<コプップ山荘>
ペルーでお世話になった三井さんが・・・
2009年7月28日(火)
昨年(2008年)7月,ペルーでお世話になった登山家三井孝夫さんが,あのワスカラン山(標高6768m)で,現地ガイド(多分クラウディオさん:未確認)と一緒に遭難した.
一緒にペルーに行った山仲間のIさんから,インターネット情報に掲載されていたと伺って,情報を確認した.
三井さんは,ペルーで,コプップ山荘を共同経営していた.
以下が,「リオデジャネイロ共同」の情報である.
Googleなどで,「三井孝夫」のキーワードで検索すると,刻々と掲載される記事を見ることができる.
***********************
遭難邦人、遺体で発見か ペルーのワスカラン山
【リオデジャネイロ共同】
ペルー北部のアンデス山脈にある同国最高峰ワスカラン山(標高6768メートル)で日本人登山家三井孝夫さん(68)ら2人が行方不明になった事故で、地元山岳ガイド協会などによる捜索隊が28日午前、遭難現場付近で2人の男性の遺体を発見した。 三井さんらの可能性もあるとみて、身元の確認を急いでいる。
捜索隊によると、遺体は現場近くにあった深さ約50メートルのクラック(裂け目)の30メートル地点で見つかった。捜索隊は同日午後にも現場に下りて収容作業を始める。
同協会によると、三井さんは、ペルー人ガイド(52)とともに25日午後11時半(日本時間26日午後1時半)ごろ、標高約6200メートル地点で起きた雪崩に巻き込まれたという。
当時、三井さんより南方のルートにいた別のガイドは雪崩の後、三井さんのヘッドランプが消えて見えなくなったと証言。現場の気温は氷点下25度と過酷な状況にあるという。
2009/07/29 01:49 【共同通信】
ペルー北部のアンデス山脈で25日、日本人登山家らが行方不明になり、捜索活動が行われている。行方不明になっているのは、日本人登山家の三井孝夫さん(68)と、ペルー人ガイド(52)の2人。地元の山岳協会によると、25日午後、2人がいた標高6,200メートル付近で雪崩が発生し、これに巻き込まれた可能性があるという。三井さんは、現地で山小屋を共同経営している。
(07/28 13:17)
*************************
<旅行中に仰ぎ見たワスカラン山:2008/7>
私たちは,昨年(2008年)7月1日(火)から,22日(火)まで,三井さんにお世話になりながら,ペルーを周遊した.そして,三井さんと現地ガイドクラウディオさんが共同経営しているコフップ山荘に長い間お世話になった.
私たち登山組は,三井さん,クラウディオさんお二人ガイドによって,無事,ブランカ山脈のピスコ山(標高5752m)に登頂した.お二方ともに,とても慎重で頼りがいのある立派な方だった.
今,あのときの記録を眺めながら,この報道に呆然と接している.
三井さんは,毎年,7月から9月まで,ペルーのコプップ山荘を活動拠点とされている.私はペルーから帰国後も,ときどきコプップ山荘のホームページにアクセスして,ペルーの旅を思い出している.
今年(2009年),3月5日(木),私は丹沢の塔ノ岳を大倉尾根経由で往復した.雪深い日だった.9時29分に花立山荘を通過して,花立台に差し掛かったときに,私より1本早いバスで大倉尾根入りをしていた三井さんにバッタリあったことがある.そして,三井さんを,尊仏山荘のオーナーHさんに紹介した.
あの日,三井さんは蛭ヶ岳まで往復すると言っていた.
尊仏山荘で,オーナーのHさんを交えて,3人で30分ほど雑談をしたのが,三井さんとの最後のお別れになってしまった.
<花立場を行く三井さん:2009/3/5 9:37>
関連ブログ:http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/44db86fbec111620d0cf195011b78c75
それにしても,今更ながら,山は恐ろしいとつくづく思う.
今年になってから,私も大変お世話になったことのある山岳ガイド,池之内清氏がニュージーランドのクック山で帰らぬ人となってしまった.池之内さんとも,昨年,ペルーで偶然お会いしたのが最後になってしまった.
ここ数年の間に,指導していただいたKガイドは,日本の某所で雪庇を踏み抜いて帰らぬ人になった.Kガイドは,山旅スクール第1期から第4期まで担当されたベテランガイドだった.また,登山学校で尊敬していたガイドのNさんも,山の事故でガイドを辞めてしまった.Nさんは,N方ガイドと一緒に,山旅スクール5期を立ち上げた方である.
こうしてみると,やっぱり山は怖い.この山の怖さを肝に銘じなければいけないなと,つくづく思う次第である.
山専門の方々を引き合いにするのは,おこがましいことだが,そろそろ私も自重して,安全なところ以外には行かないようにしなければ・・・と思い始めている.
合掌.
三井さんのお世話になった「ペルーの旅」の記事を連載している.
この連載の最初の記事は,次のアドレスに掲載している.三井さんを偲ぶ意味でも,お尋ねいただければ幸いである.
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/6fee0e316085f32cce0c47a424821346
PS
現在(2009/7/29 5:00),私のブログの「ペルー訪問記」へのアクセスが急増している.三井さん関連の記事が掲載されている箇所に集中している.
