[復刻版] 台湾訪問記(2) 慌ただしい出発前
(国際比較管理学術会議(高尾)参加記録)
1997年5月24日(木)~28日(月)
■様々な要望
「どうして物事は,こうもスムーズいかないものか!」 と私は嘆いている.
ことの成り行きは・・・・
台湾へ行く連中は,私が纏めて引率していく.
ところが,「カラさん」は,民間出身ということが買われて,勤務先の大学で,就職部長をやらされていて,極めて多忙である.従って,福岡空港から直接台湾へ行きたいという希望を持っている.でも帰りは,東京行の便を利用したいと面倒なことをいう.
また,「貴公子」は奥さんと子供を連れて行きたい.さらには仕事の都合で,皆より一足早く,1日前に帰国したいという.
さらには,ARENAオフミの講師をお願いした「ガンさん」は,台湾へ到着した1日だけは,われわれと行動をともにするが,それ以降は故郷へ帰るので別行動だという.
「ソカさん」は,
「何でも私のいうとおりにしますので,適当にやって下さい」
と虫のいいことを言い出している.
「ちょっと待てよ.大会参加費の120ドルを小切手にして事務局へ送るぐらいは自分でやってください.それに学会へのエントリーは,本人でないとできないよ」
と私は,やや当惑気味である.
■ホテル予約でドタバタ
まあ,そんなこんなで,出発日やルートは違っても,宿泊ホテルだけは,みんな一緒に揃えること.それに東京発の参加者は,成田発ではなく,羽田発着のチャイナエアラインを手配することにした.そして,N社のA氏の推薦もあって,旅行手配は,N旅行××支店のO氏に依頼することにした.ところが,このO氏へは電子メールが通じない.いちいち電話かファックスである.これが大変面倒であった.
やがて,日本旅行のO氏から,宿泊予定は「漢来大飯店(Grand Hi-Lai Hotel)」という連絡があった.そして,ホテルの案内書と,高雄市の地図を数部,O氏から送られてきた.少々質が悪い紙にホテルの写真と日本語の説明が印刷されている.それによれば,450の豪華客室,エクゼクティブフロア,レストラン等々,色々な設備が完備しているようだ.
「これは良いホテルだ」
と私は一人悦に入っている.何となく,昨年のバンコックでの "Tea or coffe, Sir?" を思い出す.
そこで,私は,大会関係の申込み書類などとともに,ホテル案内,日程表,地図など一式を関係者に郵送し,同時に,ニフティを訪問して「ヒガさん」やA氏にことの次第と,今後のスケジュールや,運営の詳細を打ち合わせて万全を期した.
■前日になってやっと旅支度
出発日の3日前に,N旅行から,今回の旅に関する書類一式が送られてきた.日程表,保険申込書,各種PR資料などが入っていた.
日程表を見ると,出発日は,早朝7時15分,羽田空港ロビー集合になっている.
「あれっ,午後の出発ではなかったのか? 最初の話と違うな.まあ,いいや」
空港の地図を見ると,国際線のターミナルは京浜急行またはモノレールの羽田駅からさらにバスを利用するらしいのでややこしい.
「明日出発」という金曜日の午後になって,私は旅支度をし始めた.
「いけねえ.保険かけなければ・・・・・」
勿論,私の持っている××カードには,海外旅行の保険が付いている.が,どうもカードの保険では不安だ.なにしろ,私は,数年前に,ヨーロッパを夫婦で旅したときに,スイスのローザンヌで,家内が急病になって,困り果てた経験がある.だから,保険には慎重になっている.
そこで,鎌倉駅前の旅行代理店で,保険をかけ,その足で駅前の東急デパートで貴重品をいれるベルトを買った.その辺の売場にあった貴重品入れのベルトを,良く見もせずにレジに行く.すると,年輩の女性店員が,
「旦那さん.これはLですから大きすぎますよ.内の亭主は,旦那さんよりも,うんと太っていますが,それでもLサイズですよ」
という.恥ずかしながら私は,貴重品ベルトに「大小」があるなどとは,ついぞ知らなかった.
結局,一番小さいMというサイズのベルトを購入した.実は,家には既に2~3本の貴重品ベルトがあるのだが,いざとなると,どこかに紛れていて出てこない.だから,探すのが面倒になり,また詰まらぬ買い物を重ねることになる.
さて外貨は?
どこかに使い残しのドル建てのトラベラーズチェックがあったっけ?
