は身の回りの事がとても不自由な障がい者のケースだ。それには介護保険の適応年齢になっても以前から障害サービスを使っていたら継続して障害サービスを使えるケースがあるらしい。
よって高齢でも障がい者グループホームに住んでいる人もいるらしい。
そこで自分場合だ。もう就労は不可だ、よって財産が尽きたら生活保護となる。その場合は一人でアパートに住んで生活保護かグループホームかといった話になるが、せめて一人でアパートで暮らせるようはしておかないととも思う。ただ自分が高齢ならグループホームの方が安心かもしれないが。とにかくある程度の身の回りはできるようにしておかないと。
そして財産が尽きるまでの人生の話だ。毎日節約に励み生活保護になる日をできるだけ伸ばそうとするか、それなりにお金を使って人生を楽しみその日になったら生活保護を受けるか。こればかりは自分の寿命がわからないからどうにもならない。節約に励んでいたら死んでしまいお金を残すなんて話もある。どちらにしろ障害で生活保護を必ず受給できるというのが前提だが。
なぜこんな話ができるのは、もうすでに生活レベルは生活保護水準なのである。昔に精神科で生活保護受給者が小遣い9万円なんだよね~と話してきた時は、自分は小遣いは一日200円であった。ただ彼は資産は無いが自分はあるのだが。
お金があるなら使えばよいとなるが、やはり節約倹約して生活をしようと自分はする。なんだかこの姿勢が自分に合っているのだ。たとえお金を残して死ぬことになってもこのスタイルがいい。
やはり自分に合わない事やできない事はしない、これが人生の鉄則か。must、つまりしなければならないとばかり思いつめなくていい。いいんだよ、福祉をもらっても。
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