ペルーでお世話になった三井さんが・・・
2009年7月28日(火)
昨年(2008年)7月,ペルーでお世話になった登山家三井孝夫さんが,あのワスカラン山(標高6768m)で,現地ガイド(多分クラウディオさん:未確認)と一緒に遭難した.
一緒にペルーに行った山仲間のIさんから,インターネット情報に掲載されていたと伺って,情報を確認した.
三井さんは,ペルーで,コプップ山荘を共同経営していた.
以下が,「リオデジャネイロ共同」の情報である.
Googleなどで,「三井孝夫」のキーワードで検索すると,刻々と掲載される記事を見ることができる.
***********************
遭難邦人、遺体で発見か ペルーのワスカラン山
【リオデジャネイロ共同】
ペルー北部のアンデス山脈にある同国最高峰ワスカラン山(標高6768メートル)で日本人登山家三井孝夫さん(68)ら2人が行方不明になった事故で、地元山岳ガイド協会などによる捜索隊が28日午前、遭難現場付近で2人の男性の遺体を発見した。 三井さんらの可能性もあるとみて、身元の確認を急いでいる。
捜索隊によると、遺体は現場近くにあった深さ約50メートルのクラック(裂け目)の30メートル地点で見つかった。捜索隊は同日午後にも現場に下りて収容作業を始める。
同協会によると、三井さんは、ペルー人ガイド(52)とともに25日午後11時半(日本時間26日午後1時半)ごろ、標高約6200メートル地点で起きた雪崩に巻き込まれたという。
当時、三井さんより南方のルートにいた別のガイドは雪崩の後、三井さんのヘッドランプが消えて見えなくなったと証言。現場の気温は氷点下25度と過酷な状況にあるという。
2009/07/29 01:49 【共同通信】
ペルー北部のアンデス山脈で25日、日本人登山家らが行方不明になり、捜索活動が行われている。行方不明になっているのは、日本人登山家の三井孝夫さん(68)と、ペルー人ガイド(52)の2人。地元の山岳協会によると、25日午後、2人がいた標高6,200メートル付近で雪崩が発生し、これに巻き込まれた可能性があるという。三井さんは、現地で山小屋を共同経営している。
(07/28 13:17)
*************************
<旅行中に仰ぎ見たワスカラン山:2008/7>
私たちは,昨年(2008年)7月1日(火)から,22日(火)まで,三井さんにお世話になりながら,ペルーを周遊した.そして,三井さんと現地ガイドクラウディオさんが共同経営しているコフップ山荘に長い間お世話になった.
私たち登山組は,三井さん,クラウディオさんお二人ガイドによって,無事,ブランカ山脈のピスコ山(標高5752m)に登頂した.お二方ともに,とても慎重で頼りがいのある立派な方だった.
今,あのときの記録を眺めながら,この報道に呆然と接している.
三井さんは,毎年,7月から9月まで,ペルーのコプップ山荘を活動拠点とされている.私はペルーから帰国後も,ときどきコプップ山荘のホームページにアクセスして,ペルーの旅を思い出している.
今年(2009年),3月5日(木),私は丹沢の塔ノ岳を大倉尾根経由で往復した.雪深い日だった.9時29分に花立山荘を通過して,花立台に差し掛かったときに,私より1本早いバスで大倉尾根入りをしていた三井さんにバッタリあったことがある.そして,三井さんを,尊仏山荘のオーナーHさんに紹介した.
あの日,三井さんは蛭ヶ岳まで往復すると言っていた.
尊仏山荘で,オーナーのHさんを交えて,3人で30分ほど雑談をしたのが,三井さんとの最後のお別れになってしまった.
<花立場を行く三井さん:2009/3/5 9:37>
関連ブログ:http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/44db86fbec111620d0cf195011b78c75
それにしても,今更ながら,山は恐ろしいとつくづく思う.
今年になってから,私も大変お世話になったことのある山岳ガイド,池之内清氏がニュージーランドのクック山で帰らぬ人となってしまった.池之内さんとも,昨年,ペルーで偶然お会いしたのが最後になってしまった.
ここ数年の間に,指導していただいたKガイドは,日本の某所で雪庇を踏み抜いて帰らぬ人になった.Kガイドは,山旅スクール第1期から第4期まで担当されたベテランガイドだった.また,登山学校で尊敬していたガイドのNさんも,山の事故でガイドを辞めてしまった.Nさんは,N方ガイドと一緒に,山旅スクール5期を立ち上げた方である.
こうしてみると,やっぱり山は怖い.この山の怖さを肝に銘じなければいけないなと,つくづく思う次第である.
山専門の方々を引き合いにするのは,おこがましいことだが,そろそろ私も自重して,安全なところ以外には行かないようにしなければ・・・と思い始めている.
合掌.
三井さんのお世話になった「ペルーの旅」の記事を連載している.
この連載の最初の記事は,次のアドレスに掲載している.三井さんを偲ぶ意味でも,お尋ねいただければ幸いである.
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/6fee0e316085f32cce0c47a424821346
PS
現在(2009/7/29 5:00),私のブログの「ペルー訪問記」へのアクセスが急増している.三井さん関連の記事が掲載されている箇所に集中している.