なければないでいいや.ガザゴソと机の中を探すと,200ドルばかりのTCが出てきた.これで良し.200ドルもあれば十分だろう.何しろ1ドルが90円程度のときに作ったチェックだがら損はない.カードもあるし・・・・
机の片隅から,もう数年前の100NT$の紙幣も1枚出てきた.紙幣の表側には,蒋介石総統の肖像が印刷されている.蒋介石総統の印刷のある紙幣は,今でも発行されているのだろうか.そんな妙なことが気になる.
私は,準備ができて,すっかり安心した.
ただ,明日の朝は,べらぼうに早く,4時に起きて,大船駅まで歩いていかなければならないのが,玉に瑕(キズ)だ.
■ホテルの予約を間違えた?
出発の当日,午前4時前に,念のためにパソコン通信を開いた.
「ガンさん」からメールが入っていた.私は「何ごとか」と訝りながら読んだ.「ガンさん」のメールは,
「旅行会社に問い合わせたところ,先生達の宿泊するホテルは,以前,先生から伺っていた「漢来大飯店」とは違うようです.旅行社は,先生方が宿泊するホテルは「霖園大飯店(Linden Hotel)」だといっています.どちらが本当でしょうか?」
という内容のものであった.
私は,この文面を見て,背筋が寒くなった.同行者がバラバラのホテルに宿泊することになるのだろうか.
「面倒なことになったなぁ~」
と私は頭を抱えた.
でも,こんなことに頭を抱えていても解決の仕様がない.なるようにしかならない.
「まあ,何とかなるさ」
と私得意の楽観論が頭をもたげる.
■早朝の住宅街に響く車輪の音
私は,4時10分頃,家を出た.
大船まで約3キロメートルばかり,払暁の住宅地を抜け,山を下って歩くのである.荷物は,機内持込可のキャスター付の小さなトランクだけである.
一昨年,ある学会でシンガポールへ行ったときに,地元のスーパーで3,000円程で売っていた安物である.このトランクで香港,タイ,深せんなど各地を廻った.これでも結構重宝しているのである.
「し~~ん」と静まり返った住宅地の中で,キャスターのガラガラ音がこだまする.キャスターの音も,日中はあまり気にならないが,静かな住宅街では,とてつもない大きな音に感じる.タイルの継ぎ目では,まるで列車の車輪がカタコトいうような音まで,せわしくこだまする.
「ガタン,ガタン,ゴロゴロ・・・ ガタン,ガタン,ゴロゴロ・・・・」
を繰り返す.その辺の犬という犬が,つられるように吠え出す.
「エエィ! やけくそだっ!」
途中,120段ばかりの石段を下る.重いトランクを,
「やっ!」
と持ち上げる.下の段に直ぐ下ろす.
「ガチャン!」
と音がする.また持ち上げて,直ぐ下ろす.その度に
「やっ! ガチャン!,やっ! ガチャン!」
を繰り返す.
階段を下りきると,また
「ガタン,ガタン,ゴロゴロ」
を繰り返す.
3キロメートルもの距離を,こんなことをして引っ張っていったら,キャスターが壊れてしまうのではないかと真剣に心配する.でも心配したところで,キャスターの寿命が延びるわけでもないので,
「そのときは,そのときだ・・・」
と頭を切り替える.
やっとの思いで大船駅に到着した.キャスターは無事だった.
早朝5時だというのに,大船駅には意外に沢山の人がいる.駅のエスカレータは,まだ動いていない.一段ずつ「ガッチャン!,ガッチャン!」を繰り返して階段を登る.
私は,良くもまあ,このボロキャスターが3キロメートルの道のりに耐えたものだと頻りに感心している.
■やっと羽田空港に到着
大船駅で,また,迷った.
浜松町経由モノレールで行くか,それとも横浜で京浜急行に乗り換えて羽田まで行くか.迷った末,取りあえずは横浜までの切符を買った.横浜へ着くまでに,どちらにするかを考える魂胆である.
電車の中で,つい,うとうとした.
気がつくと,丁度,列車が横浜駅に着いたところだ.浜松町経由にするか京浜急行にするか,まだ決めていなかった.そんなときは,兎に角,下車りよう.結局,降りたからには京浜急行で行ってみようという気になった.羽田までの乗車券が220円.馬鹿に安い.京急蒲田乗り換えで,意外にスムーズに羽田駅に着いた.
大多数の客は,羽田駅でモノレールに乗り換えている.国内線の客であろう.どこが何処だか良く分からないが,兎に角,バス停に出ると,如何にも台湾人だという風体の人たちが,数名,バスを待っていた.
丁度,7時にターミナルビルに到着した.
私は,どうも勝手が分からないらしくて,キョロキョロしながら,ビルの中に入る.
