FMEN式雑記

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

秋田環状線を走ったバス

2025-02-05 22:06:41 | 秋田市営バス
秋田環状線ネタ続き。

1960年代から着工していまだ未完成な秋田環状線はバス路線でもありました。

しかし、秋田環状線系統ではありませんでして。しかも…

☆保戸野新川向〜原ノ町(ななかまど通り)
新国道から附属小学校北まで。
環状線起点という偶然か、新川向経由泉山王環状線が走っていた。
また、千代田神田交通局線もあった。
この路線は外旭川から天徳寺を回り、後述する千秋トンネル通りに入らないで新国道→八橋→臨海→交通局or大川反まで行った路線。
この工事も関係してか様々なところで経路変更があり、大町の最西の鱗勝院通り経由もあった。
最後はななかまど経由に落ち着く。
また国鉄官舎が解体されたときにバス停が改名されたが、もう移管目前もありサビサビバス停の名前だけシールでごまかした時代も。
しかし、この区間はすべて廃止に。

☆保戸野原ノ町〜千秋(県道区間、千秋トンネル通り)
右折して千秋トンネル通りへ向かう。
こっから旧たばこ会館までは神田線、添川線、泉山王環状線→泉八橋環状線が、たばこ会館からトンネル西の鷹匠橋東詰部までは秋高スクール線(旧)泉山王環状線、さらにレアな新国道大学病院線、新国道経法大線も。
経法大は移管前から中央交通の路線。
今は秋高スクール線が経路変更になり矢留町→トンネル経由に。あとは泉八橋環状線

☆千秋〜秋田駅(未成)
未成だからかわりを。泉八橋環状線が大手門県道から手形方面赤沼方面からくるバスと合流する。
秋田駅に戻る。

☆秋田駅〜明田
かつては東営業所線桜ヶ丘線その他城東明田方面南大通卸センター線駅東線築地線楢山大回線などありましたが今は城東消防経由桜ヶ丘線のみに。

☆明田〜愛宕下(一部未成)
今も未成な狭区。
築地経由線楢山大回線愛宕下経由牛島線が運行されてました。
しかし築地線も大回線も廃止。
愛宕下経由も廃止になってしまいバスはありません。

☆愛宕下〜牛島駅入口(仲見通り)
仲見通り。
城南中経由上北手線が87年に新屋敷から経路変更。
更に愛宕下経由牛島線が終点を変えながら運行してますがどちらも廃止。
愛宕下経由は市営向きなんで橋がはやく使えていたらと思うと悔やまれます。
いまは経路変更の暫定利用のみ。

☆牛島駅入口〜おたかのはし(県道区間)
過去は茨島牛島環状線が走ってましたが今は廃止。
経路変更での暫定利用になるのみに。
新ルート茨島牛島環状線はここを通過しないため走らなくなりました。

☆おたかのはし〜ウエスト前
80年代後半に一部を南大通卸センター線が少し走っていたぐらいでした。

☆ウエスト前〜ハローワーク前終点
柳原経由新屋線が走ってましたがこちらも経路変更になってます。
2023年水害では代替ルートとして復活。

このように、ほとんどがモブ路線で廃止になっています。
築地線泉山王環状線など小型バスも多くてバスとしてはかなり不遇か。
重ね重ね開通が市営バスがまだ走るうちになっていたらどう変わったのでしょうか。

秋田環状線の話でした。

クリスマス電球

2024-12-03 23:38:44 | 秋田市営バス
師走です。
病気や悪天候で取材ができずすみませんでした。

さて師走といえばクリスマスだが、かつてこんな名前のバス停が。

クリスマス電球前。

これは、今の大川反の「秋田輸出電球」のこと。
高度経済成長時だけの会社だが、秋田からクリスマスの飾りを作る工場がありその名前に使われていた。
潰れても1989年まで使われていた。


1987年市営バス時刻表。
当時、秋商に行く勝平新橋が無いため山王線はこの工業団地で終わり。
(秋商は大町川尻経由のみ)
中央交通車庫近くまでいくのをはばかったのか、跡地まで行く路線が大半だった。

方向幕は不明。
そのうち、たけやパンがメインに。

先述するように中央交通と運行が被りすぎてこの路線は最初に移管されて無くなった。

美しいバスの思い出話し。

昭和で消えた珍路線・広面線

2024-10-03 21:23:33 | 秋田市営バス
上北手や茨島環状の古いダイヤ調べていたら、廃線が見つかったり。
移管前に走らなくなった路線や系統だが、こんな廃線も1987年に発見した。

広面線。
秋田駅から木内に出て、また南大通に戻り線路をまたいで太平川の右岸を通過して大学病院まで行く路線。

再現したらこうか。
これ1987年度で廃線したが、1988年度からは城東消防経由大学病院線が運行されたため前進でありそう。
城東消防経由大学病院線は駅前→東口にかわりどんどん路線扱いが悪くなり廃線した。

なんでこんな路線なのか。
それは南大通のせい。
まず、いまの南大通の明田〜横金線までの道は昔は違ったこと、また横金線も未発達だったこと。
そのため、明田の仲町交差点で明田富士山方面に曲がる明田経由の路線をトレースし、桜方面に行かないで太平川の川べりを通過(これは古地図でもバス停がある)し、城東中方面と桜橋側の2系統に分かれて南団地を経由(中央赤沼線と同じ)する。
古い時代は旧明田踏切経由だったと思われる。

また、朝は「市場経由」とあるが線路際のルートなのは1994年まで南大通が有楽町から明田側が朝だけ一方通行だったため。

ぐちゃぐちゃしたルートがバイパス経由でどんどん時代にあわなくなり整理されたようにも。

幕の表記は不明だし、狭い道ばかりだから小型だろうか。

奇しくも、この路線の沿線は2023年の秋田市の水害で全部が被災した。
残っていたらどうなっただろうか。

さよなら茨島環状線(路線研究と珍路線)

