野に還る

ペンタックスをザックに
野山に花や鳥、虫たちを追う。
身を土に返すまでのほんの一時
さあ野遊びの時間の始まりだ。

詩四編

2017-07-12 14:40:28 | 散歩

 本格的な夏がやってきた。暑さが一週間も続き、最近は

すっかりだれてしまい遠出をしなくなった。

今日は趣向を変えて生きることについての詩を4編+おまけ1篇ほど紹介しよう。

ムラサキウマゴヤシの花言葉は 「人生」

 

先ずは吉野弘の詩集「消息」のなかの「 I was born 」 からの抜粋

「 父は無言で暫く歩いた後、思いがけない話をした。

 ― 蜉蝣という虫はね、生まれてから二,三日で死ぬんだそうだが

  それなら一体何の為に世の中へ出てくるのかと、そんな事がひどく

気になった頃があってねー 僕は父を見た。父は続けた。

 ― 友人にその話をしたら、或る日これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 

  口は全く退化して食物をとるのに適さない、胃の腑を開いても入っているのは

  空気ばかり。見るとその通りなんだ。ところが卵だけは腹の中にぎっしり充満していて

  ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが

  咽喉元までこみあげているように見えるのだ。冷たい、光の粒だったね。

 私が友人の方を振り向いて、<卵>というと彼も肯いて答えた。<せつなげだね> 

 

 そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。

お母さんがお前を生み落してすぐに死なれたのは―

 

 コノテガシワの花言葉は「生涯変らぬ愛」

 

 金子みすずの「こころ」の詩は著作権が失効し、全文を紹介できるのが嬉しい。

 「お母様は   大人で大きいけれど 

 お母様の  おこころは小さい

 だって、お母さまはいいました。

 ちいさい私でいっぱいだって。

 

 私は子供で ちいさいけれど

 ちいさい私のこころは大きい。

 だって大きいお母様で

 まだいっぱいにならないで

 いろんな事をおもうから。 」

 

 

  マツモトセンノウ  花言葉は「二人の秘密」

 

草野心平の詩集「第百階級」のなかの 「秋の夜の会話」から抜粋

「さむいね    ああさむいね

虫がないてるね    ああ虫がないてるね

もうすぐ土の中だね   土の中はいやだね

 ……

どこがこんなに切ないんだろうね

腹だろうかね     腹とったら死ぬだろうね

死にたくはないね   ……      」

 

 ノカンゾウ(野萱草)には花言葉がたくさんあるが、その中に

「いつも一緒」というのがあった。

 

 吉田一穂(いっすい) の「母」というタイトルの詩

「 ああ麗しい距離(ディスタンス)

  常に遠のいていく風景……

 

  悲しみの彼方、母への

  捜(さぐ)リ打つ夜半の最弱音(ピアニッシモ) 」

 

この詩が収められた『 海の聖母 』という詩集は大正15年に刊行された。

 

 マムシグサの実。因みにマムシグサの花言葉は「壮大な美」なんだとか

 

 おまけは金子光晴の「洗面器」からの抜粋

「 洗面器の中の  さびしい音よ

 くれてゆく岬(タンジョン)の  雨の碇泊(とまり)

 ゆれて  傾いて

 疲れたこころに  いつまでもはなれぬひびきよ 」

 マレー半島を旅をしていた作者が、洗面器をカレー鍋の代わりに使うジャワ人たちや

同じ洗面器にまたがって「しゃぼりしゃぼり」と用を足す広東人の売春婦を見て作ったとあった。

 この辺で。