遠くの方から,大男が,
「先生,お早うございます」
と大げさに手を振っている.「髭さん」である.
「髭さん」は,すっかり旅慣れているような様子で,時刻表や食べ物屋などのいろいろなメモを,やたらに張りつけた厚さ3~4センチの黒い表紙の手帳を,後生大事に抱えている.
その内に,「ソカさん」が現れた.「ソカさん」は,今度の旅がよほど嬉しいらしくて,やたらに台湾の観光案内の本を買い込んでいる.また,私のトランクより数倍立派な機内持込可能な新品のトランクを仕入れている.
「ヒガさん」も間もなく現れた.
「貴公子」は,うらやましくなるような可愛い奥さんと,にこにこと機嫌が良い赤ん坊を連れて現れた.
私が,赤ん坊の可愛さにつられて,
「居ない居ない,ばぁ~」
をすると,奥さんとそっくりな色白のぽっちゃり顔赤ん坊が,無邪気に「ケタケタ」と笑う.
私は,面白がって,何回も,何回も,「居ない,居ない,ばぁ~」を繰り返す.
「貴公子」の予約したホテルは,案の定,最初に,旅行社が連絡してきた「漢来ホテル」だった.
「ええ,皆さんのホテルと違うんですかぁ~」
と「貴公子」は意外だという顔をしている.
■お一人が遅延でヤキモキ
某企業副社長兼某大学非常勤講師兼大学院博士課程兼中小企業診断士兼システム監査技術者兼特種情報処理技術者兼第1種情報処理技術者兼兼・・・の「勉さん」は,何時まで待っても現れない.
私は,一向に現れない「勉さん」に,やきもきするが,すぐ気分を変えた.やきもきしたところで来ないものは来ないのである.そこで,「勉さん」を除いて,全員でチェックインした.
「後から一人,来るかも知れない」
とカウンタでいうと,
「それならば,とりあえずは座席を押さえておきましょう」
と窓口嬢が,愛想良く応対してくれた.
中華航空なのにJALが業務を代行している.これだから日本人の窓口嬢は素晴らしいと,私は勝手に評価を下している.
かなり遅れて「勉さん」が到着した.
乗車したモノレールが,浜松町を出た直後,故障して動かなくなったのだという.そのために,途中からタクシーを拾って,漸く駆けつけたところだった.私は,横浜駅で京急に乗り換えて良かったと,心中で安堵している.
そういえば,「勉さん」以外は,全員,横浜・湘南方面に住んでいるので,横浜経由で羽田へ来ている.
■オーバーブッキングでビジネスクラスへ
使用機材はジャンボであった.
われわれの指定席は,ジャンボの背中の瘤の中にあった.大変,ゆったりとした座席で,ファーストクラスか,ビジネスクラスの席だった.貧乏性の私は,アメリカだろうが,ヨーロッパだろうが,自慢ではないがエコノミークラス以外に乗ったことがない.
「これは,ついている!」
エコノミーの運賃で,ゆったりした席が確保できた.
心の奥底から「快也!」を,思わず叫んでいるのである.
かれこれ10数年前に,やっぱり中華航空に乗ったことがある.そのときは派手な色彩で,太股(フトモモ)付近まで割れ目があるチャイナ服を着たスチュワーデスが何人も乗っていた.その艶姿にすっかり目を奪われたものだったが,その頃に較べると,同じ会社の飛行機なのに,スチュワーデスの服装が随分と地味になっている.
機内のモニターテレビには,日本地図が映し出されている.日本列島の南岸に沿って,飛行機が飛んでいるのが分かる.こうしてみると,日本列島は意外に細長くて大きい.いつまで飛んでも,退屈するぐらい日本の領海内である.
私は,前にも言ったとおり,英語が苦手である.そこで,つい前日まで準備していたOHPのトランスペアレンシーを引っぱり出して,どんな順序で何を話すかを一生懸命になって思案している(2012年注;当時はパソコンは手軽に使えなかったので,OHPを使用してプレゼンテーションをするのが普通だった).
近くの席で,どうやら「勉さん」もプレゼンテーション資料をこねくり回している.
私にかぎらず,発表者はつらい.
(つづく)
「台湾訪問記」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/04f3897aaaef2734af3caecf3e2a4094
「台湾訪問記」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/007d03967aa7e05f36d2df44e57305c6
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[編集後記]
2012年3月3日(土)
これから,名古屋混交在住の山の知人他と,1泊2日で丹沢塔ノ岳に参ります.
したがって,明日のブログは,明日の夜,または明後日の朝に投稿します.
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