2024-09-27 23:55:00 | 秋田市営バス

来週で廃止になる茨島環状線。
これまでは乗ってみてだがこっからはデータや感想編。

☆変わった牛島駅前
このルートは平成の終わりごろで、昔は柳原でなく牛島経由。
牛島経由は羽後牛島駅前を通過していた。

この当時。右側にポール。
今。道がかなり変わっている。
せっかく道路が良くなったが、このときには通らなくなった。

☆代替路線は。
新屋線である。
前半は大町経由、後半は柳原経由がそれに近い。
三皇神社あたりがあるかないとならないが、こんなにぐるぐる回るなら牛島経由のが良かった気もしてならない。

☆そして見つけた珍路線
今回のメイン。
実は現在の茨島環状の柳原近辺に近い系統があったのだ!

1988年制定の南大通り経由卸センター線。

秋田駅をでて市民市場を通り南大通り→有楽町→柳原→卸センターというもの。
時間からして通勤通学向けか。
気になるのは、
・方向幕がなんだったのか
・卸センター前は道路中にあるが回転地とかがあったのか
である。

ちなみにこの路線は昨年実質復活。
昨年の豪雨で土手長町の護岸が崩壊した時の柳原経由新屋線の代替がこれをそのままトレースした。
【訂正】市場前はいまの「明田地下道入口」というもので、つまりは明田や横森経由線のルートをトレースしていて、上北手や水害代替とは異なっていた。
何故市場を通らなかったかは不明。

☆不遇な「牛島環状」と非環状線
元々茨島牛島環状が牛島を少なくされ茨島環状になったが、扱いが昔は良かったかといえばそうではない。
市営時代は茨島大橋回りは「茨島環状」幕。
では牛島は「牛島環状」だろ?
いや、牛島も茨島環状名義だった。

違いは側面。茨島大橋は「秋田駅→茨島→牛島→秋田駅」、牛島は「秋田駅→牛島→茨島→秋田駅」である。
つまり、牛島環状はかなりわかりにくい感じであった。

ちなみに、牛島回りでは非環状もあった。
これは三皇神社始発で秋田駅まで行く路線。
要するに新屋線に近い感じ。
これも幕が気になるがあった話を聞かない。
もうほかに寄るとこがないから「大町秋田駅」か「秋田駅」でおわっていた可能性もある。
【追記】土崎循環や港1丁目発堀内線も幕が気になるとこである。
大回や泉山王は部分発なしだったし、あとで取り上げる浜田環状もそう。
環状だと山手線でも環状しない系統があるらしい。
用途は旭南小学校や茨島の附属→専門学校の通学だったとか。
2002年までは市営、そっからは中央がいまでも旭南スクールを運行してるがそちらは一般取扱なし。
【さらに追記】茨島牛島と茨島は別路線で、柳原に変わるときに廃止新設扱いにされてました。
また、むかしの茨島牛島環状は牛島の銀行前道路ができるまえは踏切を渡り南高から13号に帰る(要するに南高発止二ツ屋福島や旧大住のルート)から跨線橋を渡り、牛島北交差点から入り込んだとのこと。
信号が更新なる前は「路線バスを除く」があったのが名残か。

いろいろ調べたこの路線も月曜日が最後となります。

さよなら茨島環状線・葬式乗車記(茨島回り編)

2024-09-26 21:01:04 | 秋田市営バス
来週で廃止になる茨島牛島環状線の今度は逆回りをオフだから実施。
発車は朝10:20。
やってきました。
ルートはこう。
昔は有楽町から牛島を大きく回りましたが、今は柳原から茨島を行ったり来たりして新屋線とおなじ帰り方をします。
茨島牛島環状線とは昔の名前で、あまりにも牛島を少なくしたから茨島環状茨島回りにされました。

それでは、赤い区間中心に逆回り行きます。
柳原というのは旧名前ですが、いまでも使う人がたくさんいます。
(今は卸町です)
チャイナタウン。
御野場、大住は左折しますが新屋、環状はまっすぐ。
ここで新屋線とわかれます。左へ。
生協前。
旧貨物線廃線跡を通過。
このカーブが廃線らしいです。
前にも取り上げました。
唐突に道は終わります。
昔はここにかまぼこ踏切で羽越線につないでいたとか。
右折すると一気に狭くなります。
猿田川の左岸です。
東北電力牛島変電所近辺。
変電所は右です。左は前にとりあげたかまぼこ踏切の大野踏切で仁井田へ。
猿田川と離れると植生が。

三皇神社の鎮守の森でした。
ちなみに牛島東にあるやつは里宮でこちらが本宮。宮司もここに住んでます。

左は大住。アンパスを渡り道なりに行けば大住線終点。さらにあるけばおなじく10月廃線な大野線終点。
大野線は乗ったことあるから葬式乗車はしませんでした。
右はさっきの生協へ。
右は柳原へ。左は河川敷へ。
いまの柳原新屋線は左を通ります。
狭い道です。
生協配送センターをすぎると。
旧貨物線のバイパスに。
このまま南部中央線から新国道に…
でないで、生活道路に。
ジェイマル裏の市営時代のポールもまもなくさよならになります。
アンテナはABSのラジオアンテナ。
つまりイオンタウンのこと。
左に曲がり、三菱マテリアルから新国道に入りあとは新屋線と同じです。

最後だけルートが少し違うのが面白いです。
これも様々な研究が見つかったんで古い話なども後々していきますよ。